【最終話】絶対可憐の愛と平和
魔王との壮絶な死闘は、コロシアムに設置されていた魔導放映の電波に乗って、アルトリア国中の人々に生中継されていた。
絶望的な状況の中、たった一人で魔王に立ち向かい、最後には英雄ローランの幻影と共に魔王を打ち砕いた、わたくしの姿は、国中の人々の胸に深く、強く焼き付いたのである。
その結果。
「おお!エリザベート様だ!ローラン様の生まれ変わりだ!」
わたくしが王都の街を歩けば、人々が手を合わせて拝んでくるという異常事態に発展してしまった。
さらに街の土産物屋には、これまでの美化されすぎたローラングッズと並んで、わたくしのグッズが大量に置かれるようになったのだ。
「これ、新作の『絶対可憐・桃色饅頭』ですわね……。それにこの『エリザベート激闘Tシャツ』、わたくしの目が顔の半分くらいある絵本調に美化されていますわ……」
わたくしは店頭に並ぶ謎のグッズたちを眺めながら、深いため息をついた。
「勝手に自分の姿を捏造されてグッズ化されるお気持ち、今なら痛いほどわかりますわ……」
わたくしはふと、いつもの癖で脳内の扉をノックした。
「ねえ、師匠?」
しかし、返ってくるはずのくぐもったあくびの声も、呆れたようなツッコミも、もう聞こえない。
「……そうだ。もういなかったんだわ」
空っぽになった精神世界のおっさんの部屋を思い出し、わたくしは少しだけ寂しい気持ちになった。でも、わたくしは前を向いて歩いていかなくてはならない。師匠が守ってくれた、この素晴らしい世界を、今度はわたくしたちで守っていくのだ。
ローラン杯は途中で中止となってしまったが、魔王を討ち果たしたという前代未聞の功績により、我がシュヴァリエ家は特例として、悲願であった『侯爵』の地位へと返り咲くことになった。
領地も大幅に増え、お父様は「これでまた新しい品種の野菜が育てられるよ!」と満面の笑みで土いじりに精を出し、テオドールお兄様も「シュヴァリエ家はついに復活したんだ!」と男泣きしていた。以前掘り当てた温泉地の開発も順調に進み、シュヴァリエ領はかつて以上の栄華を極めたのだった。
そうした中、わたくしたちはカミーユ様と共に王城へと向かっていた。
念願の侯爵の地位を取り戻した今、身分差という最大の壁はなくなったはずだ。
玉座の間に通されたわたくしは、カミーユ様と並んでひざまずき、レオン国王陛下とロザリア王妃殿下を見上げた。
「陛下。わたくしは、侯爵の地位を取り戻しました。どうか、カミーユ様との婚約をお許しくださいませ!」
わたくしが緊張しながら頭を下げると、レオン国王様は豪快に腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっは!エリザベート嬢よ、侯爵になったから婚約を許してほしいだと?そんなものは全く関係ない!」
「えっ……」
予想外の言葉に、わたくしは顔を上げた。
「我が国は『強さこそ正義』を掲げる国だ。だがな、強さというのは何も腕っぷしや魔力だけではない。自らの危険を顧みず、誰かを守るために巨大な脅威に立ち向かう、その『心の強さ』こそが真の強さなのだ!」
国王様は玉座から立ち上がり、力強くわたくしを指差した。
「あの恐ろしい魔王に一歩も引かず立ち向かったお主の強い心は、侯爵だろうが、男爵だろうが、平民であろうが関係ない!身分など関係なく、我が息子カミーユの隣に立つにふさわしい!」
「国王陛下……!」
わたくしは感動で胸がいっぱいになり、隣にいるカミーユ様と見つめ合った。
「ええ。それになにより婚約を認めないと、カミーユが何をしでかすかわかりません……」
国王様の隣で、アムロ王太子殿下がこめかみを押さえながら遠い目をしている。
「あの時のピンクのドレス、ひらひら舞ってとっても可愛かったわよ!」
ロザリア王妃様もフワフワとした笑顔で扇子を広げている。
「ありがとう、父上、母上!僕はエリザベートと共に、世界一幸せな国を作ってみせるよ!」
こうして、わたくしとカミーユ様は、国王様公認の正式な婚約者となったのである。
晴れて婚約者となったわたくしたちのバカップルぶりは、とどまることを知らずにさらに加速していった。
カミーユ様の高すぎる女子力はついに料理や裁縫の枠を超え、わたくしのドレスのデザインから毎日のヘアケア、果てはわたくしの歩く道に薔薇の花びらを魔法で敷き詰めるという奇行にまで発展した。
「エリザベート、今日のドレスのフリルは煩悩の数の百八個にしておいたよ!これで君の可愛さで世界が浄化されるはずさ!」
「まぁ、カミーユ様!フリルのひとつひとつに愛を感じますわ!」
「だまれ、煩悩まみれの金コケシ!私がお前を浄化してやろうか?!」
「殿下!公道に勝手に花びらを降らせないでください!掃除するのは私なんですよ!」
わたくしたちがいちゃいちゃするたびに、クララの暴言が加速し、護衛のフェリックス様の胃薬の消費量は右肩上がりに増え続けていったのだった。
ーー
それから一年半後。
わたくしが王立ローラン学園を無事に卒業したのと同時に、わたくしたちは盛大な結婚式を挙げた。
抜けるような青空の下、王都のメインストリートを、屋根のない華やかなパレード用の真っ白な馬車が進んでいく。
沿道には国中の人々が詰めかけ、紙吹雪が舞う中で割れんばかりの大歓声が響き渡っていた。
「エリザベート様、おめでとうございます!」
「カミーユ殿下、バンザーイ!」
馬車の上で、わたくしは純白の美しいウェディングドレスに身を包み、人々に手を振っていた。隣に立つカミーユ様は真っ白なタキシード姿だ。タキシードの裏地には密かに『天上天下愛妻独尊!』という謎のローラン語録と共にわたくしの顔がプリントされているらしいが、見なかったことにしておく。
沿道の最前列には、大切な家族や友人たちの姿があった。
「おいコケシ!エリザベートを泣かせたら、地獄の果てまで追いかけてぶっ飛ばすからな!」
相変わらず口の悪いクララが、涙ぐみながら叫んでいる。隣にはいつの間にかお兄様が並んで立っており、二人で仲良く手を振ってくれていた。
「殿下、エリザベート様、本当におめでとうございます。……これで私の胃痛も少しは治まるといいのですが」
フェリックス様が安堵の表情を浮かべて深く一礼する。
「いやあ、幸せそうな二人を見ていると、新しい品種改良のアイデアが湧いてくるよ!」
「エリザベート、とっても綺麗よ!本当におとぎ話のお姫様みたい!」
お父様とお母様も、仲良く肩を寄せ合いながら祝福してくれている。ただその、エリザベートTシャツは脱いでください。
「綺麗だよ、エリザベート。君は僕だけの、世界で一番強いプリンセスだ」
カミーユ様がわたくしの肩を優しく抱き寄せ、甘い声で囁いた。
「カミーユ様……わたくしは、世界で一番幸せなプリンセスですわ」
わたくしたちが見つめ合い、誓いのキスを交わそうとした、その時だった。
ズゴオォォォン!!
王都の広場へと続く道で、突如として凄まじい破壊音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
「ひぃぃっ!魔獣だ!森からはぐれ魔獣が迷い込んできたぞ!」
パレードの歓声は一瞬にして悲鳴に変わり、人々がパニック状態になって逃げ惑い始めた。見れば、広場の入り口で巨大な熊のような魔獣が暴れ回っているではないか。
「危ない!エリザベートは下がって!僕が魔法で消し飛ばしてあげるよ!」
カミーユ様が両手に恐ろしいほどの魔力を練り上げようとする。
「いけませんわ、カミーユ様!こんな街中で魔法を放ったら、被害が大きくなってしまいます!」
わたくしはカミーユ様の手を制止すると、純白のウェディングドレスの裾をぎゅっと握りしめて立ち上がった。
「わたくしが、いかないと!」
愛する人を、そしてこの国の人々を守るために。わたくしが馬車の縁に足をかけ、飛び降りようとしたその瞬間。
スッ。
音もなく、わたくしの隣に一人のメイドが現れた。
第二王子妃筆頭侍女という大層な役職に就いたにもかかわらず、昔と変わらない無表情のまま、彼女はうやうやしく、ビロードのクッションを差し出した。
「エリザベート殿下、ガントレットをお忘れです」
「クロエ!ありがとう!」
わたくしはクッションの上に乗せられた、あの薔薇色粉砕手甲を手に取った。
純白のレースのグローブを外す間も惜しく、わたくしはウェディングドレスの真っ白な両腕に、薔薇色に輝くごつごつとしたガントレットをカチャリと装着した。
可憐なウェディングドレスと、凶悪なガントレット。なんともアンバランスな組み合わせだが、これがわたくしの、シュヴァリエ家の正装だ。
「さあ、いきますわよ!」
全身にピンク色の魔力をみなぎらせ、わたくしは馬車から空高くに向かって飛び出した。
「師匠、見ててくださいね!絶対可憐・薔薇色永遠愛平和打《エターナル・ラブリー・ローズ・ラブアンドピース・パンチ》ですわーっ!!」
青空に舞う純白のドレスとベール。そして、薔薇色に輝くガントレット。
わたくしの愛する人たちとの騒がしくて幸せな日々は、これからもずっとずっと、いつまでも続いていくのですわ。




