【第19話】モテる女はつらすぎですわ!
わたくしたちいつもの四人は、わたくしの部屋、もとい作戦室で次の決戦に向けての作戦会議を開いていた。
丸いテーブルの上には、クロエが淹れてくれた香り高い紅茶と、カミーユ様お手製の可愛らしいマカロンが並べられている。
「素晴らしかったよ、エリザベート!ローラン様を思わせる、見事なクロスカウンターだったよ!」
カミーユ様が、目をキラキラさせながらシュッ、シュッ、と両手の拳を素早く振ってみせる。今日もカミーユ様は可愛らしいですわ。
「確かにあの、やられたように見せる演出はかなり効果的でしたね。あれで会場を一気に味方につけることができました。ただ……それを理解されていなかった殿下が、極大魔法を放ちそうになるのを抑えるのは本当に大変でしたが……」
フェリックス様が深いため息をつきながら、いつものように胃のあたりを強く押さえている。さすがはフェリックス様、わたくしの『負けないで!健気な美少女大作戦』の意図を全て完全に理解していらっしゃる。それとありがとう、カミーユ様の愛ゆえの暴走をいつも身を挺して止めてくれて。
「これを見て」
クララが今朝発行されたばかりの王都日報をテーブルに広げた。
「えーっと、なになに……『美少女の一撃!お家再興のために立ち上がった一輪の薔薇』、ですって。まあ!」
一面にデカデカと載った自分の可憐な姿と見出しを読み上げながら、わたくしは思わず両手で頬を覆った。
「そう!昨日の魔導放映も、視聴率が跳ね上がって何回も再放送されているのよ。ローラン杯って今までむさいおっさん同士の血生臭い闘いばかりだったから、エリザベートみたいな可憐な美少女の登場はメディアとしても、最高においしいネタみたいね」
クララの言う通りだ。やはり世の中の皆さまも、むさ苦しいおっさんの殴り合いよりも、美少女の健気な姿を見ていたいということですわね。すべてわたくしの、いや敏腕プロデューサーの計算通りですわ。
『おい、浮かれてないで、明日の相手のことも一応確認しておけよ』
脳内で、その敏腕プロデューサーことおっさん師匠が呆れたような声で釘を刺してくる。
そうでしたわ。そのために今日はみんなに集まってもらっていたのだから。
「ところで、次のお相手のジョルダン伯爵って、どなたかご存知?」
わたくしが首をかしげて尋ねると、三人が斜め上を見ながら考え込んだ。しかし、誰もピンときていないようだ。
「ごめん、エリザベート。どっかで聞いた気がする名前なんだけど、思い出せないや。もう僕が消した相手かな?」
「物騒なことをサラッと言わないでください、殿下。ですがすみません、私も同じくどこかで聞いた気がするんですが、どうしても思い出せません」
「私もよ。うーん…………だめ、思い出せないわ。そこまで有名な貴族じゃないはずよ」
「実はわたくしもなんですの。全員が聞いたことがあるけれど、全く思い出せない。まあ、そこまで警戒するような有力な貴族ではないということでしょうね」
わたくしたちは美味しいマカロンを頬張りながら、のんきにそんな結論を出していたのだった。
ーー
そして翌日。
王都のコロシアムは前回以上の凄まじい熱気と大歓声に包まれていた。
「それではこれより第二回戦、各代表選手の入場です!本日の注目はなんと言ってもこの方!初戦を圧倒的な逆転劇で突破し、男爵から子爵へと見事昇格を果たしたシュヴァリエ家のご令嬢です!」
進行係の興奮した声が魔導拡声器を通して会場全体に響き渡る。
「ホワイトサイド、シュヴァリエ子爵家代表!シュヴァリエ子爵令嬢……エリザベート・シュヴァーーーーリエーーーー!」
わたくしが闘技場の中央へ進み出ると、地鳴りのような大歓声がコロシアムを揺らした。ええ、今日もわたくしは薔薇色のガントレットが似合って、最高に可愛いですわよ。
「ブラックサイド、ジョルダン伯爵家代表!ジョルダン伯爵嫡男……ブランカ・ジョルーーダーーーーン!」
反対の入場ゲートから、重々しい足音と共に相手選手が姿を現した。
全身を覆う漆黒のフルプレートアーマーを着込んだ、やけに横幅の広いずんぐりむっくりとした騎士がゆっくりと闘技場の中央へと歩み寄ってくる。
その兜の奥から覗くいやらしい目元と、特徴的なぽっちゃりとした体型を見た瞬間。
観客席の最前列のVIP席にいた友人たちと、闘技場に立つわたくしの声が完全にハモった。
「「「「あっ!」」」」
相手選手、ブランカの顔を見た瞬間、わたくしたち四人はその名前と正体をはっきりと鮮明に思い出したのである。
「久しぶりでござるね、エリザベート嬢……すーはーすーはー」
「そうでしたわ……すっかり記憶から消し去っていましたわ」
そう、目の前に立つ相手は、以前わたくしに勝手に婚約を申し込み、レインボーナイトことお兄様に決闘でボコボコに返り討ちにされた、あの小太りの三年生だったのだ。
「僕は今でもあきらめてはござらんよ……。そのために国宝級のこの鎧を手に入れてきたんだ。この勝負に僕が勝って、君を領地ごと手に入れるでござるよ。でゅふふふふ。くんかくんか」
兜の隙間から、荒い鼻息と共に粘着質な声が漏れ聞こえてくる。
「ひぃっ!き、キモいですわ!ど、どうしてわたくしに、そこまで異常に執着するんですの!?」
わたくしが思わず鳥肌を立てて後ずさると、ブランカは身体をクネクネとよじらせながら答えた。
「そんなこと決まっているじゃないか……君は僕の推し『ぷりっとキューティー・アーミー(略してぷりキュア)』の主人公、マリエルちゃんにそっくりなんだよ!二次元と三次元で叶わぬ恋だと思っていた僕の前に現れた君に、運命を感じたんだ!それに君は本の中から出てきた本人なんだろう?僕にはわかるでござるよ!さあ、恥ずかしがらずにこの僕の胸に飛び込んでくるでござる!」
ヤバい。ヤバすぎる。ただの変質者かと思ったら、次元の壁を越えてきた本物のヤバい奴でしたわ。どうりで何度断ってもあんなにしつこかったわけだ。
『おいエリー、こいつは一体何を言っているんだ?俺には言葉の意味がさっぱりわからんぞ』
脳内の師匠が完全に混乱している。無理もない、六百年のジェネレーションギャップはでかすぎる。
「つまりこの人は、おとぎ話の中の架空の人物に本気で恋をして、わたくしをその人に重ねて見ている重度の妄想癖ということですわ」
『な、なるほど……。今の時代の若者は、なかなか高度な恋愛をしているんだな……。だが気をつけておけ。あいつが着込んでいるその黒いフルプレートアーマー、ちょっといやな気配がするぞ』
「いやな気配、ですの?」
『ああ。ただの鎧じゃない。何か禍々しいものが渦巻いている』
わたくしが気を引き締めて身構えたその時、進行係の声が闘技場に響いた。
「さぁ、両者の準備は整いましたでしょうか。それでは両者、かまえて…………」
「試合…開始っ!!」
「さぁ、いくよマリエルちゃーん。でゅふふふふふふ」
「師匠!わたくし近づきたくありませんわ!」
『とりあず距離を取って様子をみろ!』
わたくしがバックステップで大きく距離をとったと同時に、ブランカは一瞬でその間合いを詰めてきた。
『なに!?』
ガキィィッン!!
ブランカの放った重い剣撃を、わたくしは左腕の薔薇色粉砕手甲で咄嗟にガードした。
「師匠、以前見た時の動きと全然違いますわ!」
『近づいてはっきりした!この鎧、呪われているぞ!おそらくどこぞの剣豪の魂が宿っている。それにより所有者の欲望が増幅されて、完全に暴走してるんだ!このままだといずれ生気を吸いつくされ、こいつは死ぬぞ!』
「ど、どうすればいいんですの?!」
『救う方法はただ一つ、鎧を粉々に破壊するしかない!』
ガキィン!キィン!カキィン!ガッキィィッン!!
相手の剣は以前のお兄様との決闘の時のような、素人丸出しの剣筋ではない。歴戦の剣豪のような洗練された連撃が、わたくしを容赦なく襲う。
「おーっと、ブランカ選手の嵐のような剣戟に、エリザベート嬢は防戦一方だー。どうやらブランカ選手はこの試合に勝って、エリザベート嬢に求婚するようです!さぁ、二人の恋の行方はどうなるのでしょうかー」
進行係の無責任なレポートに、観客席の最前列でカミーユ様が般若のような恐ろしい形相へと変わっていくのが見えた。
「しつこいな、あいつ……、僕の極大魔法で消してもいいですよね?レインボーナイトさん?」
「だからそのダサい名前で呼ぶんじゃねーよ、ゴールデンボール!」
隣のクララがすかさずツッコミ(暴言)を入れる。
「落ち着いてください殿下!エリザベート嬢はゴミを見るような目で相手を見ています。あんな輩、相手にしてはいけません!」
フェリックス様の必死の説得になんとか落ち着きを取り戻すカミーユ様。ふぅ、毎度毎度すみません、フェリックス様。
ガキィン!
「ひぃぃぃ!顔が近いですわ!」
『キモさにパニックになるな!思い出せ、フットワークだ!』
そうですわ、わたくしはこのトーナメントに優勝して、カミーユ様と正式に婚約して、この変質者に完全なる引導を叩きつけるんですわ!
わたくしはファイティングポーズを取ってつま先立ちになり、高速で左右へステップを踏み始めた。
ストトトトトトトト……。
「な、なんでござるかっ!その速さは!」
ブランカが驚愕の声を上げる。
わたくしは体内の魔力を限界まで練り上げ、つま先と左右のローズスマッシュに集束させた。薔薇色のガントレットが眩いピンク色に輝き始める。高速の左右のステップにより、闘技場に凄まじい魔力の風が巻き起こり、わたくしのドレスの裾が可憐に舞い上がった。
「パ、パンツが見えそうでござるよ!でゅふふふふふふふ……くんかくんか!」
「ひぃぃぃ!見てもいいのはカミーユ様だけですわ!絶対可憐・薔薇色拒絶連打《スーパー・ラブリー・ローズ・リジェクション・ガトリング・パンチ》です、です、です、です、です、です、です、です、です、です、です、です、デス、death わーっ!!」
ドガガガガガガガガガガガガァァァァン!!!
わたくしの怒りと絶対的な拒絶を込めた音速の拳の連打が、呪われたフルプレートアーマーの全身に容赦なく叩き込まれた。
バッキィィィィィィィン………パラパラパラ…………。
護身用の腕輪と共に、国宝級の硬度を誇るはずの漆黒の鎧が、一瞬にして砕け散り、細かい破片となって闘技場に降り注ぐ。
「でゅふ……げぼ…」
中から出てきた白ブリーフ一丁のブランカは白目を剥き、そのまま力なく地面に崩れ落ちた。
「勝負あり!勝者、エリザベート・シュヴァリエ!!」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
審判の勝利宣言と共に、コロシアムは割れんばかりの大歓声に包まれた。
しかしその直後、粉々に砕け散った鎧の中から、真っ黒な霧のようなものが大量に吹き出し、空の彼方へと消えていったのだ。
「な、なんですの…あれ…?」
『あれは魔素だ。魔素とは人間の様々な負の感情が集まったものだ。おそらくあの鎧に魅入られて死んでいった者たちの、大量の負の感情が解き放たれたんだ』
「まあ、これでこの人も元に戻るでしょうし、安心ですわね」
『いや、放たれた魔素は浄化しないかぎり消えはしない。どこかでまた何かに乗り移ったりしなければ良いのだが……』
師匠が少し不安げに呟いたが、今は勝利の余韻に浸る時だ。
「でもこれで、残すは次の決勝戦だけね!」
『ああ、この調子なら楽勝だ!』
わたくしたちは残す決勝戦に向けて、気持ちをあらたに勝利を誓ったのだった。




