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【第20話】お嬢様、ガントレットをお忘れです

ついに迎えた、ローラン杯決勝戦当日の朝。


我がシュヴァリエ家の屋敷には、いつもの三人……カミーユ様、クララ、そしてフェリックス様がわたくしを迎えにきてくれていた。


「いよいよだね、エリザベート。君にはローラン様の加護がある。きっと大丈夫さ」


カミーユ様が、朝の陽射しよりも眩しい笑顔でわたくしの両手を握りしめる。今日も今日とて、わたくしの愛する王子様は最高に顔が良い。


「はい。ローラン様が支えてくれていますので、安心してください(文字通りマジで)」


『ああ、大船に乗った気分でいろ』


脳内のおっさん……いえ、師匠が胸を張って答える。万年床のせいで船内は死ぬほど汚そうですが、その実力だけは本当に心強いですわ。


「では、そろそろ出発いたしましょうか」


わたくしが気合を入れて玄関の扉へ向かって歩き出そうとした、その時だった。


「お嬢様、ガントレットをお忘れです」


背後から、超有能メイドのクロエの静かな声が響いた。


振り返ると、クロエが薔薇色粉砕手甲ローズスマッシュの収められた重厚な木箱を、両手でそっと差し出していた。


「あ……いやですわ。わたくしとしたことが。……少し、緊張しているのかしら」


わたくしは苦笑いしながら、クロエから大切な相棒の入った木箱を受け取った。


「一人で背負わなくていい。ここまでこれただけでも、シュヴァリエ家にとっては十分すぎるほどの誇りなんだから」


テオドールお兄様が、わたくしの頭を優しく撫でて微笑んでくれる。


今日の決勝戦の相手、ヘルマン侯爵家は、我がシュヴァリエ家にとっては深い因縁のある相手だ。数世代前、当時侯爵であった我がシュヴァリエ家が、ローラン杯で敗北し伯爵へと地位を落とす直接のきっかけとなったのが、このヘルマン家なのだ。


「ヘルマン侯爵家は、代々魔術を極めた名家です。ただ、その魔術への執着は度を越していると、騎士団の一部からも報告が上がっております。何をしてくるかわかりません、くれぐれもお気をつけて」


フェリックス様が、いつになく真剣な表情で忠告してくださる。


「エリザベート、いい? 股を狙うのよ、股を! 男なんてみんな、股を思いっきり蹴り上げれば一発で沈むんだから! 私もやったことあるから確実よ!」


クララが両拳を握りしめ、熱を込めて物騒なアドバイスを送ってくる。クララの過去に一体何があったのか……深く聞くのはよしておこう。


「それではお父様、お母様。いってまいりますわ」


お父様とお母様は何も語らず、ただ優しく微笑んでわたくしを見送ってくれた。その温かい眼差しに背中を押され、お兄様を含むわたくしたち五人は、カミーユ様の手配した馬車に乗り込み、最後の決戦の地、王都コロシアムへと向かったのだった。


ーー


「ついに迎えました、ローラン杯決勝戦! さあ、各代表選手の入場です! 勝つのは一回戦、二回戦と強敵を圧倒的な力で撃破してきた、可憐な一輪の薔薇か! はたまた、魔術を極めし名家が、その無敗の拳を弾き返すのか!」


進行係の熱を帯びた前座のアナウンスに、超満員のコロシアムのボルテージが最高潮に達する。


「ホワイトサイド、シュヴァリエ伯爵家代表! シュヴァリエ伯爵令嬢……エリザベート・シュヴァーーーーリエーーーー!」


わたくしがまばゆい光に包まれた闘技場の中央へ進み出ると、鼓膜が破れんばかりの凄まじい歓声が湧き上がった。


うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「嬢ちゃん! 今日の闘いも期待してるぞ!」


「ぴんくのおねえちゃん、がんばえー!」


観客席を見渡すと、あの魔石採掘所のおじさまたちが野太い声で声援を送り、その近くでは、わたくしと同じようなピンクのフリルドレスを着た小さな女の子が、一生懸命に手を振ってくれている。


ここまできたら、絶対に負けるわけにはいきませんわ!


「ブラックサイド、ヘルマン侯爵家代表! ヘルマン侯爵家当主……マティアス・ヘルーーマーーーーン!」


反対側のゲートから、静かな威圧感を漂わせて決勝の対戦相手が入場してきた。


マティアス侯爵は、仕立ての良いスーツの上に漆黒のマントを羽織った初老の男性だった。その手には、先端に巨大で禍々しい魔石がはめ込まれた杖が握られている。白髪まじりのグレーの髪をオールバックに撫でつけ、その鋭く冷たい眼光で、わたくしを値踏みするように見つめていた。


闘技場の中央で、わたくしたちは対峙する。


「お嬢さん。怪我をしたくなければ、すぐに棄権しなさい。あなたのような小娘の体術では、私の究極の魔術には絶対に勝てませんよ」


マティアス侯爵が、見下すような冷たい声で降伏を勧告してくる。


「そうはいきませんの。これは、わたくしの未来と愛をかけた闘いですの。それに、シュヴァリエ家が落としたものは、シュヴァリエ家が必ず取り戻しますわ」


わたくしがキッと睨み返すと、マティアス侯爵はフッと鼻で笑った。


「ふん……愚かな。忠告はしましたよ……」


その時、進行係の声が会場全体に響き渡った。


「さぁ、泣いても笑ってもこれが今季のローラン杯、最後の試合です! それでは両者、かまえて…………」


わたくしは両腕のローズスマッシュを構え、全身にピンクの魔力を巡らせた。


「試合…開始っ!!」


『魔術師は距離を詰めれば終わりだ!』


「はい!師匠!」


わたくしは魔力を込めた両足で、力強く地面を蹴った。一瞬にして数十メートルの距離がゼロになる。


「これで、終わりよ!」


ガキィィィン!!


『なっ!』


わたくしの先制パンチは、マティアス侯爵の眼前で見えない壁に阻まれ、ピタリと止まった。


「あれは、マジックシールド!だが詠唱もなしで、エリザベートの一撃を止めるなんて、なんて魔力効率だ……」


観客席の最前列で、魔術の天才であるカミーユ様が驚愕の声を上げる。


「おや、どうされましたお嬢さん。そんなパンチでは、私の魔術を破ることはできませんよ。なにせ最近、再発見された古代魔術の理論により、私の魔術効率は以前の十倍以上に跳ね上がったのですから。なんでも、その理論を発見したのは学園の女生徒だというではないですか。きっとあなたとは違う、優秀な生徒なんでしょうね。是非我が家に迎え入れたいものです」


「古代魔術の理論……師匠……ひょっとして……」


『すまん、たぶんそうだろう……』


なんということだろう。おそらくわたくしが夏休み前の魔術テストで、師匠の指導を受けて解いた問題が、失われた技術の再発見につながってしまったようだ。まさか自分のテスト勉強が、回り回って最大の敵を強化することになってしまうなんて!


「それではさようなら、お嬢さん。……ファイヤー・バレット」


ドゴォォォォォォン!


わたくしは至近距離からのファイヤー・バレットを、咄嗟に両腕のローズスマッシュをクロスにしてガードしたが、凄まじい爆発の勢いで闘技場の端までふっとばされた。


しかし、わたくしは空中で一回転し、華麗にスタッと着地した。


「すごい威力ですわね」


『ああ、元々の才能もあるんだろうが、中々の相手だ』


「ほう、今の至近距離での砲撃に耐えるとは。少し本気をださせていただきましょう。……アイシクル・ランス!」


マティアス侯爵の杖が振られると、空中に巨大な無数の氷の柱が出現し、わたくしめがけて一斉に襲いかかってきた。


「ふぅん、大したことないですわね。止まって見えますわ」


ガガガガガガガガガガガガガガ!


わたくしは迫り来る巨大な氷の柱を、ステップを踏みながら次々と軽々粉砕していく。


うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!すげーーーー!!


うむ、会場は大盛り上がりだ。


「ふぅん、魔力効率十倍って、こんな程度ですの?拍子抜けですわね」


「な……い、いいでしょう。それでは私の最大魔法で、終わらせてあげましょう!」


わたくしの挑発に顔を真っ赤にしたマティアス侯爵の杖の先に、周囲の空気が歪むほどの膨大な魔力が集まりはじめる。


「師匠、あれってすごいんですの?」


『ああ、相当な威力だな。だが、それでもお前の方が圧倒的に強い!かましてやれ!』


「はいですわ!」


わたくしは全身の魔力を限界まで練り上げる。


全身から立ち上るピンクの魔力嵐がドレスを激しくたなびかせ、ピンクの髪の毛が重力を無視して逆立ち、右腕のローズスマッシュがまばゆい薔薇色に光輝きはじめた。


「これで終わりです!メテオ・インパクト!」


マティアス侯爵の杖の先から、まるで隕石のような、炎に包まれた超巨大な岩石が猛烈な速度で放たれた。


「シュヴァリエ家は、もう一度花開くのですわ!絶対可憐・薔薇色開花撃《ウルトラ・ラブリー・ローズ・ブルーミング・インパクト》ですわーっ!!」


わたくしは真正面から迎え撃ち、渾身の右ストレートを放つ。


闘技場の中央、空中で二人の最大の一撃が激突した。


ズドオォォォォォォォォォォォォン!!!!!!


わたくしの一撃は、巨大な隕石をいとも容易く粉々に打ち砕き、さらにその凄まじい衝撃波がマティアス侯爵にまで一直線に突き抜けた。


「な!……バカな!……メテオ・インパクトがいとも簡単に……」


ドガァァァァァン!!


衝撃波をモロに食らい吹き飛ばされたマティアス侯爵は、防壁バリアに激しくぶち当たり、そのまま闘技場に倒れ込んだ。


「よし!やりましたわ!」


『ああ、完璧だ。だが、相手の魔法も大したものだ。今の一撃で腕輪が砕けないとはな。だが気を失って戦闘不能だろう。これでエリーの勝利だな』


しかしその時。倒れていたマティアス侯爵が、ピクピクと痙攣しながらゆっくりと立ち上がったのだ。


「立ち上がりましたわ!」


「わ…わ…わた…わたしは…ま…まける…わけ…わ…わけには…いかな……い」


『様子がおかしいぞ……?』


虚ろな目で宙を見つめるマティアス侯爵は、突然上を見て大きく口を開いた。すると、そこから大量の黒い霧が空中に勢いよく放たれたのだ。


「ま、魔素ですの?!」


『イヤな予感がしてきたぜ……』


マティアス侯爵の口から放たれた大量の魔素が、まるで生き物のように空中で他の魔素を呼び寄せ、真っ黒な雲のように闘技場の上空を完全に覆い尽くしていった。

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