【第8話】お忍びデートの裏側。チンピラは三分で片付けますわ
休日の王都の繁華街。
雲ひとつない青空の下、わたくしとカミーユ様は、お忍びのデートを楽しんでいた。
肩が触れ合うほどの距離で歩くわたくしたち。周囲を見渡せば、美味しそうな屋台やきらびやかなショーウィンドウが並び、まさに恋人たちのための完璧なシチュエーションである。
ただ一つ、背後から無表情でついてくるフェリックス様が邪魔……いえ、おられなければもっとデートらしい雰囲気になるのですが。
「ねぇ、帰ってよフェリックス。デートの邪魔なんだけど」
「殿下、私は護衛です。王族の外出に付き従うのは当然の義務であります」
カミーユ様が不満げに口を尖らせるが、フェリックス様は一歩も引かない。さすがのカミーユ様の言いぐさに、いつも胃痛に耐えているフェリックス様が少し可哀想に思えてくる。
今日のデートの目的は、カミーユ様がお菓子作りの参考にしたいという理由で、王都で話題の新作スイーツの店をはしごすることだった。
わたくしたちは、目当てのケーキ屋の長い行列に並んだ。すると、カミーユ様が何かを思いついたようにポンと手を打った。
「あ、そういえば、寮の厨房のベーキングシートが無くなってたんだった。僕たちがここに並んでおくから、フェリックスはあそこの通りにある道具屋で買ってきてくれない?」
「分かりました。すぐに戻ってまいります。くれぐれも、ここを動かないでください」
フェリックス様は疑うこともなく、生真面目な顔で列を離れていった。
その後ろ姿が人混みに紛れて見えなくなった瞬間、カミーユ様は口の端をニヤリと上げた。
「いくよ、エリザベート!」
「えっ、きゃあっ!」
カミーユ様がわたくしの手を取って走り出した。フェリックス様を撒くための見事な策だったのだ。
まさに愛の逃避行。ごめんなさいフェリックス様、あなたのことは決して忘れないわ。
小躍り……いや、小走りで歓楽街の路地を駆ける二人。繋いだ手の温もりにドキドキしていると、脳内で空気の読めないおっさんの声が響いた。
『おい、気分に浸ってるところ悪いんだが、いやな視線を感じる』
「どういうことですの?」
『……エリーじゃないな。おかっぱ坊主に視線が集まっている。暗殺者か誘拐犯かもしれん。人数は……三人、全員男だな』
「じゃあ、早く誰かに知らせないと!…でもそれじゃあ、せっかくのデートが……」
わたくしが心の中で焦っていると、師匠が呆れたように鼻を鳴らした。
『お前はもう少し自覚をしろ。そこいらの憲兵より、お前の方が圧倒的に強い。デートをしながら、お前が護衛としてこいつを守ればいい。ちょうどいい機会だ、気配察知の訓練をするぞ』
「気配察知、ですの?」
『お前は特殊体質で魔力を体外に放出できないため魔法が使えない。ただ、触れたものに魔力をまとわせることは出来るんだ。腕にはめた軍手……いや、ガントレットで岩を砕いたり、氷の粒に魔力をまとわせて弾き飛ばしただろう?それの応用をやるんだ』
「そういえば、無意識にやっていましたわね…」
『まず全身の表面に薄く魔力をまとわせるんだ。ヌルヌルした水に飛び込んで、出てきた感じを想像しろ』
「……なんかいやらしいんですけど。セクハラですか?」
『わかりやすく言ってるだけだ!それが出来ると、自分の周囲の空気の動きや、向けられた視線、殺気を感知できるようになる。常に無意識で出来るようにしろ』
師匠に言われた通り、わたくしは体内の魔力を引き出し、皮膚の表面を薄く覆うように循環させてみた。
「わかりましたわ……こんな感じかしら?」
その時、自分のまわりの空気がまるで質量をおびたような不思議な感覚を覚えた。通り過ぎる人々の体温や、遠くで落ちた葉の振動までもが肌に伝わってくるようだ。
『さすがだ、筋がいい。次に足裏から地面に向けて魔力を伝達させろ。そのまま地面から建物、あらゆるものに伝わせるんだ。エリーの魔力量なら、半径五十メートルくらいなら数日は維持できるだろう。この魔力センサーの範囲の中は、手に取るようにわかるようになる。ただ最初は情報量が多すぎて、目的のものだけ察知するフィルタリングが難しいだろうがな』
「そうですわね。頭の中が色んな情報でうるさいので、とりあえず狭い範囲からやりますわ。師匠はさっき、この方法で気づいたんですの?」
『いいや、今の俺は実体がないからそれは無理だ。ただの野生の勘だ』
「……キモ」
『お前、もう少し俺をリスペクトしたらどうなんだ!?』
その頃、わたくしたちから少し離れた路地裏では、不審な男たちが身を潜めていた。
「あのおかっぱが第二王子か。女連れだが、どうする?」
「まとめて誘拐しちまえばいいんじゃねぇか?どうせどこぞの令嬢だろう。うまくいけばそっちからも身代金がとれるぜ」
「じゃあまず、か弱そうな女からだ。彼氏なら攫われた女を追ってくるに違いない」
「よし、じゃあそれぞれ持ち場につけ」
そんな物騒な会話が交わされていることなど露知らず、わたくしたちは別のお店の行列の最後尾に並んでいた。
その時だった。わたくしの背中の魔力センサーが、後ろにそっと立った男からの明確な殺気を感知したのだ。
「師匠!」
『ああ、お出ましだ』
カミーユ様は楽しそうに、ガラスに舐めるように張り付いてお店の中を眺めている。絶対に気付かせてはならない。
わたくしはニコリと笑い、わざとらしく声を上げた。
「あら?これ何かしら?」
わたくしは足元に何かを見つけたふりをして、しゃがみ込む動作と同時に、背後の男に向けて全力のヒップアタックをかました。
ドグッ!
わたくしの可愛らしいお尻が男のみぞおちに深くめり込む。男は声すら上げる暇もなく、白目を剥いてその場に崩れ落ち、静かに気を失った。美少女のお尻でやられたのだ、きっと成仏できるだろう。
「どうしたんだい?エリザベート」
「瓶の蓋が落ちていましたわ。こんなところにゴミを捨ててはいけませんわね」
振り返ったカミーユ様に、わたくしは指先でつまんだ小さな王冠を掲げてみせた。カミーユ様は気絶している男に全く気が付かず、「エリザベートは環境にも優しいんだね!」と目を輝かせている。
こうして一つ目の危機を密かに乗り越えたわたくしたちは、人気スイーツ店で新作の季節のパフェを心ゆくまで楽しんだのだった。
「くそ、一人やられた!たまたま、かがんだタイミングでケツが腹にめり込むなんて、運がいいやつらだぜ」
「まだ大丈夫だ。あいつは俺達の中でも最弱!次は俺にまかせろ。近づかずに、吹き矢で眠らせてやる」
物騒な企みをしている誘拐犯たちのことなど知る由もなく、わたくしたちはデートを楽しんでいた。
「あ、クレープの屋台が出ているね。一つを二人で分けないかい?」
「いいですわね。シェアすればたくさん食べられますし」
カミーユ様の提案に、わたくしは内心小躍りした。クレープを二人で分け合うってことは……つまりそういうことではないですか!
胸を高鳴らせながら屋台の前でトッピングを選んでいると、前方の屋根の上から微かな殺気を感知した。
「屋根の上、そうかしら?」
『おう、正解だ』
脳内で師匠が答えるのと同時に、カミーユ様が屋台の奥に向かって声をかけた。
「すみません、このスペシャルチョコバナナを一つ……あれ、店員さん?…居眠りしてるみたいだね。起こすとかわいそうだから、他のお店に行こうか」
なんと屋台の店主は、首筋に小さな針が刺さった状態でぐっすりと眠りこけていたのだ。
「くそ、麻酔の吹き矢を外した!……なんか女の方、こっちを見ているような……」
屋根の上の男が、戸惑ったように呟いたその瞬間。
カツーンッ!
わたくしが親指で弾き飛ばした先ほどの「王冠(瓶の蓋)」が、誘拐犯の額に見事命中した。男は声も出せずに、屋根から音もなく落下していった。
『おー、お見事。お前コントロールはマジで抜群だな。……って、何をそんなに怒ってるんだ?』
「クレープがシェアできなかったからに決まってるでしょ!うぅ、こんなチャンス次はいつ訪れるか……」
怒りに震える気持ちを隠し、わたくしたちはクレープを諦めて、別のお店に向かうことになった。
「こっちを通ろうか、たしか向こうが目的の通りだよ」
カミーユ様が指差したのは、建物の隙間にある細く薄暗い路地だった。向こう側には明るい大通りが見える。
「ここを通るんですの?少し薄暗くて、怖いですわ」
どうですの?このかわゆい乙女の完璧なしぐさは。
「大丈夫さ。ローラン様もこう言っている。『たとえ今が暗闇でも、明けない夜はないんだ』ってね」
『まぁ、こんな場面で言ったわけじゃないんだがな』
珍しく正しいローラン語録が出たようだが、使い所は間違っているようだ。
「やっぱり少し怖いですわー」
「大丈夫だよエリザベート。僕にもっとくっつくんだ」
っしゃーっ!これですわよ、これ。これぞデートの醍醐味ってやつですわ。
カミーユ様の腕に身を寄せ、幸せを噛み締めていたその時だった。
「おい、お前ら。痛い目を見たくなければこっちに来い」
路地の奥から、三人目の誘拐犯が姿を現した。気配察知でずっとそこにいるのはわかっていましたわ。わかってましたけど、もう少しお楽しみタイムをいただいてもいいんじゃなくって?
「くそ、気がつけば俺だけになってやがった。こうなったら強硬手段だ。二人まとめてかっさらってやる!」
男が刃物をちらつかせながら迫ってくる。
「はぁ、さっさと終わらせてデートに戻りましょう。カミーユ様、少々お待ちくださいね」
わたくしがスッと前に出ると、男は下品な笑いを浮かべた。
「なんだ、嬢ちゃん。聞き分けがいいな。彼氏の方もこっちに呼ぶんだ」
『手加減しろよー』
師匠の忠告を聞き流し、わたくしの周りにピンクの魔力風が吹き荒れる。右足のかかとに魔力をギュッと集中させた。
「絶対可憐・桃色邪魔者排除脚《ラブリー・ピンク・イクスクルージョン・キック》ですわーっ!」
わたくしが叫びながら放った後ろ回し蹴りが、男の頭に炸裂した。
ドゴォォォォンッ!
男は蹴り伏せられ、その場の地面に激突。路地裏の石畳に立派なクレーターが出来上がった。
「エリザベート、騒ぎになる前にずらかろ……ここを立ち去ろう!」
路地裏に響き渡った轟音に、カミーユ様がわたくしの手をとって駆け出そうとする。
しかしその時、わたくしの気配察知のセンサー網に「あるもの」が引っかかった。
「あっちはまずいですわ!」
『どうしたエリー?もう殺気は感じないぞ?さっきの男で全部だ』
「もっとやっかいな者ですわー!」
大通りの方角から近づいてくるその気配。
「殿下たち、いったいどこに行かれたのやら……」
両手にベーキングシートを抱え、半泣きでわたくしたちを探して途方に暮れているフェリックス様の気配だったのだ。
「こっちに行きましょう、カミーユ様!」
わたくしはカミーユ様の手を強く引き、フェリックス様とは逆の方向へと駆け出した。
「ふふっ。気配察知って本当に便利ですわね、師匠」
『そういうことに使うもんじゃねぇんだが……』
呆れ果てる師匠の声をよそに、この日一日、わたくしたちの甘い逃避行は続くのだった。




