第26話 体育会系はくだらない
ママは無言で学校の廊下をズンズンと歩く。
私はその背中をRPGゲームの仲間キャラクターのごとく、ヒョコヒョコとついて行く。ママは午後からソフト部のコーチをするので、私とは下駄箱でサヨナラするだけだ。
しかし、私はママが急に振り返って、また説教が始まるかとビクビクしていた。もし、泣いている場面をクラスメイトに見られたらどうしよう? そうなったら、恥ずかしくて学校に来られなくなる。
その予感が当たったのか、ママはこっちを振り向いた。
「トキコ、ついて来なさい」
「えっ、何処へ行くの?」
「いいから、靴を履き替えなさい。外に行くよ」
ママの語尾は激しく、口調も荒い状態であった。私は上履きを脱いで、革靴に履き替えて校舎の外に出た。すると、ママは私の手首を引っ張って歩き出した。
かなり、強く握られたので、思わず声が出てしまう。
「ちょっ、痛いって……。ねえ、聞いている? 何処に行くの?」
「………」
ママは返事に答える事はなかったが、グランドの方へ向かって歩いていた。そうか、私はママの行く場所が分かった。おそらく、ユキちゃんのいるソフト部である。だけど、私をそんな場所に連れて行って、一体どうするつもりなのだろう?
私とママはグランドに着いた。大きなグランドには野球部、サッカー部、陸上部、ソフトボール部など、多数の運動部が併設で使用していた。その一番奥にソフトボール部の部室がある。
そして、その部室の前まで歩くと、キャッチボールをしている部員が20人近くいた。全員がユニフォームを着ており、黒く焼けた健康的な肌の少女達ばっかりである。その中で背の高い少女が、こちらの存在に気がついて手を振った。それはユキちゃんであった。
そして、ユキちゃんはママの前まで来て大声を出した。
「みんなぁー、キャッチボール止め。全員集合」
すると、全員がキャッチボールを止めて、部長であるユキちゃんを囲むように集まった。
これを見ると、本当に慕われている部長なのが分かる。
「リコさん、今日は指導の方よろしくお願いします」
そう言って、ユキちゃんが帽子をとって一礼すると、部員達も帽子をとって頭をさげた。
「よろしくお願いします」
少女全員の声が揃っており、まるで軍隊のようであった。インドアの私には理解できない世界であった。
ママが腕を組みながら挨拶をした。
「みんなぁー、明日から厳しくやります。でも、気分が悪くなったら、すぐに水分補給を取ることを徹底してください。この体調管理も練習の一つです。それも出来ない奴は練習もさせないから、みんな分かった?」
部員達が大声で返事をする。
「はーい」
「じゃあ、まずはキャッチボールの続きやろうか。はい、すぐに動く」
すぐに部員達は蜘蛛の子のようにグランドに散らばって、キャッチボールの続きを始めた。
だけど、部員達の中にはこちらをチラホラ見てくる子がいた。それもそのはず、私がココにいるのに違和感を覚えた子も多いはずだ。私だけが制服姿をしており、あきらかに場違いであるのだ。
ユキちゃんも不思議そうに首を傾げていた。
「リコさん、どうしてトキコをグランドに?」
「ちょっと、この子を甘やかし過ぎたと思ってね。まったく、母親失格だよ」
「そっ、そうですか……。それで、何をするつもりなんですか?」
すると、ママはスーツの上着を脱いで、ワイシャツの腕を捲くった。
そして、部室前の用具入れからバットを持ってきた。
「トキコ、これを持ってバッターボックスに入りな」
「えっ、何でそんな事をするの? 意味分からないよ」
私はソフトボールなんかやる気ないし、早く家に帰りたいだけだ。トラウマのあるバットなんか握りたくもない。私が握りたいのはゲームのコントローラーくらいだ。
しかし、ママは不機嫌そうに早口で喋る。
「いいから、早く入って。ほら、バット」
「えっ、いらない、いらない」
「早くしないと、ママ怒るけど?」
もう、イライラモード全開のくせに……。
私は仕方なくバットを持って、バッターボックスに入った。ママもキャッチャーマスクとミットを着けて、ホームベースの後ろに座った。
それから、大声でユキちゃんを呼んだ。
「ユキちゃん、悪いけど3球だけ付き合ってよ。全力で投げてくれて構わないからさ。ゴメンね、これはアタシのワガママだよ。トキコと勝負してほしい」
「はい、それは大丈夫ですけど……」
そうか、ママがやりたいことを理解した。それは世界一くだらない事だ。私をバッターボックスに立たせて、ユキちゃんの球を打たせて、自信をつけてさせようという魂胆だ。
体育会系の人って、本当にくだらない事を考えるよね。




