【第17話】子爵家の陰謀。不正は許しませんわ!
いよいよローラン杯の本戦をあさってに控えた深夜。
静まり返る我がシュヴァリエ家に、二名の怪しい男が忍び込んでいた。
「よし、意外と簡単に侵入できたな」
「ああ、さすが貧乏男爵。セキュリティが、ガバリティだぜ。じゃあ、ここからは手分けして、小娘を探すんだ」
「わかった。三十分後に一旦ここに戻るぞ」
黒装束に身を包んだ二人の男は、真っ暗な屋敷の中を足音一つ立てずに散策し始めた。
「くそ、元侯爵ってだけあって屋敷だけは無駄にでかいな。その反面、人の気配が少なすぎて逆に気味が悪いぜ……」
一人の男が暗い廊下を愚痴りながら進んでいると、不意に背後から声がかけられた。
「こんばんは。こんな夜更けに、何か御用ですか?」
びくっ!
男が飛び上がるようにして振り返ると、そこには無表情で佇むメイドの姿があった。
我がシュヴァリエ家が誇る超有能メイド、クロエである。
「い、いつの間に!……ちっ、その格好、この家のメイドか。こんな日に見回りとは運がねぇな嬢ちゃん。すまないが、ちょっと眠っててもらうぜ!」
男は素早い動きでクロエの首筋に向けて鋭い手刀を振り下ろした。
パシッ!
暗闇に乾いた音が響いた。
クロエはその鋭い手刀を、瞬き一つせずに片手で難なく受け止めていたのだ。
「なっ……!?」
「どうやら、お客様ではないようですね。排除いたします」
シュッ!
ドサッ……。
クロエが暗闇の中で素早く手を動かした一瞬。男は声すら上げる暇もなく、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「……気配があと一つ……こっちですね」
クロエは倒れた男を一瞥することもなく、コツ、コツ、コツ……と規則正しい足音を立てながら、再び灯りのない暗闇の中へと姿を消していった。
ーー
翌朝。
「一体なんなんですの?この人たちは……」
わたくしが朝起きて庭に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
庭先の太い木の枝に、二人の見知らぬ男たちがミノムシのようにぐるぐる巻きに縛り上げられ、逆さ吊りにされていたのだ。
「お客さまではなかったようなので、排除いたしました。お知り合いでしたでしょうか?」
首をかしげるクロエの頭に?マークが見える。どう見ても、お知り合いではございません。
知らせを受けたカミーユ様たち三人も、慌てて王宮から飛んできてくれた。
「おい、お前たち!エリザベートの寝込みを襲ったのか!?夜這いか?夜這いなのか?夜這いなんだな!」
吊るされた男たちを見るなり、カミーユ様の目が完全に据わった。まばたきを全くしないのが怖すぎますわ。
そして右手に、周囲の空気がビリビリと震えるほどの極大魔法を練り上げ始めたのだ。
「殿下!お気を確かに!そんなもの放ったら、男たちどころかエリザベート嬢の屋敷まで消え去ってしまいます!」
「大丈夫さフェリックス……僕が王都の一等地に、もっと立派なピンクの屋敷を建ててあげるからさ……こいつらは神が許しても、ローラン様が許さない!」
『勝手に代弁しないでくれ!』
脳内の師匠が叫んでいるが、あれ?このままでは、我が家が一旦更地にされて、ピンクの豪邸が建造されてしまうのではなくて?
「か、カミーユ様!落ち着いてくださいませ。先にこの人たちが何者なのか聞き出した方がよくないですか?ほら、ひょっとしたら明日の本戦の相手の手先かもしれませんし」
わたくしがそう言った瞬間、吊るされた男たちがびくっ!とあからさまに動揺したのがわかった。
「おいお前ら、おとなしく話さないと呪うぞ!」
クララが一歩前に出て、男の額に杖をグリグリしながら凄んだ。こういう時のクララは、本当に頼もしいですわね。
「いいのか?お前たちにも家族がいるんだろう?黙秘を貫くなら、後で絶対に後悔することになるぞ?」
「や、やめてくれ!頼むから家族には手を出さないでくれ!」
あれ?なんだかセリフだけ聞いていると、わたくしたちの方が極悪非道な悪役っぽく見えませんこと?これ。
「はぁ、話さないなら仕方ないわね。お前には、お前以外の家族全員が、トイレで紙を使い切った時にトイレットペーパーを一巻きだけ残して、誰も次の新しいロールに交換してくれない呪いをかけてやろう!」
「なっ……!?どうしてそんな恐ろしいことが思いつけるんだ!この……悪魔めっ!くっ……わかった、話す!俺たちはアルバート子爵の手のものだ!」
マジで吐きましたわ、この人。
たしかに家族間でギスギスとした空気が流れる恐ろしい呪いですわね。クララ、恐るべし。
「それで、そのアルバート子爵の指示で、うちに何をしにきましたの?」
「あんたが予選で使っていた、あのガントレットの魔導具を盗んでこいと言われたんだ」
魔導具?
『あーなるほどな。エリーが予選を圧倒的な力で突破したことが耳に入ったんだろう。そしてそれは小娘自身の力ではなく、腕にはめた派手な魔導具の力だと勘違いしたってわけか』
なるほどですわ。
たしかに、落ちこぼれだった没落男爵令嬢が突然勝ち上がったとなれば、強力な魔導具の力だと勘違いする方が自然ですわね。でも残念、これはただの「お手々痛い痛いガード」ですわ。
わたくしはニコリと笑い、控えていたメイドに声をかけた。
「クロエ」
「はい、お嬢様」
「この人たちをアルバート子爵宛てに、綺麗なのしを付けて送り返しておいてちょうだい」
「承知いたしました」
明日の本戦の一回戦の相手は、子爵家の代表。
おそらく、そのアルバート子爵という方なのでしょう。姑息な手段を使ってくる相手に、わたくしの愛と希望の鉄槌を下してやりますわ。
「さあ、明日が楽しみになってきましたわね!」
ーー
ついにトーナメント本戦、一回戦の当日がやってきた。
舞台は、本戦のために用意された王都の巨大なコロシアムだ。すり鉢状の観客席は、国中から集まった貴族や平民たちの熱気で超満員となっている。
その開会式で、アルトリア国王様が高らかに開会の挨拶を行った。
「今日は四年に一度のローラン杯である。我が国の力と誇りを示す最高の舞台だ。みな、存分に楽しんでくれたまえ!」
豪快な国王様の声と共に、会場は割れんばかりの大歓声に包まれ、開会式は熱狂のまま終了した。
最上段に設けられた王族用のVIP席から、国王様は闘技場を嬉しそうに見下ろしていた。
「今日はカミーユがお付き合いしているという、シュヴァリエ男爵令嬢が出場するんだったな。予選を圧倒的な強さで突破したと聞いているからな。一体どんな戦いを見せてくれるのか、実に楽しみだ!」
「強さこそ正義」を地で行く脳筋の国王様が身を乗り出して興奮する横で、ロザリア王妃様がフワフワとした笑顔で扇子を広げた。
「まあ、強さなんてどうでもいいじゃないですか。……可愛ければ、それだけで十分ですわ」
どうやら王妃様は、武力至上主義のこの国にあっても、強さより「可愛さこそ正義」のようである。
ふと、国王様が周囲を見回して尋ねた。
「ところで、カミーユはどこにいったんだ?」
「陛下、カミーユならあちらです」
国王様の問いにため息まじりで答えたのは、アルトリア王家における唯一の常識人であり、常に激務に追われている第一王子のアムロ王太子殿下だった。
アムロ殿下が指差した先は、闘技場を間近で見下ろせる観客席最前列のVIP席だ。
そこには、わたくしの応援のために陣取るカミーユ様と友人たち、そしてお兄様の姿があった。
「彼女を一番近くで見守りたいと、あそこから観戦するようです」
「おお!それはいいな。ワシもあそこに行こうかな。距離が近くて迫力がありそうだ!」
国王様が目を輝かせて立ち上がろうとするのを、アムロ殿下がこめかみを押さえながら悲痛な声で制止した。
「おやめください、陛下。国王が急に最前列になんて現れたら、護衛や観客がパニックになってしまいます」
「はっはっは、細かいことは気にするな!」
「はぁ……弟はあの調子で暴走するし、両親はこれだし……我が国の先行きが不安だ……」
自由奔放すぎる家族に囲まれ、アムロ殿下の頭痛がさらに加速していく中、コロシアムではいよいよわたくしの出場する一回戦の火蓋が切られようとしていた。




