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【第21話】魔王の復活。これが真の決勝戦ですわ!

「な、なんなんだ…あれは…」


「なんだか寒いわ……」


空を覆い尽くす真っ黒な魔素の雲を見て、コロシアムを埋め尽くしていた観客たちから次々と不安の声が漏れ始めた。


「あれは…、魔素が集まってきているんですの……?」


『ああ、こいつはマズイぞ……』


脳内の師匠の声が、かつてないほどに険しい。


その異常な状況を最上段のVIP席で観覧していた国王様が、鋭い声で命を下した。


「あれは、危険だ!すぐにトーナメントを中止して、観客たちを避難させるんだ!」


脳筋ではあるが、危機察知能力と決断力はさすが一国の王である。国王様の命により、ただちにコロシアム全体での避難が開始された。


「みなさま、本日のトーナメントは中止となります。いますぐ避難してください!」


進行係が魔導拡声器を使い、慌てた様子で全ての観客に避難を促した。


闘技場を覆っていた防壁バリアが解除されると、観客席の最前列にいたカミーユ様たちが、一目散に闘技場のわたくしのもとへ駆けつけてくれた。


「エリザベート!大丈夫かい!?」


「ええ。わたくしは大丈夫ですわ、カミーユ様。でも、あれは魔素と呼ばれるもので、とてもよくないもののようなの。みんなは早く避難をしてくださいませ」


わたくしは愛する人たちを危険から遠ざけるため、必死に説得を試みた。


おそらくあれを止められるとすれば、わたくし……いや、かつての英雄ローランの力を受け継ぐわたくしだけだろう。


しかし、カミーユ様はきょとんとした顔で小首をかしげた。


「え?どうして?」


「どうしてって、あんなに禍々しい雲が空を覆っていますのよ!危険ですわ!」


「でも、エリザベートはローラン様の加護を受けている。いや、ひょっとしたらローラン様の生まれ変わりかもしれない。それなら、君のそばが一番安全じゃないか」


「えっ……」


一欠片の疑問も持たない、わたくしへの純粋すぎる信頼を込めたその瞳。


ああ、カミーユ様。あなた様は、どこまでわたくしを信じてくださるの。その真っ直ぐな想いに触れ、わたくしの胸の奥底から、この大切な人を、そして友人たちを絶対に守ってみせると、熱い勇気が沸き起こってきた。


『かつての魔王は、ある日突然現れた……。魔獣はれっきとした生物だが、魔王……つまり魔人は、魔素が集まり実体化したものだという仮説があったんだ。くそ、どうやらその仮説は正しかったようだ』


脳内の師匠が、悔しそうに舌打ちをする。


「ま、魔王が復活するんですの……?」


『ああ。俺が魔王を倒してから約六百年。その間の人々の負の感情が魔素となって世界中に積み重なり、今日の決勝戦の、あのマティアス侯爵の異常なまでの「負けたくない」という執着心がトリガーとなって、ついに許容量をオーバーしたんだ』


その師匠の言葉を裏付けるかのように、空を覆う黒い魔素が徐々に一点へと集まってきて、何かの形をなそうと蠢いている。


「じゃあ、今の内になんとかしないと!わたくしが空に向かってパンチを放って吹き飛ばしますわ!」


『無理だ。魔素は聖職者の祈りじゃないと浄化できない。そしてこんな濃密な魔素を浄化できるような高位の聖職者はここにはいない。それにあの圧倒的な量だ。今から教会へ走って聖職者を呼んできて浄化を始めたとしても、実体化には間に合わないだろう。ならば、六百年前に俺がしたように、実体化したあとに物理で倒すしかない!』


わたくしは覚悟を決め、カミーユ様たちに向き直った。


「みんな、どうやらあれは魔王が復活する予兆みたいなの。魔素を浄化できない以上、実体化した後にわたくしが倒すしかなさそうですわ」


「魔王の復活……!歴史の授業でしか聞いたことのない存在が……」


フェリックス様が青ざめながらも、腰の剣に手をかける。


「分かった、僕たちも覚悟を決めよう。エリザベートの戦いを、僕が全力でサポートするよ!」


カミーユ様も瞳に強い決意を宿し、わたくしの隣に立った。クララも無言で杖を強く握りしめている。


わたくしたちは、徐々に人型に形を変えようとしている魔素の雲を、固唾を飲んで見上げていた。


……そして、十五分後。


「師匠……まだですの?」


『いや、俺もどれくらいかかるか、わからないし……』


未だに人の形をなさないまま、ただ空中でモヤモヤと蠢き続ける魔素を見上げ、わたくしたちは首が痛くなってきていた。


緊迫感はどこへやら、完全に待ちぼうけである。


周りを見渡すと、あれほど大勢いた観客の避難はすっかり終わっており、コロシアムの観客席はもぬけの殻になっていた。


とりあえず、誰も巻き込まれる心配はなくなったので、観客の避難はすっかり終わって一安心ですわ。


「陛下、カミーユたちは何をしているのですか?!早く避難させないと!」


最上段のVIP席から、ロザリア王妃様が闘技場に残る息子を案じて声を上げた。


「どうやらあれと戦うつもりのようだ。面白い!どれ、ひとつ観戦といこうじゃないか!」


国王様は避難するどころか、目を輝かせて身を乗り出した。


「陛下、何をおっしゃっているのですか!妃殿下と共に早く避難をしてください。私もカミーユを連れて後から避難しますから!」


アムロ王太子殿下が、頭を抱えながら必死に避難をうながす。


「いや、ここであれを止められなければ、どこに行こうが同じだ。ならば私はこの国の行く末を、王として見届ける義務がある」


珍しく国王様が威厳のある言葉を放ち、この戦いの結末をその場で見届けることを決意した。王太子殿下の頭痛がピークに達した音がここまで聞こえてきそうだ。


……三十分後。


「一度、お茶にしようか……エリザベート」


「そ、そうですわね。カミーユ様」


「では殿下、私はすぐそこからティーセットを取ってきます」


「あ、私マシュマロ買ってきてたから持ってくるわね」


「クララ様、僕もご一緒いたします」


魔王の復活があまりにも遅すぎるため、わたくしたちは闘技場の中央で一旦ティータイムをはさむことにした。いくらなんでも溜めが長すぎである。


……四十五分後。


「師匠、ひょっとしたら、聖職者の祈りは間に合ったのでは……?」


『……すまん、マジですまん』


……一時間後。


「ずずず……。はぁ、お茶がおいしいですわね。マシュマロもいい甘さですわ」


『おい、来るぞ!』


ちょっと急すぎません?!


わたくしがお茶を飲み干したその瞬間、空で徐々に人の形をなそうとしていた巨大な魔素が一気に収束し、ストンと人の姿となって闘技場に降り立った。


魔素が晴れたそこに立っていたのは、背丈は大人の男性とそう変わらない細身の存在だった。


全身の肌が真っ黒で、白目にあたる部分も黒く、瞳だけが不気味な黄色に光っている。頭部に毛はなく、長さの違う二本の角が左右から歪に生えていた。


ただそこに相対しているだけで伝わってくる、肌を刺すような絶対的な威圧感。今までの対戦相手とは次元が違うということを、本能が理解させられた。


「わたくし、勝てるでしょうか……師匠」


『勝てる、きっと勝てるさ。俺がかつて倒した相手だ。今のエリーなら絶対にできる!』


師匠の力強い言葉に、わたくしは深く頷いた。


「みなさんは下がって、わたくしを見守っていてください」


「エリザベート……幸運を」


カミーユ様がわたくしを強くハグしてくれた後、友人たちと共にVIP席の方へ下がっていった。


愛する人の温もりを胸に刻み、わたくしは魔王に向き直る。


「さぁ、魔王!わたくしと、真の決勝戦といきましょう!」


魔王は無表情のまま、ゆっくりと両手をこちらへ向けた。


ドドドドドドドドドドドッ!!!!


いきなり、手のひらから炎魔法の連打が放たれた。詠唱も魔法陣もない、純粋な魔力の暴力だ。


「これしき!」


わたくしは左右のローズスマッシュにピンクの魔力をこめて、音速のパンチラッシュで炎の弾丸をすべて弾き返す。


「くっ、腕に振動が伝わってきますわ。なんて威力なの。師匠、魔王とはコミュニケーションは取れるんですの?」


『いや無理だ。人の姿をしてはいるが、知性はない。ただの破壊衝動で動くだけの獣だと思え』


「じゃあやっぱり、力でねじ伏せるしかないのですわね!」


わたくしは魔力をこめた足で地面を爆発的に蹴り、魔王の懐に一瞬でもぐりこんだ。


「やっぱりわたくしは、インファイトが好きですわ!」


ドガガガガガガガガガガガガガッ!!


魔王の黒い拳と、わたくしのローズスマッシュが真正面から激しくぶつかり合う。凄まじい衝撃波が闘技場を揺らし、大気が震える。


『互角か……いや、これは……』


ドガッ!


「きゃあっ!」


ズザァー……。


一瞬の隙を突かれ、魔王の重いパンチがわたくしの顔を捉えた。わたくしは数メートル後ずさり、闘技場の石畳に両足で深い溝を作る。


唇の端が切れて一筋の血が流れたが、シュゥゥゥッと蒸気を上げながら一瞬で完治していく。


「エリザベート!」


観客席からカミーユ様が悲痛な声を上げて身を乗り出す。


「大丈夫ですわ!……さすが魔王、強いですわね」


『落ち着けエリー。純粋な力とスピードは互角か、ややお前の方が優勢だ。ただ、エリーはまだ実戦の経験値が足りない。つまり、格闘における動きの読み合いに負けているんだ』


「なら、この戦いのなかで、すぐに成長してみせますわ!」


魔王は追撃の魔法を放つことはせず、ただ無表情のまま、じっとわたくしを見つめている。


『小細工はなし。来るもの全て、正面から叩き潰すつもりか……』


わたくしは全身の魔力を再び激しく巡らせ、ローズスマッシュを構え直して、魔王に向かって力強く地面を蹴った。

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