【第16話】トーナメント開幕! 予選なんか楽勝ですわ
ある日の朝、我がシュヴァリエ家はちょっとしたパニックに陥っていた。
「クロエはいるか!」
「はい、ここに」
「これは一体どういうことだい?僕は不参加で送り返すようにとお願いしたと思うけど」
いつもは温厚で冷静なテオドールお兄様が、顔を真っ青にして声を荒らげている。
その手には、王家から届いた重厚な封筒と、三日後から開催される『ローラン杯』の参加証明書が握りしめられていた。
「お嬢様が参加されるとおっしゃっています」
対する超有能メイドのクロエは、一切の表情を変えずに淡々と事実だけを告げた。
その言葉を聞いたお兄様は、信じられないものを見るような目でわたくしの方を振り返った。
「エリザベートが!?どうしてそんなことに……!」
「大丈夫ですわ、お兄様。わたくしは絶対に負けませんから」
わたくしは胸を張り、自信満々に答えた。
しかし、お兄様は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「僕もお父様も、地位なんかより、可愛い妹の安全の方がずっと心配なんだ。今からでも遅くない、棄権するんだ。ローラン杯の連中はお前のような女性であっても容赦などしてくれないぞ!」
「いいえ、お兄様。わたくしは必ず勝ち抜いて、シュヴァリエ家を侯爵の地位に返り咲かせてみせますわ!」
わたくしの強い言葉に、お兄様はハッと顔を上げた。
「これは、わたくしがカミーユ様と結ばれるためにも必要なことなんです。没落男爵令嬢のままでは、いずれ必ず身分差の壁が立ち塞がります。でも、わたくしが自らの力で侯爵の地位を取り戻せば、堂々とカミーユ様の隣に立てるようになりますわ」
わたくしの決意を秘めた瞳を真っ直ぐに見つめ返し、お兄様はしばらく沈黙した。
以前の決闘でわたくしに剣術を教わった際、お兄様はわたくしの異常な身体能力と、底知れぬ強さの片鱗を肌で感じていたはずだ。
そして何より、妹の初恋を誰よりも応援してくれている優しいお兄様なのだ。
「……はぁ。わかったよ、エリザベート。君がそこまで言うのなら、僕も全力で応援する。だけど、絶対に無理だけはしないでくれよ」
「ありがとうございます、お兄様!」
こうしてわたくしは、愛する家族の理解と後押しを得て、ついにローラン杯の予選へと挑むことになったのだ。
ーー
そして迎えたローラン杯予選当日。
本戦とは違う予選会場には、国内の男爵家から集まった猛者たちがひしめき合っていた。
トーナメント本戦に出場できるのは、各爵位からたったの一家のみ。
今回の男爵家の予選には、我がシュヴァリエ家を含めて百九十九家が出場している。わたくしはギリギリまで出場を悩んで返送を遅らせたため、参加証明書には『199』という最後のナンバーが振られていた。
「てっきり最初から血で血を洗う殴り合いになるかと思っていましたわ」
わたくしは指定された控室の椅子に座りながら、ぽつりと呟いた。
予選は純粋なトーナメント戦だと思っていたのだが、実際は違った。
午前中に行われたのは、なんと筆記試験、魔術・剣術・体術の基礎測定、そして面談という、非常に真面目な審査だったのだ。
貴族たるもの、ただ力が強いだけでは上に立つことはできない。知力、身体能力、人格、そして強さの全てを兼ね備えていなければならない、ということらしい。
『ふん、脳筋国家のわりに、一応考えてるじゃないか』
脳内で万年床に寝転がる師匠が、少しだけ感心したように呟いた。
「ええ。面談の時に、わたくしが侯爵の地位を取り戻して王子様と結婚したいと申し上げたら、審査員の方々がとても温かい目をして応援してくださいましたわ」
『そういうのは生暖かい目というんだ。ただの夢見がちな世間知らずの小娘だと思われただけだな……』
師匠の失礼なツッコミはさておき、その厳正な審査の結果、百九十九人いた参加者はちょうど百名まで絞り込まれた。
わたくしも筆記では満点に近い成績を収め、基礎測定でも圧倒的な数値を叩き出したため、なんとか上位半分に残ることができたのだ。
そして午後からは、いよいよ純粋な力の勝負となる。
ここからのルールは、十人ずつに分かれてのバトルロイヤル形式だ。
一つの闘技場に十人が上がり、最後の一人になるまで戦う。戦闘不能になるか、降参するか、闘技場の場外に落ちるかのいずれかで失格となる。あと、相手を殺しても失格だ。
そのバトルロイヤルを十回行い、勝ち残った十人がさらに最後のバトルロイヤルを行い、最終的な代表者が一人決定する。
つまり、ここから二回勝ち残れば、晴れて本戦に出場できるというわけだ。
予選の会場は関係者以外の立ち入りが禁止されているため、観戦はできない。お兄様やカミーユ様、クララたち友人たちも、会場の外で待っていてくれている。
誰も見守ってはくれない孤独な戦いだが、わたくしには心強いおっさん……いえ、師匠が頭の中に付いてくれている。
「師匠、わたくし勝てますでしょうか?」
少しだけ不安になって脳内で問いかけると、師匠はあくびをしながら鼻で笑った。
『一応猛者揃いなんだろうが、どうみても余裕だな。今のエリーの力なら、かなり手加減しないと相手を殺してしまうレベルだ。気楽にやれ』
「手加減……一番難しい課題ですわね」
わたくしは新調したばかりの薔薇色粉砕手甲を両腕に装着し、深く息を吐いた。
「それでは、第一回戦の選手は闘技場へ上がってください!」
係員の合図と共に、わたくしは立ち上がった。
重厚な扉が開き、まばゆい陽光が降り注ぐ闘技場へと足を踏み入れる。
わたくしが姿を現した瞬間、同じグループになった九人の屈強な男たちから、一斉に刺すような視線が向けられた。
無理もない。
男爵家の代表として出てきているのは、歴戦の傭兵や、顔に傷のある荒くれ者の当主ばかり。雇われた冒険者も混ざっているようだ。
そんな血生臭い場所に、ピンクのフリルがあしらわれた可愛らしいドレスを纏い、腕には薔薇色のキラキラしたガントレットを装着した、変なスタイルの小娘が参加するなんて思いもしないでしょうね。いや、わたくしのかわゆさに、視線が釘付けになっているという可能性も微レ存。
「第一回戦、はじめ!」
審判の合図が闘技場に響き渡った瞬間だった。
わたくし以外の九人の男たちが、まるで示し合わせたかのように一斉にこちらへ向き直ったのだ。やっぱりわたくしの可愛さに釘付けのようですわ。
「まずは一番弱そうな邪魔者から片付けるぜ!」
「小娘、怪我をしたくなければさっさと降りな!」
どうやらわたくしの勘違いだったようですわ。九人が剣術、魔術、体術をそれぞれ駆使し、全方位から一斉にわたくしへと襲いかかってきた。
まあ、見た目が一番弱そうなところから狙うのは、バトルロイヤルの定石として当然の判断ですわね。
「でも、残念でしたわね!」
わたくしは両足にピンク色の魔力を集中させ、迫り来る九人の包囲網の中心で、ふわりと高く跳躍し闘技場の角に着地した。
そのまま正面に、残りの九人を捉えたまま、右手の薔薇色粉砕手甲に魔力を込める。
硬質な装甲が、まばゆい薔薇色の光を放ち始めた。
相手を殺さないように極限まで威力を抑え、かつ全員を場外に押し出すための拳圧だけを生み出す。
手加減という名の、超絶技巧。
「絶対可憐・薔薇色手加減連打《ウルトラ・ラブリー・ローズ・ソフト・ガトリング・パンチ》ですわーっ!!」
ズドドドドドドドドドッ!!!
わたくしは残りの九人に向かって目にも止まらぬ速さで拳を連打した。
ローズスマッシュから放たれた無数の拳圧が、衝撃波となって闘技場を猛烈な勢いで掃討していく。
「ぐあっ!!」
「な、なんだこの威力はぁぁぁっ!」
わたくしに襲いかかった九人の男たちは、反撃の隙すら与えられず、凄まじい衝撃波によって闘技場の場外へとまとめて吹き飛ばされた。
彼らはドサドサと場外の地面に転がり、白目を剥いて気絶している。うん、誰も死んでいないし、大きな怪我もなさそうですわ。
パンッパンッ、と手をはたいたわたくしは、軽く汗を拭う素振りを見せた。
「ふう、手加減って本当に難しいですわ」
あまりにも一瞬の出来事に、闘技場は静まり返っていた。
それどころか、隣の闘技場で戦っていた他のグループの選手たちまでが、手を止めてわたくしを唖然と見つめている。
これは、次の決勝戦に向けて完全に警戒されてしまいましたわね。
いいでしょう。わたくしはどんな相手でも、愛の力で負けはしませんわ!
さあ、残るは各グループの勝者たちとの決勝バトルロイヤルですわね、と気合を入れたその時だった。
「お、俺は棄権する!」
「俺もだ!あんなバケモノ、相手にしてられるか!」
「命がいくつあっても足りねえ!」
なんと、他の闘技場を勝ち上がった男たちが、次々と武器を放り投げて逃げ出してしまったのだ。
「あれ?ちょっとー、みなさーん」
わたくしが呼び止める間もなく、彼らは蜘蛛の子を散らすように予選会場から姿を消してしまった。
気がつけば、広大な予選会場の闘技場に立っているのは、わたくし一人だけになっていた。ひゅーー、と風が吹き抜ける。
審判も信じられないといった顔で立ち尽くしていたが、やがてゴホンと咳払いをして高らかに宣言した。
「勝者、199番、エリザベート・シュヴァリエ!男爵戦、予選通過!」
「あはは、勝っちゃいましたわ」
あまりにもあっけない幕切れに、わたくしは思わず苦笑いした。
『当然だな。だが本戦は気を引き締めていけ。金に物を言わせるやつらの頂点が相手だ。良い装備や厄介な魔道具を出してくるかもしれん。油断するなよ』
「わかっていますわ、師匠」
師匠の的確なアドバイスに頷きながら、わたくしは予選会場を後にした。
会場の外に出ると、そこにはお兄様とカミーユ様、クララ、フェリックス様の四人が出迎えてくれていた。
わたくしは多くを語らず、ただ満面の笑顔でピースサインを作って見せた。
「心配してたんだぞ、エリザベート!」
お兄様が泣きそうな顔で駆け寄り、わたくしを強く抱きしめた。
その隣では、クララがお兄様のシャツの背中あたりに顔を近づけ、すぅぅーっとめっちゃ匂いを嗅いで白目になっているが、そっとしておきましょう。
「おめでとう!見事に予選通過したんだね、エリザベート」
カミーユ様がわたくしの両手を優しく握りしめ、太陽のように眩しい笑顔を向けてくれた。
「カミーユ様……ありがとうございます。ところで、フェリックス様はずいぶんお疲れのようですが、どうされたんですの?」
ふと見ると、フェリックス様が目の下に濃いクマを作り、今にも倒れそうなほどフラフラになっていた。
「エリザベート嬢……。実は男爵家の出場者リストを、カミーユ様に命じられて徹夜で…ぐふっ!」
言いかけたフェリックス様の脇腹に、カミーユ様の鋭い肘打ちがクリーンヒットした。
「余計な話はしない方が身のためだよ、フェリックスくーーん……」
カミーユ様が笑顔のまま、フェリックス様の耳元で恐ろしいトーンで囁いている。
そのリストを使って一体何をする気だったのかは、あえて聞かないでおいた方が平和に収まりそうですわ。
「さあ、次はいよいよ本戦だね!」
「ええ!勝てば子爵ですわ!」
わたくしには、愛するカミーユ様と、心強い友人たち、家族、そして頭の中のおっさんがいる。
この勢いで、絶対に本戦も勝ち上がってみせますわ!




