第1章 魔獣被害を解決せよ 10
「じゃあ、こいつは休ませておく。本当にありがとうな」
「ああ、船の清掃もしておいてくれ。匂いに魔獣が寄って来る可能性もあるから」
漁船から降りた後、青年に肩を貸して組合事務所に戻っていくジェストを見送る。岸であれば魔獣が集まる可能性は低いが念には念をいれるべきだろう。
「まさか、港に魔獣が出てくるなんて……。普段もあるんですか?」
「昔ならまだしも、回避灯の性能が高い今はほぼあり得ない。船底にくっついて来たんだろうが……普通なら途中に離れるだろうな」
「そう、ですよね……」
引き結んだ口元に困惑を表しながら、ミレイユはオクト種の現れた漁船を見つめた。手が止まっているが、このまま諦観させている暇はない。
「ざっと調べるぞ。この紙を船体に貼るのを手伝え」
「わ、分かりました……!」
鞄から魔法陣を描いた紙を取り出して、半分をミレイユに手渡して、ライルは再び船上に登った。それからミレイユには船体の陸上側から等間隔に貼るように指示し、ライル自身は船体の海上側に貼り付けたあと、船上で唱えた。
「エウレス発動【マナディセント】」
言下にライルを起点に薄青色の波を模した魔力が拡散し、船体を囲む紙に伝播。薄青の波は船体全体に広がり、仄かに輝かせた。
「これって、どんな魔法なんですか?」
「特定の魔力を色別する自然系統魔法だ。今回は漁船の運航に搭載している魔力は除いた。魔獣が持っている魔力とか、何らかの痕跡があれば赤色に変化するはずだ」
「そんなことができるんですか! ってことは……赤い! 赤いです!」
ミレイユが海上側の船縁を覗くと、即座に声を上げた。赤く浮かび上がった魔力はオクト種の体から船縁を経て、船底まで続いている。つまり、船底から這い上がったという推測は正しいと見られる。
「だけど、他に異常はないな……」
しかし、拍子抜けとも言える結果だった。他にあった魔力と言えば、オクト種の墨や血を示すだけで、異変とも言える何かは見当たらない。口を噤んで腕を組むライルの横顔をミレイユは目を輝かせて見上げる。
「でもライル先輩は流石です! こんな調査方法まで使えるとは! 私にも教えていただければ!」
「……別に構わないから騒ぐな。アインに貰った術式を引用しただけだし、大したことはない」
「そんなことはありません! 技術はどう使うかとも言いますし、それにまたしても危機に駆けつけて救うなんて!」
「それはたまたまだ」
「たまたまだなんてそんな! もしかして、カルナ支部長の言っていた直感ですか?」
「まあ……似たようなもんだ」
半分以上面倒になり、適当な応答をするもミレイユはどうしてか納得してしきりに頷いている。それに付け加えて、どうすれば身に付けられるんでしょうと自問しているが、一体カエラはミレイユに何を話したのだろうか。
(それはさておき……これで助けたはず、なんだが)
先ほど強く感じた不快感こそ払ったが、奥底に突き刺さる棘は除ききれていない。むしろ、さらに深く抉られるような感覚は残り続けている。
「ストラス。しばらくこの辺りに滞在するぞ」
「承知しました! 根掘り葉掘り調べましょう!」
その不快感を払拭するための指示に、ミレイユは右拳を突き上げて気合いを示した。
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その後、他の漁船の様子やジェストを含めた漁師達への聞き込みを続けたライル達。海上での魔獣被害の地点を掴むことが出来たが、その一方で漁村をくまなく歩いても、チクチクと突き刺さる不快感の大元は見つからない。
(……この村じゃないのか?)
休憩に購入したカフェオレを飲みながら、駐車場のある高台から漁村を見下ろす。不快感は奥底に突き刺さったままだ。
「ライル先輩。この後は……どうしました?」
魔獣の位置や種類などを書き込んだ地図を熱心に眺めていたミレイユが顔を上げて尋ねてきた。誤魔化すこともほんの僅かに考えたが、率直に伝えることに決めた。
「この辺りに何か嫌な予感がある。おそらくさっきのような魔獣に襲われる系統の」
「え、えぇ……!?」
「だが、多分この村じゃない。もっと周囲の……到底は全然出来ていないが。だから少なくとも今日1日はこの近郊にいたいところだ」
とはいえ、根拠のない嫌な予感としか伝えることが出来ないのも事実。当然、怪訝な顔をされると考えていたが、ミレイユは一切訝しむことはなく、力強く頷いた。
「分かりました! じゃあ、とことん見張りましょう!」
「……そうすると他の漁村に聞き込みに行けず、時間を浪費することにもなる。俺はここに留まり、お前はバスで他を向かう。手分けするのが」
「もちろんっ! ライル先輩に着いて行きますっ!」
効率を考えた提案を聞き終えることなく、ミレイユはずいっと身を乗り出しながらここ一番の大声を放った。
彼女の中では決定事項のようだが、せめて抵抗はしようとライルは腕を組む。
「分かってんのか? 今言ったが、他の漁村の聞き込みが出来ないんだぞ」
「分かっていますとも! でもジェストさんは、トルクエニドの漁師には一通り話を聞いたとか。じゃあ、今から手分けしてもあんまり意味はないと思うんです」
「それは、そうだが……」
自信気な表情で語った反論は真を突いていた。思ったより論理的な反論に口籠る隙を見逃さず、ミレイユは指を立てて追撃する。
「であれば! ライル先輩の直感を信じるのが最善だと思いました! なんせ、2度も窮地を救ったんですから!」
「……持ち上げすぎだろ。そんな信用するもんじゃないぞ」
「でも、ライル先輩はそれに従って残ろうとしてますし。それに、懸念もあるんですよね? ずっと眉間に皺が寄っています」
「余計なお世話だ」
「えへへ。少しでもご助力させていただければ!」
悪戯っぽく笑うミレイユに皺がさらに深まる反面、いざという時に使えるのも事実だ。ライルは少し考え込んだ後、観念したため息を吐き出した。
「分かった、そうしよう。とはいえ、何かが起こるのを待つしかないわけだが」
「――あ! じゃあ、少しお願いがありまして……行きたいところがあるんです」
そう切り出したミレイユは、少し申し訳なさそうに、だが期待に膨らんだ瞳でライルを見つめた。
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