第1章 魔獣被害を解決せよ 9
ライルとミレイユはジェストに座るように促され、彼の向かい側のソファーに腰を下ろした。自然と間の机に再度を見やって呟く。
「そっちでも調査していたのか」
「え……じゃあもしかしてこれって……」
ライルの発言で気づいたミレイユが机の上の海図を覗き込んだ。海図にはポイントを示す×マークが大量に散りばめられ、その横にはシャーロ種やオクト種といった魔獣の種族名が書き込まれている。特に目立つのは砂浜のポイント。書いてあるのは昨日の日付と覚えのある種族名だ。
「うちにとっては死活問題なんだよ。食いっぱぐれないようにあの手この手でも使わないと」
さらに机には魔獣に関する書籍が置かれ、一部のページに付箋が挟まっていた。
「漁業組合で確認している魔獣の被害の詳細なんだな?」
「そうとも。こう見ると圧巻だよな……どんだけ邪魔されてんだって話だ」
男性の声音から怒りが滲み出る。手を置いていた海図がくしゃくしゃになるが、それも当然なのだろう。
「……あの、被害というのはどの程度なのでしょう。全くお魚が獲れない、ってわけじゃないんですよね?」
「もちろん。具体的に言うと、昨日の地引網と同じように引き上げた網に引っかかって、船の上で暴れられるってのが多い。網がダメになるときもあるし、魚も傷がつくし」
「それは……だ、大丈夫なんですか!?」
「あまり大丈夫じゃないが……昔から一定数あるんだ、そういうの。船の上には撃退する設備もあるし、経験もある。月に1回くらいならまだしも、最近は頻度がな……」
ジェストはうんざりとしながら答えた。溢れ出しそうな文句をコーヒーでぐっと飲み下して、大きなため息を吐き捨てる。
「それにもっと質が悪いのは、船を直接魔獣が攻撃するパターンだ。それがこの頃増えていてな。最悪なのは推進装置を破壊されて沖で立ち往生ってのだ。船体に穴を開けられかけたこともある。海の中相手じゃ、手出しが出来ないから」
「……聞いてないぞ。何で地引網なんてものまで、って思ったが」
「これを守護者に行っても仕方ないだろ。全ての船に乗ってくれなんて言えるわけもないんだから」
「…………」
ジェストの言うように、それは無理な話だ。守護者がそれをやるには決定的に人手が足りない。腕を組んで閉口したライルを横目で見つめたミレイユが、代わりに質問を投げかける。
「……守護者では足りないのかもしれませんが……例えば王国軍にはご相談されなかったんですか?」
「もちろんしたさ。だけど、連中が手を貸してくれるわけもないだろ」
吐き出されたジェストの怒号にミレイユは目を見開いて飛び上がる。現国王が帝国に尻尾を振って私腹を肥やすどうしようもない人物なのは、国民であれば周知の事実だ。
当然それを知っているはずのミレイユは、1人唇を噛み締める。
「そんなこと……」
突如として、胸中の不快感がより深く突き刺さった。同時に、その不快感が屋外から走っているのを感じ取る。
これは昨日の地引網のときと、同じ。そう認識したときには即座に立ち上がり、ライルは屋外へと駆け出した。
「え、えぇっ! ラ、ライル先輩!?」
驚嘆の声を上げるミレイユにも構わずに、屋外に飛び出したライルは正面の港を流し見た。不快感の源は近い。
(どこだ……!?)
「うわぁぁぁぁあ! 来るなぁぁぁあ!」
答えを示すように響き渡った悲鳴は港に停泊した漁船からだ。再び駆け出したライルは腰に携えた長剣を抜き払い、漁船に飛び乗った。そこにいたのは、腰を抜かした若い漁師と、船縁を越えて今にも襲い掛からんとする赤いオクト種の姿。
「アドラス起動【アイゼンシールド】!」
打ち出したコインを媒体に錬成系統魔法を発動。青年の眼前で展開した円形の鉄盾がオクト種の触手を阻んだ。ひとまず一息いれるが、近づいて倒すには船上では足場が悪い。
「アドラス起動【スクリューカッター】」
ならばとライルは長剣を横に振り抜いた。刀身内部に蓄積にしていた魔力が螺旋状の円盤を形成して回転。長剣を振り切った勢いで放たれた円盤は、反撃に出た触手諸共オクト種の脳天を斬り捨てる。
「あ、あぁ……」
オクト種が最後に噴出した墨は届かずに、力なく足元に散らばる。息絶えたようだが、青年は瞳孔を開いて腰を抜かしたままだ。とはいえ、街中で魔獣に襲われたのだからやむを得ないだろう。
「ライル先輩ーー! どこですかーー!?」
「ふぅ……ここだ、ストラス!」
長剣を腰の鞘に納めていると、ミレイユが探す声が聞こえた。ライルはやや面倒そうに呼びかけると、目が合ったミレイユが慌てて駆け寄って来る。
「お待たせしました! でも、突然走り出すなんて……ってミエーリオクト!?」
「ああ、大方船底にくっついていたんだろう」
「な、なるほど……」
船上に登って来たミレイユは驚いて薙刀を構えるが、すぐに倒れている姿を見て胸を撫で下ろした。それからライルの分析に納得しながら、船上を見まわして怯えた様子で座り込んだ青年を見つけて駆け寄った――ところで、足元の綱に足を取られた。
「うわぁ!!」
バタンと大きな衝撃音を響かせて、ミレイユは盛大にすっ転んだ。呆れたライルと、驚き目を見張った青年の視線が集まる。
「あ、あんた。大丈夫か……?」
「え、へへ。大丈夫です! 転び慣れてますから! それよりもお怪我はありませんか!?」
「まあ……そっちの人が助けてくれたし。……ほら、鼻血出てる」
「わっ、ありがとうございます!」
お前に言われたくないとばかりに平坦な声音で青年はミレイユにタオルを差し出した。ミレイユの気の抜けた様子に呆気を取られたようだが、目の奥の恐れは消えていない。
(……見覚えがあると思ったら、こいつ。昨日もわめいてた奴か)
「はぁ、はぁ……お前たち早すぎだろ……いったい何が、って魔獣!?」
息を切らしてやって来た挙句、ミレイユの反応を再生したジェストにライルは一通り説明をするのだった。




