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第27話 トキコ、バッターボックスに立つ

私じゃ絶対に打てないし、知らない後輩達の前で、恥をかくのは死んでも嫌だった。

「ママ、こんなくだらない事は中止して帰りたいんだけど……」

「トキコ、さっきパパのせいで、何もかもうまくいかないって言っていたよね? 運動神経が悪いのもパパが原因なの?」

「ふん、そんなのは当たり前だよ。ユキちゃんは3年生でレギュラーになって、4年生ですぐにピッチャーのポジションだよ。スポーツは遺伝で99パーセント決まるもん。ネットにそう書いてあったよ」


すると、ママはキャッチャーマスクを頭の上にずらして立ち上がった。


そして、私に近づく。

「アタシがユキちゃんをピッチャーとして、初めての試合に出した時に、どういう気持ちだったか分かる?」

「どうせ、自信をつけさせたかったとかじゃないの? ユキちゃんは天才だし、バンバンと三振を取ったんでしょ?」


だが、ママは首を横に振る。

「いや、それは違うよ。アタシはユキちゃんの鼻をへし折る目的で試合に出したのさ」

「えっ? 試合で大活躍だったんじゃないの?」


私が小学校4年の頃には、もうソフトボールクラブに顔は出していなかった。だから、ユキちゃんの試合を一度も見た事はないのだ。


ママはそのことを語り始めた。

「初試合は大失点で大負けだったよ。強豪チームの強打者に何本もヒットを打たれて、ユキちゃんは泣きながら球を投げ続けた。そこがトキコとは違う所だよ。自分の球速では打たれる事を分かっていても、逃げる事なく最後まで腕を振り続けたよ」


私はユキちゃんから、そんな事を一言も聞いてないし、幼稚園以降は泣いている場面を見たことない。


それよりも、そんな酷い事をさせていたママが憎いと思った。

「ママはユキちゃんが可哀相だと思わないの? 打たれる事を分かっているなら、ピッチャーを交代してあげればいいのに……。ユキちゃんが可哀想だよ」

「まあ、たしかにね。試合に勝つのが目的だったら間違っているね。でも、アタシはユキちゃんの鼻をへし折るのが目的だった。だって、敗北経験がなかったら、ユキちゃんはここまで成長しなかったと思うよ」


それでも、私はユキちゃんの泣いている姿なんか見たくない。

「だからって、人を傷つけてもいいわけ?」

「ユキちゃんは元々の運動神経が良くて、何でもこなせたから、自分で努力をあまりしない子だった。でも、どんな才能があっても努力しなかったら、いずれは壁にぶち当たる事を教えたかったんだ。ユキちゃんもそれが分かり、陰で努力するようになったよ」


その話を聞いたら、自分が努力したことがない事に気がつく。でも、元の運動センスとか違いすぎる。


だから、そう言われても、才能や遺伝子よるモノが大きいという疑念は覆せない。

「それでさぁ、私にも恥をかかして、人生にやる気でも出させたいの?」

「いや、アタシはトキコに挑戦する意味を教えたいだけだ。昔は漫画家を目指しただろ? でも、中学に入ってから1作品も描いてない。やりもしないで、逃げるのは後悔するだけだよ。一生に一度くらいは戦ってみれば?」


ママは私の部屋に入った時にでも、ノートに描いたラクガキでも見て、漫画家を目指していると勘違いしたのだ。あれはストレス解消のお絵かきだ。そう、授業中の暇潰しだ。


確かに絵を仕事にしたいけど、ママはこの業界の現実を知らないのだ。ネットでは漫画家志望の愚痴が阿鼻叫喚で語られている。


だから、私は吐き捨てるように言った。

「いや、別に逃げてないよ。現実を見ているだけ……」

「まあ、いいや。とりあえず、バッターボックスに立ってよ。ユキちゃんと勝負するまで帰さないし、家にも入れないからね」

確かにママの目はマジモードだ。


私も覚悟を決めて、バッターボックスに入る。

「わっ、分かったよ、分かったよ。やればいいんでしょ、やればさぁ……」

「うん、それでいい。別にヒットを打たなくても、3球勝負したら帰っていいよ。ユキちゃん、マウンドに入ってよ」

ママはそう言って、キャッチャーマスクをつけて構えた。


3球ならすぐに終わるだけで、10分もかからないはずだ。よし、すぐに終わらして帰ろう。


ユキちゃんはマウンドに立って、こちらを見ながら笑顔で声をかけてくれた。

「トキコ頑張って、すぐに終わるから心配ないよ」

「あっ、うん」


そうしている内に、ソフト部の部員はキャッチボールを止めて、こちらにワラワラと集まってきた。おそらく、ママの娘の実力を見たいのが目的だ。みんな勝手に期待して、勝手に落胆するだけだ。ああ、本当にマジでウザイ、ウザイ、ウザイ、ウザイ……。小学校時代のトラウマが徐々に甦ってきた。


その中には公園で会ったエリカという少女もいた。

「あっー、トキコ先輩来てくれたんですね?」


私は返事をせずに、無言で軽くうなずく。だって、私がソフトボールを上手いと思っているだけに、これから起きる結果に落胆の表情を見せるはずだ。


私の存在なんて、すぐに忘れてほしい。今日の記憶を消去してほしい。だから出来るだけ、誰とも会話をしたくないのだ。そ


そんな思いを知らずに、エリカはニコニコとこちらを見る。

「さっそく、ユキ先輩とトキコ先輩の一騎打ちですか? あっー、楽しみだなぁー」


この子は声が大きいので、周りの子もこちらに注目してきて、正直吐きそう気分になってきた。

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