第1章 魔獣被害を解決せよ 13
それらを確認したライルは、大きくハンドルを切った。方向は倒木を通り過ぎてひしゃげた草花の続く方角へ。
「ちょっ、ラ、ライル先輩⁉︎」
「大丈夫だ、オフロード対応のタイヤを履いてきたから」
「あっ、えっ、そうですか!」
「いやいや、違うだろ! まさか、この先にクレマンがいるってのかぁ⁉︎」
舗装されていない街道と違い、ガタガタと揺れる車内でジェストが悲鳴混じりに問いただした。
「……念のための確認だ。いなければいいんだが」
「ど、どういうことだよっ!」
ライルは詳しく説明することなく、フロントガラス越しの光景を見やる。海岸線に沿った防風林の中、最初の倒木こそないものの折れた枝葉は無数に見られ、真新しい獣道が切り開かれている。
そしてその道を駆けるタイヤからは、頻りに水音がした。
「この辺って……湿地帯じゃない、ですよね?」
「ああ、気を引き締めとけよ」
「は、はいっ!」
忠告1つでライルの意図を察したミレイユがグッと両拳を握り込んでから程なくして、林の切り拓かれた地点に辿り着いた。木を切り倒しえ整地途中の広間の外周に、街道沿い同様に倒木がある。それから――
「あ、あれ! クレマンだ!」
(チッ……)
ジェストが声を上げて真っ正面を指差した。倒木の残った幹に背中を寄せて蹲る青年が一人。奥底が放つ嫌な鼓動が脳内で鳴り響く。
「ジェストさん。ストラス。このまま突っ込んでクレマンを回収したら離脱する!」
「……はい!」
「わ、分かった!」
事情を察したミレイユはもちろん、ジェストもライルの気迫を呑み込んだ。ライルはアクセルを踏み込んで急加速。広間を突き抜けて、クレマンの寸前でブレーキを踏みながら思いっきりハンドルを切る。
「ストラス! 停車したらクレマンを回収しろ!」
「了解です!」
反転をして帰り道の方向へと正面を向いて駐車した車体からミレイユが飛び出した。すぐさまクレマンに駆け寄っていく彼女を見ながら、ジェストが座席に手をかける。
「なあ、一体何が……」
「詳しいことは後で説明する。今は――」
ドクン、と心臓が跳ねた。さらにその奥底から嫌な感覚が渦巻いて、ライルの内側でざわめき立つ。それと同時に強く感じるのは、前方右側からの魔獣の強い魔力。
「アドラス起動【アイゼンシールド】!」
ライルは魔動車の内存魔力を媒体にして、ミレイユとクレマンを含めた広域の障壁を展開した。たちまち手のひら大の水の砲弾が立て続けに着弾する。爆音を伴う砲弾の連撃は、ずっと耐えられるものではない。
「ストラス、早くしろ!」
「わ、分かっていま――」
魔動車の扉を半開きにして呼び掛けた直後、クレマンに肩を貸したミレイユが目を見開いて右上を見上げた。そこにいたのは、人の身を容易く越えるほど大柄な水の集合体。
羽衣を着て、髪が長く、彫刻のような美しさを持った女性の造形から、大きく振り落とされた左手で障壁を容易く打ち壊した。障壁に着弾した水飛沫が一斉に降り注ぎ、ミレイユが体勢を崩して倒れ込む。
その隙を、魔獣は透き通った目で一瞥した。おもむろに開かれた右手の指先に、魔力が凝縮した水の砲弾が形成したのを見て、ミレイユはクレマンに覆い被さる。
「アドラス起動【スクリューカッター】」
そして砲弾が放たれる寸前、ライルは水を帯びた長剣一振りで魔獣の肘から先を焼き切った。制御を失った手と砲弾が水に回帰して落下するのと同時に、ライルは左手でコインを放る。
「アドラス起動【インパクトドラム】」
コインを媒介に魔力が衝撃を打ち鳴らして、魔獣の肢体を大きく吹き飛ばした。言葉を失っていたミレイユが息を漏らすのを横目に、ライルは残りのコイン全てを魔動車の周囲に放って散らした。
「アドラス起動【バリアフィールド】」
「ラ、ライル先輩! 私も――」
「却下だ。セイレーン・アズル。新米には荷が勝つ相手だ」
コインを媒体に展開するのはオベリスク状の半透明な防御結界。魔動車やクレマンのみならず、ミレイユをも取り囲んだ結界の中で、ミレイユは困惑と非難の声を上げる。
(本当はとっとと離脱したかったが……どうせ放置出来ないしな)
「ストラス。戦い方は教えてやる。気を抜かずに見て備えておけ」
「は……はい!」
炎の灯る長剣を正眼に構えたライルの真っ正面で、セイレーン・アズルは女体も模した体を持ち上げた。その身は関節や骨格などのない水の集合体、焼き切った腕は再生成を経て無傷の体に回帰する。
「あの手の魔導生物は人間の心臓に当たる魔導核を潰せば崩壊する。それ以外は斬ってもあんな風にすぐ復活するんだ。だからまずは遠くから正確に射抜け」
そう教えながらライルは左手を真っ直ぐに伸ばした。指先に意識を集中し、その身を廻る魔力と周囲の魔素を紐付ける。
「エウレス発動【フレイムアロー】」
言の葉を紡ぐ詠唱の下、形成するは轟々と燃え盛る一筋の矢。伸ばした左手は導線が如く、炎の矢は一直線にセイレーン・アズルの胸元を捉えて、正確に胴体高めの中心を焼いて射抜いた。
水の蒸発する音の後に、胴体の穴から向こう側が見える。
(……やけに簡単に通ったな)
普通に考えれば、魔導生物の中央に位置する魔導核を撃ち抜いたのだから、セイレーン・アズルは倒れる。
だが、崩れ落ちるそぶりもなく、セイレーン・アズルは水晶のような透き通った目でライルを捉えた。
「し、失敗……ですか⁉︎」
「確かに中央を貫いたはずだが……」
(あるとすれば、魔導核の位置が違う……?)
疑問に眉を顰めるライルを掴むように、セイレーン・アズルは袖口をはためかせながら、両手を伸ばす。
得意する両手を砲台とした水属性の砲弾が、ライル目掛けて畳み掛けるように放たれた。




