【第5話】魔術?剣術?そんなの不要です。測定実習はワンパンで
王立ローラン学園の屋内修練場。
本日は定期測定実習の日だ。
魔術、剣術、体術の三項目を順番に測定し、生徒たちの現在の実力を評価する重要な授業である。
体操着に着替えたわたくしは、周囲の生徒たちが熱心に準備運動をするのを眺めながら、ふと脳内の師匠に語りかけた。
「師匠。平和な今の世の中で、こんな実戦的な測定って本当に必要なんでしょうか」
『平和ボケしてしまうのが一番危険なんだよ。俺が生きていた六百年前もそうだった』
珍しく、師匠の低い声に真剣な響きが混ざった。
『かつての魔王はある日突然、なんの予兆もなく現れた。人間たちが油断しきっていたからこそ、あそこまでの被害が出たんだ』
「じゃあ、今の時代にも突然魔王が復活することがあるんですの?」
『わからん。だが、俺がこの時代にお前の頭の中に転生したのにも何か理由があるのだとすれば、その可能性も否定できない』
師匠の言葉に、わたくしは少しだけ身を引き締めた。ただのむさ苦しいおっさんだと思っていたけれど、こういう時はやはりかつての英雄なのだと感じさせる。愛するカミーユ様をお守りするためにも、いざという時の備えは必要なのだわ。
『よし、まずは魔術の測定からのようだな。いいか小娘、特訓によってお前は力を引き出すコツを得た。今度は手加減を覚えろ』
「わかっていますわ。任せてくださいませ」
わたくしたちがそんな脳内会議をしていると、近くからわざとらしい笑い声が聞こえてきた。
「あら、魔法が使えない落ちこぼれさんじゃない。今日も見学かしら?」
「没落男爵令嬢には、身の程に合った場所というものがありますのにね」
わたくしを嘲笑しているのは、派手な取り巻きを連れた数人の女子生徒たちだ。
わたくしは自分で言うのもなんですが、なかなかの美少女である。そう、何度でも言おう、美少女なのだ。
そのため男子生徒からは密かに人気があるらしいのだが、落ちこぼれであるにも関わらずチヤホヤされるのが気に入らない一部の女子からは、こうして目の敵にされているのだ。
わたくしが言い返せずにいると、隣に立っていた親友のクララが低い声で凄んだ。
「聞こえてんぞ、テメーら!」
クララのあまりの迫力に、女子生徒たちがビクッと肩を揺らす。
「あ、あれ?エリザベートさん、今日は棄権しないんですか?」
実習担当の教師が、列に並んだわたくしを見て驚いたように声をかけてきた。
「はい。先生、質問よろしいでしょうか。遠距離からあの的を破壊出来れば、魔法じゃなくてもポイントになりますか?」
「え?まあ、構いませんが……あの的は強固な魔法で強化されていますから、ただの投擲などでは傷一つつきませんよ」
「では、投擲でチャレンジさせてくださいませ」
わたくしが真っ直ぐに見つめると、教師は困惑しながらも「まあいいでしょう」と、手のひらサイズの石を一つ渡してくれた。
それを見た女子生徒たちが、再びクスクスと笑い出す。
「聞いた?魔法用の的に投擲でチャレンジですって。滑稽だわ」
「頭まで悪くなってしまったのかしら」
その瞬間、クララが一歩前に出て、美しい顔を凶悪に歪ませた。
「テメーら、ケツから手突っ込んで、奥歯ガタガタ言わしたろかい!」
公爵令嬢とは思えないチンピラのような暴言に、女子生徒たちは「ひぃっ」と悲鳴を上げて逃げていった。クララ、いつもわたくしのためにありがとう。でも、もう少しお上品にお願いしますわ。
「さあ、見せてやりますわ!」
わたくしは測定ラインに立ち、教師から渡された石を右手に握りしめた。
体内の奥底から、膨大な魔力を引きずり出す。
血管を駆け巡る魔力が熱を帯び、わたくしの身体からピンク色のオーラとなって立ち上った。周囲の空気がビリビリと震え、陽炎のように揺らめき、体操着が強い魔力風を受けて激しくはためく。
『おい、バカ!加減をしろって言っただろ!』
脳内で師匠が慌てたように叫ぶが、もう止まらない。
「えいっ!」
わたくしは軽くキャッチボールをするかのような、可愛らしいフォームで石を投げた。困ったわ、また男子の中での人気が上がってしまう予感。美少女って悩みがつきな……。
ズドンッ!!!!
空気を切り裂く爆音。
放たれた石は目にも止まらぬ速度で的に直撃し、魔法で強化されたはずの的と石が、双方粉々に砕け散った。
しかし、それだけでは終わらなかった。
的に当たった瞬間に生じた凄まじい衝撃波がそのまま後方へ突き抜け、修練場を区切る分厚い防護壁ごと、轟音と共に吹き飛ばしてしまったのだ。
モクモクと立ち込める土煙の中で、修練場は水を打ったように静まり返った。
『加減しろって言っただろ!』
「しましたわ!でも予想以上の力が出ちゃって……」
頭を抱える師匠に言い訳をしていると、土煙が晴れ、吹き飛んだ壁の向こう側が見えてきた。
そこは三年生の修練場だったらしい。愕然としてこちらを見つめる上級生たちの中に、見慣れた金色のおかっぱ頭があった。
「あ、エリザベート!君も今日測定だったんだね」
壁が吹き飛んだという異常事態にもまったく動じることなく、カミーユ様が満面の笑みで瓦礫を踏み越えてこちらへやってきた。
「僕はもう全部終わったから、一緒にお茶をしようよ」
その手には、どこから取り出したのか、すでに完璧にセッティングされたティーセットのお盆が握られていた。
ーー
次は剣術の測定だ。
相手は魔導ゴーレムによる模擬戦。ゴーレムに剣でダメージを与え、その総量がポイントになるというルールである。
しかし、ゴーレムには上級剣士の動きがプログラムされているようで、先に挑戦している他の生徒たちはその速さと太刀筋にまったくついていけていなかった。
「これはいけそうですわね。わたくしの方が速く動けますから」
自信満々に言うわたくしに、師匠が即座にダメ出しをする。
『無理だな。お前はまだ自分の魔力の加減が上手くできていない。直線的な動きならお前の方が速いが、勢い余って自分の力に振り回されるだろう』
「じゃあどうすればいいんですの?」
『自分で考えてみろ。戦場は俺の指示を待てる場面ばかりじゃないぞ』
突き放されたわたくしは、渡された刃の付いていない訓練用の剣を握りしめ、ゴーレムの前に立った。
フットワークについて行けないなら、こうですわ!
わたくしはピンクの魔力を全身にまとい、ゴーレムに向かって一直線に踏み込んだ。
瞬きする間もなく距離を詰め、剣を持つゴーレムの右手首をわたくしの左手でガシッと掴む。
「剣を持つ腕を押さえてしまえば、剣術なんて使えませんわ!」
どうですか、わたくしの完璧な作戦。しかし、ゴーレムは機械的な動きで右手の剣を放り投げ、空いた左手でそれを見事にキャッチした。
そしてそのまま、わたくしの頭上に向かって勢いよく剣を振り下ろしてきたのだ。
いくら刃が付いていない訓練用の剣だとしても、鉄の棒で思い切りぶたれるのと同じである。
ガインッ!
修練場に、到底人に当たったとは思えない硬質な音が響き渡った。
「ひっ!」と周囲の生徒たちが息を呑むが、剣で頭を殴られたわたくしは平気な顔で首を傾げていた。身体強化のおかげでダメージはゼロ。
わたくしの防御力を脅威と認識したのか、ゴーレムがプログラムを上方修正し、嵐のような剣戟をわたくしに向けて放ってきた。
ガインッ!ガインッ!ガインッ!
わたくしは迫り来る剣戟を、無防備なまま食らい続ける。たまに腕や頬に小さな擦り傷ができるが、それもプシューッと蒸気を上げながら一瞬で完治していく。
「もう、しつこいですわね!ええいっ!」
わたくしは苛立ちに任せ、持っていた剣をバットのように思い切り横薙ぎに振り抜いた。
ドゴォォォォン!
わたくしの剣とゴーレムの胴体が激突し、凄まじい衝撃と共に両方とも粉々に砕け散ってしまった。
『最初の腕を押さえたところまでは良かったが、その後が脳筋すぎる。五十点ってところだな』
師匠が呆れたように呟く中、教師が頭を抱えながら宣言した。
「ゴ、ゴーレムが完全に破壊されてしまったため、測定不能!ポイントゼロ!」
「そんなぁ!」
肩を落として戻ってきたわたくしを、カミーユ様が優しく出迎えてくれる。
「お疲れ様、エリザベート。さあ、こっちへ来て。激しい戦いで君の美しい髪が乱れてしまっているよ」
カミーユ様は手早くわたくしを椅子に座らせると、愛用の櫛と特製のローズオイルを取り出し、プロ顔負けの手つきでわたくしの髪をセットし直してくれた。
「カミーユ様、いい香りですわ」
「君の魅力を引き立てるためなら、なんだってするさ」
二人の甘い空間に、クララが「おいバカ王子、さっさと自分のクラスへ帰れよ」と、もはやなんのためらいもなく暴言を吐いた。
ーー
そして最後は体術の測定だ。
ルールは簡単。防御壁の前に立ち、前方から連続して発射される三百個の石つぶてを避け続けるというもの。一つでも体に当たったらアウトだ。
「これは簡単ですわね。……でも、高速で動くとさっきカミーユ様に綺麗にセットしていただいたこの髪がまた乱れてしまうわ…。そうですわ!」
わたくしが悩んでいるうちに、順番が回ってきてしまった。
「エリザベート・シュヴァリエ、準備はいいか?……測定開始!」
教師の合図と共に、装置から高速で石つぶてが射出される。
パシィッ。
「ん?」
見ていた全員の頭に「?」が浮かんだ。
本来であれば、生徒が避けた石つぶては背面の防御壁に当たって砕ける音がするはずなのだ。しかし、砕ける音がしない。
わたくしは、飛んできた石つぶてを一歩も動かずに片手で優雅にキャッチしていたのだ。
バスバスバスッ!と連続して射出される石つぶて。
わたくしはピンクの魔力を目に集中させ、まるで千手観音のような動きですべての石つぶてを素手で掴み取っていった。
パシパシパシパシパシパシパシッ!
そしてすべての射出が終わった後、わたくしの足元には三百個の石つぶてが綺麗にピラミッド状に積み上げられていた。
髪の毛一本すら乱れていないわたくしに、カミーユ様が感動の涙を流しながら拍手を送る。
「素晴らしいよエリザベート!魔獣の頭蓋骨でピラミッドを作って力を誇示したという、ローラン様の逸話になぞらえているんだね!」
『そんな気持ち悪いことするか!毎回どこ発信なんだ俺の噂は!』
脳内で師匠がツッコミを入れる中、教師が冷静な声で告げた。
「エリザベート・シュヴァリエ。ポイントゼロ」
「ど、どうしてですの!?わたくし、一つも当たっていませんわよ!?」
「いや、手も体の一部だから、触れたらアウトですよ」
「…………」
残念ながら、剣術と体術のポイントはゼロになってしまったわたくし。
けれど、生まれて初めて魔術のポイントで満点をもらえたのだから、今日の実習は大成功と言っても過言ではないはずですわ。




