【第7話】わたくし、侯爵を目指します!
ある日のこと。シュヴァリエ家の屋敷に、王宮から一通の招待状が届いた。
豪華な金箔が押された重厚な封筒。それは『ローラン杯』、つまり「爵位入れ替えトーナメント」への招待状であった。
ローラン杯とは、アルトリア王国が四年に一度、国を挙げて開催する盛大なお祭りだ。
大会のルールは極めてシンプルかつ残酷。上位貴族と下位貴族が戦い、下位が勝てば相手との『爵位交換』と『領地の三分の一』をゲットできる。逆に上位が勝てば、敗れた下位貴族は『領地を半分没収』されるというものだ。
「強さこそ正義」を掲げる、この脳筋国家らしいイカれたイベントである。
我がシュヴァリエ家は、数代前まではれっきとした『侯爵』の地位にあった。
しかし、このローラン杯で連敗を繰り返した結果、領地を削られ続け、とうとう男爵の地位まで落ちてきてしまったのだ。
うらむわよご先祖様。
今の地位に落ちてからのシュヴァリエ家は、これ以上の没落を防ぐためにずっと「不参加」を貫いている。そのおかげで、我が家は社交界ですっかりチキン扱いを受けているのだが……まぁ、これ以上負けてしまうと確実にお家取り潰しになるのだから、仕方がない。
ちなみにお父様は、魔術の才能こそあるものの、その使い道をすべて「農業」に注ぎ込んでいる。
我がシュヴァリエ領は、お父様が品種改良した作物のおかげで毎年大豊作。そのため我が領の民はかなり裕福な暮らしをしているのだ。しかしお父様は、税金を最低限しか取らないうえに、手元に入ったお金のほとんどを次の研究費に費やしてしまう。
「これも領民のためだからね」と穏やかに笑い、清貧を貫いているのだ。そう、つまり我が領で貧乏なのは、領主である我が家だけなのである。
元々温和な性格で争い事を好まないため、お父様自身もローラン杯に出たことはない。
「社交界でチキンと言われても、別に実害があるわけではないからね。言わせておきなさい」
と、完全に達観している。まあ、わたくしはそんな天然で優しいお父様が結構好きではあるのだけれど。
そんなわけで、四年に一度届くこの物騒な招待状は、いつもお兄様がどうするかを決めている。
「やはり今回も不参加にしよう。この前の決闘で、僕の愛用の剣ももう限界だからね」
お兄様は深くため息をつきながら、ボロボロになったなまくら剣を見つめた。
「クロエ、すまないがこのローラン杯の招待状を『不参加』で送り返しておいてくれ」
「承知いたしました」
控えていたクロエが一礼し、招待状を受け取って部屋を出ようとした時だった。
『おい、ローラン杯ってなんだ?』
脳内で、万年床でゴロゴロしていた師匠が不意に声をかけてきた。
「四年に一度行われる、貴族の腕試しのようなものですわ」
『へえ、おもしろそうだな。その招待状とやらを見てみたい。おいエリー、メイドからちょっと拝借してくれ』
師匠の好奇心に押され、わたくしは慌ててクロエを呼び止めた。
「クロエ、待ってちょうだい。返送の手続きは、わたくしがやっておきますわ」
「……承知いたしました、お嬢様」
クロエは一切の疑問を顔に出さず、招待状をわたくしに手渡して退出していった。
わたくしは自室に戻ると、招待状に同封されていたルールの書かれた紙を広げた。
『どれどれ……』
1.ローラン杯に参加の意思があるものは、予選へのエントリーをすること
2.予選を突破した各爵位の四人が本戦に出場できるものとする
3.本戦一回戦は、男爵と子爵が戦うこととする
4.二回戦は、一回戦を勝ち上がった者と、伯爵が戦うこととする
5.決勝戦は、二回戦を勝ち上がった者と、侯爵が戦うこととする
6.闘いの結果、上位貴族が勝てば相手の領地の半分を得るものとする
7.闘いの結果、下位貴族が勝てば相手との爵位交換と領地の半分を得るものとする
8.以上に異議のない者だけ、予選への参加の意思を示すこと
『なるほどな、侯爵以下で争うってわけか。それに、けっこうエグい内容だな。まさに勝てば天国、負ければ地獄だ』
「そうですわね。まさしく我が家は地獄になったほうですけど」
『で、どうするんだ?出るのか?』
「へ?出るって?お兄様は不参加だって……」
『いや、エリーがだよ。この招待状、参加者の資格が何も書いていない。つまり誰だって出られるってことだろ?強いもの同士の闘いが見られればなんでもOKってことだぜこれ。マジで脳筋国家だな』
「たしかに、今までも冒険者や傭兵を雇って出場させた貴族はいました。でも女性が出た記憶がないもので、てっきり男性しか出場できないものと思っていましたわ」
『今のお前なら、爵位を取り返すことも出来るかもしれねぇ。やってみろよエリー』
師匠のその言葉に、わたくしの心は大きく揺れ動いた。
もしもわたくしが勝って侯爵の地位を取り戻せたら。そうすれば、落ちこぼれの没落男爵令嬢ではなくなり、堂々とカミーユ様の隣に立てるようになるのではないか。
「少し…、考えますわ」
わたくしはその夜、招待状を胸に抱きながらなかなか寝付けなかった。
ーー
翌日、学園の昼休み。
いつものように見晴らしの良いテラス席で友人たちと昼食をとっていましたが、わたくしはずっと上の空だった。
「どうされたんですか?エリザベート。元気がないようだけど、何か悩みでもあるの?」
わたくしの様子がおかしいことに気がついたクララが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「実はローラン杯のことなんだけど……」
「ひょっとしてお兄さんが出場するのかい?学園ではレインボーナイトが出るんじゃないかって噂が飛び交っているよ」
カミーユ様が目をキラキラさせて身を乗り出してきた。どうやらお兄様は、あの決闘の一件以来すっかり学園の有名人になってしまったようだ。
「ダセー名前で呼んでんじゃねーよ、おかっぱ!」
うん、クララは今日も平常運転だ。
「実は、わたくしが出場しようかと思って」
「エリザベート嬢がですか!?」
背後に控えていたフェリックス様が目を丸くして驚いた。
「ええ。我が家はローラン杯に連敗して今の地位になってしまいました。負ければお家取り潰しは確実。でも、もし勝ち上がれば爵位を取り返せるかもしれないって思ったの。爵位を取り返せれば、カミーユ様との婚約だって可能になるかもしれないし」
わたくしが秘めた思いを打ち明けると、カミーユ様は少し驚いたような表情を浮かべた後、すぐに満面の笑みになった。
「大丈夫だよエリザベート。僕たちの前に立ちふさがるものがあれば、僕が全部なぎ払ってあげるから!」
「すぐに周りに喧嘩を売らないでください、殿下!」
すかさずフェリックス様の悲痛なツッコミが入る。相変わらずカミーユ様の愛情表現はスケールが大きすぎて、少しだけ物騒だ。
「いいえ、カミーユ様!わたくしは周りのみんなに祝福されて結ばれたいの!……わたくし、出場しますわローラン杯!そして優勝して、侯爵に返り咲いてみせます!」
わたくしが両手を握りしめて力強く宣言すると、カミーユ様はうっとりとした顔で頷いた。
「わかったよ、エリザベート。ローラン様も言っている、『なるようになれ!』ってね」
『誰でも言うだろ、そんなセリフ!』
脳内で師匠の激しいツッコミが響き渡る。相変わらず後世の歴史学者は適当なローラン語録を作りすぎである。
その日の放課後。
屋敷に帰ったわたくしは決意とともに、自室の机で招待状を開いた。
「予選は夏休み後半か……」
わたくしは意を決し、参加の意思を示す欄に力強く印を付け、自分の名前を記入したのである。
没落男爵令嬢の、侯爵への返り咲き。そして愛する王子様との未来を掴むための戦いが、いよいよ始まるのだ。




