【第4話】よろしく師匠。最強の弟子爆誕!
美術館での強盗事件から数日後。
わたくしは自室のベッドの上で、自分の両手を見つめながら決意を固めていた。
「カミーユ様にまた危険が迫った時、今度こそ完璧にお守りしたいですわ。そのためにも、あの力をちゃんと扱えるようになりませんと」
『いい心構えだ。俺の力は強力すぎるからな、無意識に振り回すのは危ねぇ』
脳内のおっさんが、ひざを叩いて立ち上がった。
『今日から俺のことは師匠と呼べ。基礎からみっちり鍛え直してやる』
「わかりましたわ、おっさん……いえ、師匠!」
『いきなりおっさんに戻ってんぞ。まあいい。さっそく特訓といくか』
「でも師匠。わたくし素手で殴ると、後でお手々がじんじんと痛くなりますの」
カミーユ様にマッサージしていただくのは至福の時間だが、戦闘中に手が痛くて動けなくなるのは致命的だ。
おっさ……師匠は腕を組んで唸った。
『確かに、俺の力を使いこなすにはお前の華奢な骨格じゃちと負担が大きすぎるか。何か防具があればな』
「防具、ですか?」
「お嬢様、何かお悩みですか」
ふいに部屋の隅から声がした。いつの間にいたのか、我がシュヴァリエ家が誇る超有能メイドのクロエが無表情で立っていた。
「クロエ! 実はかくかくしかじかで、お手々を守る防具が欲しいのですけれど」
わたくしが事情を話すと、クロエは「承知いたしました」と一礼し、どこかに行くと一瞬で戻ってきた。
「お嬢様のために、作って参りました」
「まあ! さすがクロエですわ。これは……」
わたくしが受け取ったのは、鮮やかなピンク色に染め上げられた布製の手袋だった。しかし、手のひら側には一面に黃色のブツブツとした滑り止めがついている。
「クロエ、これはもしかして……ただの軍手ではありませんの?」
「いいえ、お嬢様。これは伝説の防具、『桃色軍手甲』です。ミスリル糸を編み込んであるため防刃性は完璧。手の甲側には、ミスリルプレートを取り付けました。さらに特殊なゴムイボにより、あらゆる獲物を逃さない極めて実用的な……いえ、可愛らしい仕上がりとなっております」
『おおっ! この通気性とイボイボのグリップ力! これぞ実用最適の武具だ! そこのメイド、わかってるじゃねえか!』
脳内の師匠が大絶賛している。
「名前だけはかっこいいですけれど、やっぱりただのイボイボ付きピンク軍手じゃないですか!伝説ではないくらい、いくらわたくしでもわかりますわ!」
『かぁー、わかってねぇなお前は。武具ってのはな、それに頼っちゃいけねぇんだよ。良い武具を持つと自分自身が強くなったように錯覚しちまう。ちゃんとした装備は、お前がもっと成長してからだ』
文句を言いつつも、試しにはめてみると不思議と手に馴染む。仕方ありませんわ、私がきちんと力を扱えるようになるまでの辛抱ですわ。
『よし、防具も手に入ったことだし、さっそく特訓場所に向かうぞ』
「学園の訓練所に行きますの?」
『いや、ギルドに行くぞ』
「……はい?」
師匠の謎の提案により、わたくしは王都にある冒険者ギルドへと足を運ぶことになった。
ギルドは、冒険者たちが仕事を発注・受注する場所だ。没落したとはいえ男爵令嬢であるわたくしが、ひらひらのドレスをまとって来るような場所ではない。
周囲の物騒な視線を浴びながら、わたくしは師匠の指示通りに掲示板から一枚の依頼書を剥がし、受付へと向かった。
「あ、あのー、この依頼を受けたいのですけれど」
わたくしが依頼書とギルドの臨時登録証を差し出すと、受付のお姉さんは目を丸くして固まった。
「えっと……お嬢さんが、これを? ほんとに? 大丈夫ですか?」
受付のお姉さんが信じられないという顔で何度もわたくしと依頼書を交互に見る。
無理もない。わたくしが選んだ……いえ、師匠に選ばされた依頼は王都近郊の岩山での魔石採掘作業だったのだ。どう見ても完全な肉体労働である。女学生がバイトをするなら、せいぜい庭の草引きか、迷子の子犬探しくらいである。
「ええ、もちろん本気ですわ。どうかよろしくお願いいたします」
わたくしは貴族令嬢としての完璧な笑みを浮かべ、強引に手続きを終わらせた。
ーー
そして数時間後。
わたくしは王都郊外の荒涼とした採掘所に立っていた。
動きやすいように少し丈の短いドレスで来たものの、ここは土埃が舞う現場だ。
ツルハシを持った屈強なおっさん連中が、場違いすぎるわたくしを見て厳しい視線を送ってくる。
「おいおい、なんでこんな所に貴族の嬢ちゃんがいるんだ?」
「ピクニック気分なら帰ったほうがいいぜ、怪我するからな」
飛び交う野次。しかし、脳内の師匠はニヤリと笑った。
『最高の特訓場じゃねえか。さあ、あの岩山を片っ端から粉砕していくぞ!』
わたくしは『桃色軍手甲』をはめた両手を構え、巨大な岩壁の前に立った。
背後では、採掘所のおじさまたちが呆れたようにヒソヒソと話している。
『いいか、小娘。お前は魔力量は国内トップレベルだが、それを体外に放出できない特異体質だ。魔法は使えねぇ。そして悲しいことに剣の才能も絶望的だ』
「はっきり言われると、けっこう傷つくんですけど」
『だからこそ、その有り余る魔力を体内に留め、循環させる『身体強化』による体術だけを極めるんだ。剣や魔法なんて小細工は捨てて、己の拳一つで物理的にねじ伏せる。それが一番手っ取り早い』
師匠のアホのような脳筋理論は、妙な説得力があった。すべては愛するカミーユ様をお守りするためだ。
『よし、あの岩を標的にするぞ。まずは腹の中心から魔力が身体の隅々に行き渡るイメージをしろ。次に魔力を拳の一点に集中させるんだ。最後にインパクトだが、いいか、肘は引くなよ。パンチは地面を蹴って上半身をねじり、腰の回転で打つんだ』
師匠の的確な指導に従い、わたくしは構えの姿勢をとった。
「わかりましたわ。やってみます!…… ええいっ!」
自分でも驚くほどのスピードで上半身が回転する。
ピンクストライクを装備した右ストレートが、岩壁にめり込んだ。
ドゴォォォォォォォンッ!
凄まじい轟音と共に、小屋ほどもある巨大な岩が粉々に砕け散った。
「おおっ! 本当にお手々が痛くありませんわ! ピンクストライク、最高です!」
感動するわたくしの背後で、採掘所のおじさまたちがツルハシを落として口をポカンと開けていた。
しかしその直後、砕け散った岩の破片の一つが飛んできて、わたくしの頬を鋭くかすめた。
ヒリッとした痛みが走り、指で触れるとほんの少し血が滲んでいた。
「ひゃああああっ!? 乙女の顔に傷が! わたくしの美しいお顔に傷がついてしまいましたわ! これではもう、カミーユ様のお嫁に行けませんわーっ!」
わたくしがこの世の終わりのように嘆き悲しんでいると、脳内で師匠が深くため息をついた。
『落ち着け。たかがかすり傷で騒ぐな。いいか、お前は魔力を外に出せない分、体内で爆発的に循環させることができる。その魔力を傷口に集めるイメージを持ってみろ。細胞を活性化させて超回復させるんだ』
「超回復……? こう、ですの?」
言われた通りに体内の魔力を頬に集中させると、ポワァッと温かい感覚が広がった。
恐る恐る指で触れてみると、血は止まり、傷跡一つ残らないつるつるのゆで卵のようなお肌に戻っていた。
「まあ! 治りましたわ!」
『そうだ。その超回復のコツさえ掴めば、少々のダメージは一瞬で治る。お前は文字通り、無傷で戦い続けることができるってわけだ』
すごいわおっさん!いえ、師匠!ほんのちょっとだけ「このおっさん本当にローラン様なの?」って疑ってたけどごめんなさい!
「す、すげええええっ!!な、なんだってんだ、今のは!!」
その時背後から地鳴りのような歓声が上がった。振り返ると、屈強な採掘所のおじさまたちが、目をキラキラさせてわたくしを取り囲んでいた。
「嬢ちゃん、見た目によらずとんでもねぇパワーじゃねえか! あの硬い岩盤を一撃で砕くなんて!」
「嬢ちゃんがいれば、一ヶ月分のノルマが今日だけで終わっちまうぞ!」
そこからのわたくしは、完全に吹っ切れた。
お肌に傷がつかないとわかれば、何も恐れることはない。わたくしは『桃色軍手甲』を振りかざし、次々と岩山を粉砕していった。
「ふふふ! カミーユ様への愛の力ですわーっ!」
ドゴォォォォン! バゴォォォォン!
採掘所に連続して爆発音のような岩の砕ける音が響き渡り、大量の魔石がザクザクと掘り出されていく。
『こいつ、体術に関しては、俺より筋がいいかもしれねぇ……』
脳内で師匠が若干引いている声が聞こえたが、コツを掴んだわたくしの快進撃は止まらなかった。
夕暮れ時。
「いやあ、助かったぜ嬢ちゃん! まさか、三ヶ月分の作業が半日で終わっちまうなんてな!これは本日のバイト代と、俺たちからの特別ボーナスだ!」
「また絶対に来てくれよな! 嬢ちゃんは俺たち採掘現場の女神だ!」
わたくしは、おじさまたちから大絶賛され、ずっしりと重い皮袋を受け取った。
「皆様、お世話になりましたわ。それではまた、ごきげんよう!」
優雅にスカートの裾をつまんでカーテシーをすると、おじさまたちは「うおおおっ」と野太い歓声を上げた。
こうしてわたくしは、師匠による最強の体術と超回復を手に入れ、さらにシュヴァリエ家の家計を潤す臨時収入までゲットしたのだった。




