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【第6話】上位貴族からのプロポーズ! 婚約なんていたしませんわ

ある日の学園の廊下でのこと。


わたくしは、見知らぬ上級生の男子生徒に呼び止められていた。


「エリザベート・シュヴァリエ。単刀直入に言おう。僕と婚約するでござる」


自信満々にそう告げたのは、取り巻きを数人連れた、小太りの上位貴族の令息だった。


わたくしは自分で言うのもなんだが、かなりの美少女である。そうなのだ、美少女なのだ。


どうやら彼も、わたくしの可憐な見た目に惚れ込んでしまったようだ。ふぅ、モテる乙女はつらいわ。


「お前のところは貧乏男爵なんだろう? 僕と結婚すれば、お前はいい暮らしができるでござるよ。なんなら、没落した実家の面倒もみてやろうじゃないか。でゅふふふふ……すーはーすーはー」


恩着せがましく鼻で笑う上級生。なによりキモすぎて、生理的に受け付けませんわ。


わたくしはニコリと完璧な令嬢の笑みを浮かべ、キッパリと言い放った。


「身に余る光栄ですが、わたくしにはすでに心に決めたお方がいるのです。お断りさせていただきますわ」


カミーユ様という、女子力が高すぎてたまに国を滅ぼそうとする最高に愛おしい王子様がおりますので!と心で叫んだ。


「なっ……! この僕の申し出を断るだと!?」


顔を真っ赤にして怒る彼を残し、わたくしはその場を後にした。これでこの話は終わったと、その時のわたくしは軽く考えていたのだ。


ーー


しかし、その数日後。


我がシュヴァリエ家に、彼の実家である上位貴族から「正式な婚約願いの証書」が届いたのである。


「どうしてこんなことに……わたくし、ちゃんとお断りしましたのに」


居間のソファで頭を抱えるわたくしに、書類を確認していた兄のテオドールが渋い顔で言った。


「アルトリア王国における貴族のルールだよ。上位貴族からの求婚を無条件で断ることができるのは、同じく力を持つ家のみ。平民に毛が生えた程度の扱いである今の我がシュヴァリエ家が、彼らの要求を突っぱねる術はただ一つしかない」


それは決闘である。


建国の英雄ローラン様を祀り、「力こそ正義」を掲げるこの脳筋国家では、決闘で勝つことこそが唯一の拒否権となる。下克上を果たせば、身分が上の者からの依頼でも堂々と断れるのだ。


「エリザベート。念のために聞くけど……この婚約を受けたいかい?」


「絶対に嫌ですわ!」


「わかった。なら、僕が決闘に出よう」


お兄様は迷うことなく宣言した。


そう、決闘を行う場合、代理人を立てることはできず、必ずその家の「当主」か「跡取り」が出向かなければならないのだ。平和主義で土いじりばかりしているお父様には到底無理なので、必然的にお兄様が出ることになる。


決闘の形式は、下位の者が「魔術」「剣術」「体術」の中から選ぶことができる。


お兄様は体術と魔術はそこそこの腕前だが、それ以上に剣術の才能に溢れていた。当然、お兄様は剣術での勝負を選択した。


しかし、我が家には致命的な問題があった。


貧乏なシュヴァリエ家では、決闘に耐えうる良い武具を購入する予算がないのだ。


お兄様は、自分の腰に提げた刃こぼれだらけの安物の剣を見つめながら、無理をして笑った。


「安心しろエリザベート。僕が必ず勝って、この身の程知らずな婚約を破棄してみせるからね!」


「……不安しかありませんわ」


お兄様の実力は信じているけれど、相手は資金力に物を言わせた最高級の武具で来るに決まっている。あの、なまくら剣で太刀打ちできるのだろうか。


わたくしが絶望していると、脳内で万年床に寝転がっていたおっさん……もとい、師匠が起き上がった。


『おい小娘。泣き言を言ってる暇があったら、特訓するぞ』


「師匠! でも、わたくしが代わりに戦うわけにはいかないんですよ?あとそろそろ小娘じゃなく、名前で呼んでもらえます?わたくしにはエリザベートという、この可愛い見た目にぴったりな名前があるんですから」


『面倒くさいな、…じゃあ、なげーからエリーな。…つまり、エリーがアイツのコーチになるってことだ。俺が頭の中から、お前の兄貴の動きを矯正してやる』


なるほど! 師匠の最強の剣術理論をお兄様に叩き込めば、武具の差など覆せるかもしれない!


「お兄様! わたくし、剣術はまったくの苦手ですけれど、実はコーチの才能はございますの! お兄様を決闘当日までに、わたくしが完璧に鍛え上げてみせますわ!」


「えっ? エリザベートが僕に剣を教えるの……?」


戸惑うお兄様を庭に引きずり出し、その日から兄妹の猛特訓が始まった。


『そこだ! 踏み込みが甘い! もっと腰を落として、相手の呼吸の隙間を狙え!』


「そこですわお兄様! 踏み込みが甘いですわ! もっと腰を落として、相手の呼吸の隙間を狙うのです!」


わたくしは、脳内の師匠が叫ぶ実戦的すぎるアドバイスを、そのままオウム返しでお兄様に伝えていった。


「はぁっ、はぁっ……エリザベート、君はいったいどこでそんな高度な剣術の理論を……!?」


「細かいことは気にしてはいけませんわ! さあ、次は剣の軌道を悟られないように、手首の返しを意識するのです!」


お兄様は元々才能があったため、わたくし(というか師匠)のスパルタ指導をスポンジのように吸収し、メキメキと実力を上げていった。


そしてその裏で、わたくし自身も師匠のアドバイスを受け、ひっそりと「ある特訓」を行っていた。


『いいかエリー。いくら兄貴の腕が上がっても、あのなまくら剣では限界がある。万が一のための「プランB」だ』


「わかりましたわ、師匠」


わたくしも毎日裏庭で、ひたすら地味な反復練習を繰り返した。すべては、妹思いの優しいお兄様を勝利に導くために。


こうして、各々の準備を整えたまま、運命の決闘当日を迎えることとなる。


ーー


決闘当日。


学園の闘技場には、上位貴族と下位貴族の因縁の対決を一目見ようと、多くの観客が押し寄せていた。


わたくしは観客席の一番前の席に陣取り、お兄様の入場を見守っていた。


「きゃー、テオドール様ー。頑張ってー」


隣では、親友のクララが両手を口元に当て、頬を赤らめながら黄色い声を上げている。珍しくとてもお上品だ。


実は彼女、公爵令嬢でありながら、没落男爵家のテオドールお兄様に密かに想いを寄せているのである。公爵令嬢たるもの、いつもこうであってほしいものだ。


「安心して、エリザベート」


反対側の隣の席では、カミーユ様がわたくしの肩を優しく抱き寄せ、ニヤリと微笑んだ。


「もしお兄さんが負けても、僕がなんとかしてあげるから大丈夫さ。なぁに、やり方はいくらでもあるんだ」


「殿下!公衆の面前で国家権力を乱用するような物騒な話はやめてください!」


背後に控えるフェリックス様が、胃のあたりを押さえながら悲痛なツッコミを入れる。


脳内では、師匠が腕を組んで闘技場を眺めていた。


「師匠、お兄様は勝てそうですか?」


『ありゃ無理だな』


「どうしてですか!?」


『相手の着込んでいるフルプレートアーマーはかなり良いものだ。テオドールのなまくらの剣じゃ、かすり傷もつかないだろうよ』


「じゃあ、あれをやるしかないのね?」


『ああ、プランBだ』


わたくしは周囲に悟られないよう、小声で呼びかけた。


「わかりましたわ。…クロエ!」


「はい、お嬢様。ここに」


いつからそこにいたのか、超有能メイドのクロエが音もなくわたくしの後ろの席に現れた。


「かくかくしかじかなの、頼めるかしら?」


「問題ありません。……お待たせいたしました」


待ってません。一度姿を消したクロエが、マジで一瞬で戻ってきた。その手には、わたくしが注文した品が握られている。


そうこうしているうちに、闘技場では試合開始の合図が鳴り響いた。


「試合開始!」


「はぁぁぁっ!」


わたくし、もとい師匠の手ほどきを受けたお兄様は、圧倒的なフットワークと剣さばきで相手を翻弄し、実力差を見せつける。


しかし、師匠の読み通り、相手の高級フルプレートアーマーに阻まれて傷一つ付けられない。相手は防御に徹して、お兄様の体力が尽きるのを待っているようだ。このままでは、いずれスタミナ切れでやられてしまう。


「でゅふふふふ……。貧乏はつらいでござるな」


「僕は妹を守るんだ!」


お兄様が気力を振り絞り、渾身の一撃を相手の肩口に繰り出した。


ガキィィン!


凄まじい金属音が響き、なんと相手の強固な鎧の肩当てが派手に吹き飛んだのだ。


お兄様はすかさず踏み込み、もう一撃を胴体に繰り出す。


ガキィィン!


さらに鎧の胸当ての一部が吹き飛んだ。


「くそ!なんでござるか、その馬鹿力は!そんな安物の剣で、僕の高級フルプレートアーマーを弾き飛ばすなんて!」


相手が信じられないという顔で後ずさる。


しかし、一番驚いていたのはお兄様自身だった。


(そこまで力を入れてはいないんだけど……?)


ぴちゃ。


「ん?…雨か?」


お兄様は顔に冷たい水滴がかかったのを感じ、空を見上げた。しかし、空は雲一つない見事な快晴である。


一方その頃、観客席の最前列では。


わたくしはクロエが持ってきたコップから、小さな氷の粒をつまみ出していた。


『よし、いいぞ。いいコントロールじゃないか』


「そうでしょう!特訓した成果もあって、今では百発百中よ。針の穴だって通せるわよ!」


そう、わたくしが裏庭でひっそりと行っていた特訓とは、膨大な魔力を指先に集中させ、「小さな氷を指先で弾いて的に当てる」というものだった。


つまり、わたくしはお兄様の剣が相手の鎧に当たる寸前のタイミングに合わせて、音速を超える速度で氷の粒を撃ち込んでいるのである。


わたくしの魔力が込もった氷の弾丸が、鎧を物理で破壊しているのだ。


そう、つまりズルである。でも、妹の愛のサポートと言い換えることもできるはずだわ!それにきっと、わたくしは可愛いから神様も許してくれるはず!


「いいぞーっ!いけっ!そこだっ!ぶち殺せーーっ!」


お兄様の優勢を見て、うん、いつもの口の悪いクララが帰ってきた。公爵令嬢の面影はきれいに消えた。


「これで終わりだー!」


お兄様が雄叫びを上げる。


わたくしも両手の指に氷をセットし、ガトリングのごとく連続で弾き飛ばす。


ガガガガガガガガガ!!


お兄様の嵐のような剣戟と、わたくしの見えない氷の弾丸が完全にシンクロし、相手の鎧を次々と粉砕していく。


ついに丸腰になった相手の首筋に、お兄様のなまくら剣がピタリと寸止めされた。


「ま、まいったでござる……」


相手が膝から崩れ落ち、負けを認めた。


うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


会場中から割れんばかりの大歓声が巻き起こった。


「おい、あれを見ろ!」


観客の一人が闘技場の中央を指差して叫んだ。


本日は晴天なのにも関わらず、お兄様の周りにはなぜか美しい虹が現れていたのである。


「テオドール様!素敵ですわー!」


クララが身を乗り出して叫び、カミーユ様も「ローラン様を思わせる、見事な剣筋だったよ」と拍手を送っている。


こうしてわたくしの婚約話は無事に白紙となり、その日を境にお兄様は、妹のために命を懸けて戦った『虹の騎士レインボーナイト』というクソダサい異名で学園中の尊敬を集めることとなったのだった。

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