【第15話】愛と希望のガントレット
「こんにちは、お願いされていたマンドラゴラを持ってきましたわ」
わたくしたちは再び、職人街の奥深くにあるドワーフのおっさんの工房を訪れた。
生贄のクララによって無事にゲットした、マンドラゴラをテーブルの上に置く。
「おお、早かったな。これならバッチリだ。絞り汁にする下準備があるから、加工作業は明日からだな」
ドワーフのおっさんがマンドラゴラを満足げに検品していると、カミーユ様が一歩前に出た。
「あの、僕にもその加工作業を手伝わせてください!彼女のために、僕自身の手で何かしてあげたいんです!」
カミーユ様が真剣な眼差しで、ドワーフのおっさんに向かって深く頭を下げる。
「殿下!一国の王子が気安く頭を下げてはいけません!」
フェリックス様が慌ててカミーユ様の肩を掴むが、カミーユ様は全く意に介さない。
「身分なんて関係ないよ。エリザベートのためなら、僕は土下座だってしてみせる!」
ああ、カミーユ様!わたくしのためにそこまで言ってくださるなんて、カミーユ様の深い愛をひしひしと感じますわ!
「おい、坊主……お前……ひょっとして……」
ドワーフのおっさんが、カミーユ様の言葉には反応せず、別のところに目を奪われていた。
おっさんはズカズカとカミーユ様に歩み寄ると、なんとカミーユ様の上着のジャケットのボタンを無造作に外し始めたのだ。
「きゃっ、何をされてますの!?」
「頭を下げた時に胸元がチラっと見えて、まさか!とは思ったが……こいつは……ローラン様のスーパービンテージTシャツじゃねえか!」
おっさんの叫びに、わたくしたち三人の間にサッと冷たい空気が流れた。
ああ、そうですわ。カミーユ様は今日も中にあのクソダサい……いえ、ローラン様限定Tシャツを着込んでいたのですわ。
脳内では、師匠がまたしても遠い目をしている。
「そうなんだ!おっさん、この価値がわかるのかい?」
カミーユ様が嬉しそうに胸を張る。
「ああ、わかるも何も、これは百年以上前に売られていた伝説の初期ロットだ!マニア向けのコレクターズブックにしか載っていない幻の品だぞ。見ろ、今とは違うこのダンディーさ。ちょっと襟元のタグを見せてくれ!……まじか……本物じゃねぇか!」
ドワーフのおっさんが、興奮のあまり鼻息を荒くしてTシャツをまじまじと見つめている。
「実は先日、海底洞窟でこれと全く同じもののデッドストックを大量に見つけたんだ。もしよかったら、その数枚で今回の加工代を支払うというのはどうだい?」
「もちろんだ!こんなお宝、お釣りがでるぜ!」
あの海底洞窟でゲットしたゴミ……いえ、百年以上前のローラン様グッズの詰め合わせ。
まさかこんな重要な場面で役に立つなんて、本当に人生何が起こるかわかりませんわね。
「よし、これで交渉成立だな!明日から三日間ここに来い。一緒に嬢ちゃんのための、世界に一つだけの最高のガントレットを作ろうじゃないか!」
「よろしくお願いします、師匠!」
こうして、カミーユ様とドワーフのおっさん(そういえば最後まで名前を聞いていませんでしたわ)の熱い握手が交わされ、わたくしの新しい装備作りがはじまった。
ーー
そして約束の三日後。
わたくしたち四人は、完成の知らせを受けて再びドワーフのおっさんの工房に出向いた。
「この坊主、たいしたもんだぜ。初日に少し手ほどきしたら、メキメキ上達しやがってな。残りの二日はほとんど俺の指示なしで、一人で完璧に作っちまった。これじゃワシの出る幕なしだ」
ドワーフのおっさんが、カミーユ様の肩をバンバンと叩きながら大絶賛している。
「いいえ、師匠の教え方が良かったからですよ。僕一人では到底たどり着けない領域でした」
「へっ、いうじゃねぇか、坊主」
ドワーフと王子。
そこに身分差はなく、二人ともお揃いのローラン様スーパービンテージTシャツを着て笑い合っている。ここに奇妙な師弟関係が誕生した瞬間だった。
『二人並んだ絵面が地獄だ……』
脳内の師匠は、自分と思われる顔がプリントされたTシャツを着る、むさ苦しいおっさんとおかっぱの王子を見て、普段の二倍の精神的ダメージを受けていた。
「さぁ、開けてごらん」
カミーユ様に促され、わたくしは作業台の上に置かれた重厚な木箱の蓋を、ドキドキしながらゆっくりとあけた。
中に入っていたのは、息を呑むほど美しい防具だった。
ベースとなるのは、金剛アルマジロの殻を極限まで薄く滑らかに打ち直した、指先から肘までをすっぽりと覆う一組のガントレット。
全体が鮮やかな薔薇色に染め上げられ、手首から肘にかけては乙女心をくすぐるきらびやかな装飾とフリルのような意匠が施されている。
見た目は信じられないほど華やかで可愛らしいのに、触れてみると国宝の剣すら折るという圧倒的な硬度と強度を感じさせた。
「すごい……それになんて綺麗……」
「これはエリザベートの新しい装備、名付けて薔薇色粉砕手甲さ!」
「ローズスマッシュ……素敵ね。みんな、ありがとう……わたくし絶対に勝ち上がって、侯爵に返り咲いてみせますわ!」
わたくしが感動して胸に抱きしめると、脳内で師匠が声をかけてきた。
『じゃあ、さっそく試しにいこうじゃないか』
「試しって、どこへいくんですの?」
『バイトだよ、バイト。これの威力を確認するには、実戦が一番だ』
師匠に促されて、わたくしたちは工房を後にし、またもや冒険者ギルドへ足をはこんだ。
ーー
冒険者ギルドの重厚なドアを開けると、以前受付をしてくれたお姉さんとバッチリ目が合った。
「ああ!待ってたんですよ、お嬢さん!」
お姉さんは、満面の笑みでわたくしを出迎えてくれた。
「こ、こんにちは。あのー、仕事をさがし……」
「はい、こちらですね!」
お姉さんは待ってましたとばかりに、カウンターの下から一枚の依頼書を素早く取り出し、わたくしに見せた。
その内容は前回と同じく、王都近郊の岩山にある魔石採掘所からの依頼であった。
「今、非常に硬い岩盤にぶち当たってしまって、それ以上進めずに困っているそうです。もしお嬢さんがギルドに来られたら、絶対に依頼をお願いしたいと、毎日のようにせっつかれてたんですよ。受けていただけますよね?はいか、イエスでお願いします」
「い、イエス……」
有無を言わせぬ圧に押されてしまったが、まぁ、もともと以前の採掘所の依頼がまたないかを探しにきたので、結果オーライですわ。
わたくしたち四人は、さっそく王都郊外の魔石の採掘所まで足を運んだ。
「あ、あれは……おーい、お前ら!嬢ちゃんが来たぞー!」
「な、なんだって!」
「嬢ちゃんだ、俺たちの女神、嬢ちゃんが来てくれたぞ!」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「す、すごい歓迎っぷりだね、エリザベート……」
さすがのカミーユ様も、ツルハシを持った屈強でガチムチのおっさんたちが一斉に歓声を上げる大歓迎に少したじろいでいる。
「え、ええ……」
さすがにわたくしもちょっと恥ずかしいですわ。
「よく来てくれた、嬢ちゃん。さっそくだが、問題の岩盤をみてほしい」
現場のリーダーらしきおじさまに案内された岩盤は、岩山の側面につるりとした金属っぽい光沢を放ち、剥き出しになっていた。
『ほう、ミスリルの岩盤だな。普通の道具じゃかなり厳しいはずだ』
脳内で師匠が岩盤の正体を冷静に分析する。
「それじゃあ、さっそくやってみますわ」
わたくしは、大切に抱えてきた木箱の中から薔薇色粉砕手甲を取り出し、両腕に装着した。
指先を通した瞬間、まるで自分の腕の延長のような不思議な一体感と、底知れぬ安心感を感じる。
「師匠、いいですよね!」
『ああ、ローズスマッシュの力、存分に試してみろ!』
わたくしは深く息を吸い込み、体内に眠る膨大な魔力を全解放して、全身と右腕に集中させた。
凄まじい風圧を伴うピンクの魔力嵐が吹き荒れ、周囲の小石が竜巻と共に舞い上がる。わたくしのピンクの髪が重力を無視して逆立ち、ドレスの裾が激しくたなびいた。
パンチは腰の回転で打つ……。
師匠から教わった基本をもう一度心に刻み、わたくしは薔薇色に眩く輝く右の拳を、一直線に岩盤にむけて振り抜いた。
「絶対可憐・薔薇色正拳突《スーパー・ラブリー・ローズ・ストレート・パンチ》ですわーっ!!」
バキンッ!……ドッゴオォォォォォォォォォォン!!!
硬質な金属がひび割れるかのような鋭い音の直後、まるで巨大な隕石が墜落したかのような、まばゆいピンクの閃光と大轟音が採掘所に爆裂した。
その場にいた、わたくし以外の全員が、すさまじい爆風をやり過ごすために思わず背を向けてしゃがみ込む。
もうもうと舞い上がった土煙と砂埃が、ゆっくりと晴れてきた時。
その場の全員は、目の前に広がる光景に完全に驚愕し、言葉を失った。
「こ、これは……」
「なんという威力だ……」
わたくしが放った渾身の一撃は、あの超硬質なミスリルの岩盤をいとも容易く打ち砕き、なんと巨大な岩山の向こう側まで貫通する、途方もなく巨大なトンネルを作り出していたのだ。
遥か彼方に開いた大穴から、明るい太陽の光がキラキラと輝いて見えた。
『こいつは、予想以上だ……』
師匠でさえも驚きの声を漏らすほどの、規格外の威力。
愛と希望に輝く新たな相棒、薔薇色粉砕手甲を手に入れたわたくしは、間近に迫ったローラン杯のトーナメントに向けて、確かな手応えを全身で感じていた。




