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第28話 トキコ、大恥をかく

すると、ギャラリーもザワザワと喋りだす。

「あの眼鏡の先輩ってリコさんの娘らしいよ。前にエリカが公園で会った人だってさ」

「じゃあ、私達の部活に入ってくれたら助かるね。3年から入るのかな?」

「いや違うでしょ、最後の大会の助っ人でしょ。ほら、外国人野球選手みたいな?」

「でも、何かリコさん似てないよね。見た目は文化系って感じだねぇー」


まったく、どいつもこいつも勝手な事言いやがってよ。お前らはキャッチボールをやっていろよ。はあー、こんなにギャラリーが増えちゃってどうするのよ? 


私の心臓はバクバクと唸っていた。どうせ恥をかくだけだし、さっさと終わらせればいい。こんな大勢の前で涙を流すだけは回避しよう。それが私のプライドだ。


私はユキちゃんに声をかける。

「ユキちゃん、早く終わらせようよ」

「オッケー、任せてよ」


ユキちゃんは投球動作の構えをした。そして、右腕をゆっくり1回転させて、ボールをバッターボックスに向けて投げた。球速はキャッチボールくらいのスピードであったが、バットを振ることも出来ずに、ビビって尻もちをついてしまった。


バットってこんなに重かったっけ? 完全にバットに振りまわされている。


そこで、ママが大声を出した。

「ユキ、手加減するな。本気で投げろぉー」

「でも、全力で投げたら、トキコの実力では……」


ユキちゃんが手加減をしてくれたのは分かるが、それをママは気に入らなかったみたいだ。

「いいから、真剣勝負って言ったでしょ? あの子に全力で投げてあげてよ」

ママの威圧に押されて、困惑したユキちゃんはしぶしぶと頷く。

「リコさん、分かりました……」


その一方、ギャラリーの部員達は驚きの表情を隠せない。

「えっ? 今のボールで腰が引けるって、正直ありえなくない?」

「いやいや、ウケ狙いじゃないの? リコさんもイタズラ好きだし、娘もそうじゃないの?」

「いや、私はマジっぽく見えたけどね。実際上手いのかね?」

このような悪口ばかりの会話の中で、1人の少女が援護をしてくれた。


それはエリカであり、彼女は大声で応援をはじめた。

「トキコ先輩、そろそろ本気でやっていいですよ。ドカーンとホームラン打っちゃってください。打てる、打てる、打てる、絶対に打てますよぉー」

そんなエリカの応援は精神的に辛くなるだけのものだった。


例えるなら、マラソン大会でビリの子を学年全体で応援するようなものだ。罵倒より、応援される方が惨めな気持ちになるものだ。陽キャラ達はそれを理解できない人種だ。


もはや、みんなが疑惑の目で見始めている。まさに地獄だ、地獄は現実にあるものだと知った。そして、ユキちゃんが再び、ピッチングの構えをして球を放った。今度はボールがまったく見えなかった。


それもそのはず、私が恐怖で目を閉じたからだ。そして、暗闇の中でママのストライクと叫ぶ声が聞こえた。私はいつのまにか、バッターボックスから飛び出して、再び情けなく尻もちをついていた。そう、本能的に無意識に逃げていたのだ。


この一連の醜態の流れで、私が下手クソなことが全員に知れ渡った。もはや、誰も野次馬気分で騒いでいる者はおらず、葬式のような沈黙が場を支配していた。私は目に涙が溜まり溢れそうになる。打てなかったことに涙を出したワケじゃなく、ギャラリーの憐憫の目が辛いのだ。


その目が小学校時代のトラウマをフラッシュバックさせたのだ。私は周りの人間が全てバカにしているように聞こえた。でも、それは妄想だ。だって、野次馬は誰も言葉を発していないのだから……。


ふと気づくと、いつのまにか頬に涙が流れていた。涙で世界がグニャグニャに歪んでいく……。


それでも、泣いている娘に対してママは容赦がなかった。

「トキコ、いつまでグズっているの? さっさとバッターボックスに入りな、まだ1球残っているよ」

「わっ、分かっているよ……」


私は再びバッターボックスに入る。もはや、膝がガクガクしていて、鼻水と涙で顔はぐちゃぐちゃだ。制服の袖で涙を拭うが、溢れる涙は止まらず、ただ消えてなくなりたいと思っていた。


その時、ママの声が後ろから聞こえた。

「トキコ、どうせ打てないけど、振らない限り当たらないよ。振れば確率は低いけど、当たる可能性はゼロじゃない。人生も一緒だよ、自分で行動しなければ何も手に入らないよ」

「そっ、そんな事は分かっているし、ちょっと黙ってよ」

「トキコの言う通り、パパはダメかもしれない。でも、ダメでも行動だけはしたよ。ママはそこを好きになったんだ」

「もっ、もう、いいから黙ってよ」


こんな状況で説教をされても、頭に入る事はなかった。とにかく、1人になりたい。この場から離れたい。だから、早く終わらせたい。


ママがユキちゃんに声をかける。

「ユキちゃん、ラストはド真ん中でいくよ。もちろん、全力投球でね」

「はい、分かりました。トキコ行くよ」

ユキちゃんは素早く腕を回転させて、最後の1球を全力で投げた。私も最後くらいはバットを振って、ママに反抗してやろうと思った。しかし、何故か体がまったく動かなかったのである。


その結果、いつのまにかボールはミットに収まっていた。

「ストライク。はい、終了」


結局、1回もバットを振ることもなく、その場に座り込み子供のように涙を流す。運動会のクラスリレーで、バトンを落とした時を思い出した。あれと同じ気分になっていく。普通に生きていれば、このような惨めな体験はしないはずだ。


なんで、私だけがいつもこんな思いをするのか? 普通の人が経験できるモノが足りない。全てが足りない、足りない、足りない……。

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