第22話 トキコ、号泣する
一方のママは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「あれ、トキコから期末テストは受験前なので、今年はないと聞きましたけど?」
「いや、普通にあるぞ。正直言うと、社会以外は赤点だらけで酷かったよ。まあ、社会も平均点以下だけどな」
それから、真木先生はこちらに目線を向けた。
「おい、お前は母親に嘘ついたのか? 成績が悪くても親にはちゃんと見せなさい」
「あっ、いやその……」
ふん、別に言っても言わなくても、赤点なら怒られるのは一緒だよ。だったら、発覚を遅らせて、隠すのが人として当たり前の行動だよ。学校だってイジメがあっても、発覚するまで隠しているじゃん。大人って嘘ばかりつくのに、なんで子供の私が嘘をついちゃいけないの?
大人ってずるい、ずるい、ずるい、ずるい……。そうだよ、だから私は悪くないもん。
だからさ、みんなで私に意地悪をしないでよ。しかし、無情にも真木先生が期末テストの結果を発表した。それは五教科で159点というバカにしかとれない点数であった。
それを見たママの目は鋭くなり、眉毛が10時10分の形になって怒り出した。
「ねえ、トキコ。あなたはママに嘘をついていたの?」
こんな恐ろしい目で、わが子を見る母親なんているのだろうか? だって、自分の腹を痛めて生んだ子だし、こんな目で見られるわけがないよ。 もしかして、私はよその子なのかもしれない。
そして、私は怖くて目線を合わせずに答える。
「べっ、別に嘘じゃないし……」
「じゃあ、嘘じゃないならなんなの? ちゃんと分かるように説明して?」
「………」
ああ、もうだめだかもしれない。このままだと、夏休みは外出禁止令が発令してしまう気がする。そして、受験勉強だけをさせられる日々に送りそうだ。何とかせねばと思うが、私はこんな状況を打破出来るほど頭が良くなかった。だから、沈黙状態を続けるしかない。
その光景を見たママが溜息をつく。
「ねえ、別に点数の事を怒っているわけじゃなくて、嘘をついた事に怒っているのよ。2人で前に嘘をつかない約束をしたわよね。トキコ、覚えている?」
「………」
ああ、覚えているよ。私が参考書代のお金をゲームソフトに使ってしまった事件だ。ママは名探偵のごとく、私の巧妙な嘘を見破ってきたのだ。そして、長時間の説教タイムへ突入した。それもそのはず、ママは体育会系で嘘が大嫌いであるのだ。
でも、正直にテストの点を言っても怒られていたと思うのだ。しかし、何でいつも私だけが、怒られないといけない人生なのか? どうして、神様は私だけを追い詰めるのだ。どうして、どうして、どうしてなの……。
すると、ママは机をバシーンと叩きながら大声を出した。
「ねえ、聞いているの? トキコ、アンタいい加減にしなさいよ。ママが嘘は嫌いのを知っているわよね?」
「あっ、あのその、あのその……」
私のハッキリしない返事にイライラしたのか、ママは両肩に手をのせてきて、無理やり顔を合わせてきた。すると、ママと目線があうが、恐怖で言葉はまったく出ない。
「……」
「お―い、聞こえないのか? それとも、黙っていれば許されると思っているの? 返事くらいはしろや、コラッ!」
私はその迫力にビビって泣いてしまい、両手で頬のこぼれる涙を拭った。
「うう、ぐすっ……ぐすっ……」
涙を堪えようとするたびに、余計に惨めな気持ちになって止まらない。誰か助けてください。
そこで、真木先生が止めに入る。
「おいおい、リコ落ち着けよ。もう、泣いているだろ?」
「真木先生、止めないでください。この子は甘えているだけです」
私は昔からママが怒ると、怖くて泣いてしまうのである。だから、いつも怒らせないように中学に入ってからは、出来るだけ本音を言わないように過ごしてきた。でも、ついに怒らせてしまった。
真木先生がなだめているが、ママは怒りが収まらないようだった。
「ねえ、黙っていたら分からないよ。言いたい事があるならいいな。ちゃんと、アタシもトキコの言い分を聞くからさ」
いつもは本音を押しつぶして、適当な嘘をついて謝るのだが、今日は泣いているので感情が高ぶっていた。その結果、本音をまき散らしてしまった。
この判断は失敗だったと後に後悔する。
「じゃあ、言うけどさ……。私がいつもユキちゃんと比べられて、どれだけ劣等感を感じていたか分かる?」
「劣等感ってなんなの? 人と比べて仕方ないでしょ」
「ううん、そうじゃないよ。例えばソフトボールのクラブに入っている時にさ、私はまともにキャッチボールも出来なくてさ、みんなに影で笑われていたんだよ。 それにさ、ユキちゃんは後から入ったのに、あっという間にレギュラーに選ばれたんだよ。その気持ちがママに分かる? 絶対に分からないでしょ?」
「いや、ユキちゃんだって努力していたよ。毎日、素振りやランニングを公園でやっていたからレギュラーに選ばれたんだよ。トキコだって努力すれば……」
私は努力って言葉が世界で一番嫌いだ。
だから、大声でママの言葉を遮った。
「ママは分かってない。だって、私だって努力したもん。ユキちゃんよりも半年も早くさぁ、ソフトボールを始めたのに、たった1日で全てを抜かれたんだよ。もう、これは努力の問題じゃないもん。これは遺伝子の問題だからどうしようもないって事だよ。ママはスポーツも勉強も出来るから、私の気持ちなんて絶対に分からないよ」




