第10話 体育会系は嫌いだ
私は一刻も早く、この場を離れようとしたが、それは敵わなかったのである。
こちらに向かって、1人の少女が走って来たからである。少女はウチの学校のジャージ姿であり、バットケースを持っている事から、おそらくユキちゃんの部活の後輩だ。
おさげ髪の少女であり、丁寧な挨拶をしてきた。
「やっぱり、ユキ先輩だぁ。お疲れ様です。今日は何しているんですか?」
よく見ると、肌が健康的に焼けており、運動部の雰囲気を醸し出していた。
その後輩にユキちゃんが笑顔で答える。
「うん、今日は部活が休みだから、友達と遊んでいるだけだよ。エリカはジャージ姿で何しているの? 自主練習とか?」
後輩はエリカという名前みたいだ。
それと、体育会系らしくハキハキと喋る子みたいだ。
「はい、ウチは自主練習です。ユキ先輩みたいに打率あげたいので努力ですよ。自分は才能ないから、これからバットで素振りの練習ですよ」
「まあ、適当に頑張りなよ。エリカはまだ来年もあるしね。何しろ体を壊したら、おしまいだから無理しちゃダメだよ。体調管理も練習の一部だよ」
「フフフ、ユキ先輩は優しいので、嬉しくなっちゃうなぁ。ところで、こちらの方は誰ですか?」
そう言って、エリカが目線をこちらに合わせて来た。
なんとなく気まずいので、顔を伏せて目をそらした。私は人見知りだし、こういうテンションが高い体育会系は最高に苦手だ。どのクラスにも1人はいるが、距離をすぐに縮めてくるのが迷惑だ。そう、私は繊細なタイプなのだ。
私の代わりにユキちゃんが質問に答える。
「ああ、幼馴染の親友だよ。時空院トキコって芸能人みたいな名前で変わっているだろ?」
「えっ、臨時コーチで来ているリコさんと同じ苗字ですよね? リコさんの関係者とかですか? すごく珍しい苗字ですし……」
「ああ、トキコはリコさんの娘だよ」
「ええ、本当ですか? リコさんの娘なら、ソフトの才能も凄そうですね。トキコ先輩は何でソフトボール部入らないんですか? もし入ってくれれば即戦力なのに……」
エリカは目を輝かせながら、私の顔を覗き込んで来やがった。クソ、勝手に期待しやがって……。私はママと違って才能はないのだ。しかも、この見た目で運動神経が良さそうに見えるわけがない。
キャッチボールもまともに出来ないのに、即戦力なんて夢のまた夢だ。でも、エリカって子は嫌みで言いそうなタイプでもなさそうだ。おそらく、天然の子なのだろう。それなら、なおさら関わりたくない。
純粋で鈍感な子は人傷つけることに気がつかないものだ。昔のソフトボールクラブの子たちと一緒だ。勝手に期待して、勝手に落胆してくのだ。
私は自信がなさそうな笑顔を作る。
「私はさぁ、あんま興味ないかな……。ソフトボールはね、アハハ……」
「いやいや、ユキ先輩とトキコ先輩の最強タッグ見たいですよ」
この子もしつこいな。本人が嫌だって言っているのに……。
それを察したユキちゃんがフォローに入ろうとする。
「エリカ、トキコは美術部で忙……」
突然エリカは両手をパーンと叩き、ユキちゃんのフォローはかき消された。
「あっ、そうだ。みんなでカラオケ行きませんか? 2時間無料券がありますよ。ユキ先輩、私がトキコ先輩をそこで説得させますよ。リコさんの娘なら部員も迎えていれてくれますよ」
オエッー、トラウマを思い出して吐きそうだ。カラオケに行ったら、小学校のソフトボールクラブの話にもなるだろう。それに私が下手な事を知ったら、エリカの落胆する顔を見る事になるだろう。
それにママの娘って、ママの娘って、私はママじゃない。勝手に期待をするのはやめてくれ。一刻も早く、この場から脱出をしたくてしょうがない。そこで、私は小細工をして逃げる事にした。
私はスマホを取り出して、クソ下手な演技をはじめた。
「あっ、ママからだ。じゃあ、ユキちゃん帰るわ。家の手伝いをしないといけないのを忘れていたわ。うん、夕飯の仕込みとかさ……」
もちろん、夕飯の仕込みなどしたことがない。これからもするつもりはない。
しかし、ユキちゃんは嘘の会話に乗ってくれて、後は任せといわんばかりのウインクをした。
「ああ、そういえばそうだったね。トキコ、またね。気をつけて帰りなよ」
「うん、ゴメンね。ユキちゃんは後輩とカラオケ行きなよ。エリカちゃんもごめんね、せっかく誘ってくれたのに……」
エリカが体育会系のさわやかな笑顔で手を振った。
「私は大丈夫ですよ。また機会あったら、ソフトボール部に顔を出してくださいね」
「うん、ありがとう。じゃ、バイバイ」
そう、エリカは悪い子じゃない。私の運動神経が悪いのも知らない。ただの純粋な子だ。
だけど、もう会いたくない。なんとなく、昔のトラウマを思い出してしまいそうだからだ。私はハリウッド映画で爆破脱出シーンのごとく、この場を全力疾走で逃げ去った。
しかし、ドタドタと走る姿は自分でも運動神経がないのが分かる。この姿も見られたくなかった。




