【第18話】負けないで!健気な美少女大作戦
一回戦の入場を待つわたくしは、コロシアムの薄暗い控え室で闘技場への呼び出しを静かに待っていた。
『エリー、ちょっとこっちに来い』
「?。わかりましたわ」
不意に脳内で師匠に呼ばれ、コンコンコン、と精神世界の扉をノックして中に入り……わたくしは絶句した。
「お邪魔しますわ……って、なんですの……ここ」
そこは、わたくしがよく知っている「いつもの汚ねぇおっさんの部屋」ではなかった。
重厚な長机に、立派な革張りの椅子。そして机の奥には、ビシッと軍服を着込んだ師匠が座っていたのだ。
テーブルに両肘を突き、顔の前で両手を組んで、こちらを鋭い眼差しで見つめている。いや、どこかの汎用人型決戦兵器の司令官ですか、お前は。
「まるで軍議室じゃありませんの……。以前のあの汚い部屋はどこにいきましたの?」
『この部屋は俺のイメージひとつで変化するんだ。今から重要な作戦会議だからな』
「そんなことができるなら、いつも綺麗にしておきなさいよ!万年床で汚ったねぇんですのよ、いつも!」
『ほっとけ!普段はあの部屋が一番落ち着くんだよ。……そんなことより、バトルの打ち合わせだ』
師匠がコホンと咳払いをして、真剣な声色に戻った。
「打ち合わせも何も、いつもどおりワンパンで終わらせればいいんじゃありませんの?」
『……お前、やっぱりまだまだ考えが浅いな』
師匠が深くため息をつき、組んだ両手の奥で目を光らせた。
『いいか?本戦は四年に一度の国を挙げた大祭だぞ。今日の日のために、わざわざ仕事を休んだり、高いプレミアムチケットを買って見に来ている観客で会場はあふれかえっているんだ。それどころか、国中に魔導放映までされている。その期待の試合が、開始三秒で終わったら客はどう思う?』
「たしかに……わたくしは何も悪くないのに、金返せって言いたくなりますわね」
『そうだ。だからこそ、ある程度苦戦した結果、なんとかギリギリで勝てたという「演出」をするんだ。か弱い美少女が必死に苦戦して立ち上がる様子は、見ている者全員が応援したくなるはずだ』
「すげぇ……やるじゃんおっさん!いえ、プロデューサー!そうね、これはシュヴァリエ家の再興と好感度アップのためでもありますの。か弱い美少女を演じるその作戦、乗りましたわ!」
わたくしは、おっさんこと師匠……あらため敏腕プロデューサーの作戦に乗り、ここに『負けないで!健気な美少女大作戦』を決行することにした。
その時、控え室のドアがノックされ、案内係がわたくしを呼びに来た。
ついに闘技場へと足を運ぶ時だ。
まばゆい光に包まれたコロシアムの闘技場に出ると、割れんばかりの歓声が響き渡った。
「お待たせいたしました!それでは第一回戦の各代表選手の入場です!」
「ホワイトサイド、シュヴァリエ男爵家代表!シュヴァリエ男爵令嬢……エリザベート・シュヴァーーーーリエーーーー!」
わたくしが闘技場の中央へ進み出ると、反対側からも対戦相手が現れた。
「ブラックサイド、アルバート子爵家代表!アルバート子爵嫡男……コルネリア・アルバーーーートーーーー!」
わたくしは闘技場の中央で相手選手と向き合った。
コルネリアと名乗ったその男の腕には、わたくしと同じく高級そうなガントレットが装着されている。
次の瞬間、闘技場の外周から淡く光る巨大な防壁バリアが展開された。
なるほど、闘技場からは絶対に出られず、予選のような場外負けのルールもないということですのね。
「本戦では、選手の皆様に護身用の『腕輪型魔導具』を装着していただきます。受けたダメージはすべて腕輪が肩代わりをしてくれますので、死亡等のリスクは一切ありません。両者共に存分に全力を出してください!」
進行係の軽快な説明が続く。
「一定以上のダメージを検知しますと、腕輪が砕け散ります。腕輪が砕け散った時点で試合終了となります!もちろん、戦闘不能や降参でも失格となります!」
わたくしは進行係から手渡された腕輪を、薔薇色粉砕手甲の上から左手首にカチャリと装着した。
「がんばれー!エリザベーートーー!」
ふと観客席を見上げると、最前列のVIP席からカミーユ様が身を乗り出して叫んでいる姿が見えた。
ああ、カミーユ様!わたくしはたとえこのコロシアムの数万人が相手を応援したとしても、あなた様一人の応援があれば絶対に戦い抜けますわ!
その横では、フェリックス様もお兄様も一生懸命に手を振ってくださっている。
クララは……お兄様の後ろ姿に釘付けになって、全くこっちを見やがらねぇですわね。こら、舌をぺろぺろするんじゃありません。
わたくしは気を取り直し、目の前の対戦相手をキッと睨みつけた。
「あなたが昨晩、うちにこそ泥を送り込んだ張本人ってわけね」
「な、何を言っているかわからないな。変な言いがかりはよしたまえ」
コルネリアは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに鼻で笑ってわたくしの腕を見た。
「ふん。それが噂のガントレットか……。強力な魔導具に頼りきった小娘が、この私に純粋な体術で勝てると思っているのか?」
「それはすぐにわかりますわ」
なるほど、相手も体術で戦うタイプなんですのね。それで予選の噂を聞いて、わたくしのローズスマッシュを奪おうとしたと。
「すでに両者の間でなにやら熱い舌戦が繰り広げられておりますが、ならば直接ぶつかってもらいましょう!それでは両者、かまえて……」
実況の興奮した声が会場に響き、わたくしとコルネリアは同時に構えをとった。
「試合…開始っ!!」
「さっさと終わらせてやる!」
試合開始の合図と同時に、コルネリアがものすごいスピードで踏み込んできた。そのまま、怒涛のパンチラッシュを繰り出してくる。
ガガガガガガガガガガガッ!!
わたくしは相手の重い打撃を、両腕の薔薇色粉砕手甲で大げさに受け止める。
さすがは幻の素材、金剛アルマジロの圧倒的な硬度と柔軟性だわ。相手のパンチの衝撃も振動すらも、わたくしの腕には全く伝わってきませんわ。
「ふはははは!どうした、防戦一方じゃないか!」
『大振りがくるぞ、合わせて後ろに飛べ!』
ガキィィィィィン!!
ズザァァァァー…。
わたくしはコルネリアの強力な一撃に合わせて、わざと派手に後ろへ吹き飛んだ。そのまま闘技場の地面を転がり、倒れたまましばらく様子をみる。
「おい、頑張れピンクの嬢ちゃん!」
「負けないで、お姉ちゃん!」
「くそ、あんな可憐な少女になんてひどいことを!」
狙い通り、会場中がわたくしを応援する声であふれかえった。
ふふふ……作戦通りですわ。
「そろそろいいですかね?プロデューサー」
『ああ、決めゼリフを忘れるなよ』
わたくしは、いかにも「もうダメージが限界でギリギリですわ」という悲壮感を漂わせながら、プルプルと震える足でゆっくりと立ち上がった。
「わたくしは……シュヴァリエ家の再興と、愛する人のために……負けるわけにはいかないのです!」
「残念だったな、その夢は叶わない!」
コルネリアが最後のトドメを刺そうと、魔力を右腕に集束させ、全力の右ストレートを放ってくる。
わたくしもその動きに合わせ、全身にピンクの魔力を巡らせた。右腕のローズスマッシュがまばゆい薔薇色に輝き、吹き荒れる魔力風にドレスの裾が激しくたなびく。
「絶対可憐・薔薇色交差反撃打《ミラクル・ラブリー・ローズ・クロス・カウンター・パンチ》ですわーっ!!」
わたくしは師匠直伝の華麗なフットワークでコルネリアの渾身のパンチを紙一重ですり抜け、そのままカウンターで相手の顔面に拳を突き刺した。
ドガァァァァァァン!!!
「ぐはぁっ!?」
コルネリアの身体が勢いよく吹き飛び、闘技場の端の防壁バリアに激突した。
パリィーン!
それと同時に、コルネリアの腕に装着されていた護身用の腕輪が限界を迎え、音を立てて砕け散った。
「勝負あり!勝者、エリザベート・シュヴァリエ!!」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
審判の宣言と共に、会場中が地鳴りのような大歓声に包まれた。
劣勢からの、健気な美少女による起死回生の逆転劇。そりゃあ盛り上がるに決まっていますわ。
「ありがとう!みなさんの応援の声が、わたくしに力をくれたのです!」
わたくしは客席に向かって深々と一礼した。よし、セリフも完璧ですわ。
その頃、最上段のVIP席では。
「まぁ、陛下。あのお嬢さん、勝ちましたよ。あんなにボロボロになって、なんて健気なのかしら」
ロザリア王妃様が、感動のあまり目元を押さえていた。しかし、隣の国王様は鋭い目で闘技場を見下ろして笑みを浮かべていた。
「ふっ……はっはっはっはっ!いや、面白い!あの令嬢、なかなかの食わせ物じゃないか!気に入った!次の試合も楽しみだ」
武を極めた国王様の目には、わたくしの過剰な演技と圧倒的な実力差がしっかりと見抜かれていたようだった。
そんなVIP席の様子など知る由もなく、観客の凄まじい熱気と盛り上がりが続く中、わたくしは満面の笑みで会場中に手を振り続けていた。




