【第14話】マンドラゴラ、一本いっとく?
無事にゲットした金剛アルマジロの抜け殻を、「僕がエリザベートの美しい手にぴったりな、素敵なガントレットに仕上げてあげるからね!」といってカミーユ様にゆだねてから数日後。
いつもの四人は、またもやわたくしのお部屋で丸いテーブルを囲んでいた。
お母様が美味しい紅茶と手作りのクッキーを差し入れてくれ、和やかなティータイムに見えるが、ここはもはやわたくしたちの作戦室といっても過言ではない。
今日も窓の下に見える花壇には、鮮やかな青い花がきれいに咲いて風に揺れていますわ。平和な午後ですわね。しかし、向かいに座るカミーユ様は、珍しく困り果てたような表情を浮かべていた。
「まさか、こんなにも歯が立たないとは、思ってもみなかったよ」
カミーユ様が「もはやお手上げ」という感じに両手を上げる。
「そんなに硬いんですわね、金剛アルマジロ」
わたくしが尋ねると、カミーユ様は深くため息をついた。
「うん。加工しようにも、ドリルもヤスリも魔法の炎も、全ての工具や手段を一切受け付けないんだ。王宮御用達の熟練の鍛冶師たちも、数日徹夜した挙句にさじを投げちゃってね。一応、宝物庫の奥にあった国宝の剣でも思いっきりぶっ叩いてみたんだけど、剣の方がバキッと折れちゃったんだ。あははっ、笑っちゃうよね」
「笑い事ではありません、殿下!折れた剣はどうされたんですか!?」
背後で話を聞いていたフェリックス様が、血相を変えてテーブルに身を乗り出した。
「大丈夫だって、フェリックス。ちゃんとくず鉄のゴミの山の奥深くに紛れ込ませておいたから。絶対にバレないって。もし見つかっても、僕は知らないで通せばいいよ。ねぇフェリックス、君もこの件に関しては何も知らないよね?」
「…し……知りません……」
「ふふふ…。そうそう、それでいいんだよ…それで。すべてはローラン様も言っている通り、『知らぬ存ぜぬは最強の盾』だからね」
カミーユ様の悪魔のような微笑みと謎の捏造ローラン語録に、フェリックス様は今日も胃のあたりを強く押さえてうずくまっている。
「師匠。これってどうにかならないんですか?」
わたくしは心の中で、つっこむことも諦めて、万年床でゴロゴロしている脳内のおっさんに助けを求めた。
『すまん、俺も詳しい加工の仕方は知らん。俺が昔使ってた防具も金剛アルマジロの素材だったんだが、たしか加工したのはドワーフだったって聞いたな』
「ドワーフ……」
わたくしの呟きを聞いて、クララが反応した。
「ドワーフの工房なら、この王都のはずれの職人街に一つだけあるわよ。でもあそこはかなり偏屈で、お金では絶対に動かないらしいわ。基本的には仕事の面白みや、職人魂を刺激されないと依頼を受けないって噂よ」
わたくしたちは善は急げとばかりに、街のはずれにあるというドワーフの工房へと向かった。
ーー
職人街の奥まった場所にあるその工房は、煙突から黒い煙をモクモクと吐き出しており、カンカンという甲高い金属音が響いている。
中に入ると、昼間だというのにお酒の強い匂いが漂ってきた。
作業台の奥には、赤ら顔で立派なヒゲモジャの小柄なおっさんが、酒瓶を片手に座っていた。これがドワーフの職人らしい。
「こんにちは。素材の加工をお願いしたいのですが……」
わたくしは最大限のかわゆい仕草で、少し首を傾げながら上目遣いで様子をうかがう。カミーユ様なら間違いなく嬉ションするレベルの、完璧な美少女スマイルだ。
「なんだ、嬢ちゃんたち。うちは簡単には仕事は受けないぞ。見た感じ貴族のようだが、金ならいらんぞ。ただの武具作りなら、そこらの街の鍛冶屋にでも頼みな」
ドワーフのおっさんは、わたくしの顔をチラリと見ただけで鼻で笑い、酒瓶をあおった。
ちぃ、このおっさんには、わたくしの圧倒的な可愛さが通用しないみたいですわ。
「お前、僕の愛するエリザベートの頼みを聞かないとは何事だ!言うことを聞かないと、国外追放だぞ!」
「殿下!ご自身の恋愛のために職権乱用をしないでください!」
カミーユ様が理不尽な脅しをかけ、フェリックス様が悲痛な声で止める。
「うちのクソコケシがすみません。気に入らなければ、その辺のハンマーで思い切りぶん殴ってやってくださいね」
クララが一応のフォローのような暴言を吐き捨てる。
ドワーフのおっさんは、わたくしたちの騒がしいやり取りを見て、「なんだこいつら…」と呆れたように顔をしかめた。
「実は、金剛アルマジロの抜け殻を加工できないかと、伺わせていただいたのですが……」
フェリックス様がなんとか気を取り直し、紳士的に尋ねる。
「こ、金剛アルマジロだって!何かの間違いだろう。幻の素材だぞ、そう簡単にお目にかかれるもんじゃねえ」
ドワーフのおっさんが疑わしそうに鼻を鳴らす。
「これを見てくれ」
カミーユ様がマジックバッグから銀色に輝く巨大な抜け殻を取り出すと、ドワーフのおっさんの態度が急変した。
持っていた酒瓶を床に落とし、目を見開いて抜け殻に飛びついてきたのだ。
「こ、これは!まごうことなき、金剛アルマジロの抜け殻!……しかも傷一つない極上品じゃないか……本物を目にするのは数十年ぶりだ。お前らこれを一体どこで手に入れたんだ?」
「わたくしたちがダンジョンボスからゲットしたんですの」
わたくしが答えると、ドワーフのおっさんは信じられないといった顔でわたくしたちを交互に見た。
「お前さんたちがか!?信じられん……いや、まあ、現実に極上品の抜け殻が目の前にある以上、信じるしかないがな……。うむ、良いだろう。この俺の職人魂が燃え上がってきたぜ。加工を請け負おう。代金は金じゃなく、別のものを考えておく」
後から何を請求されるかちょっと恐ろしいが、背に腹は代えられない。
「で、何を作ればいい?」
「わたくしの手に合わせた、強くて可愛いガントレットを作っていただきたいの」
「嬢ちゃん用か?それはいい!こういう一風変わった面白い仕事は大歓迎だ!だが、俺の技術をもってしても、このままじゃ加工できねえ。少し手伝ってもらわんといかん」
「何を手伝えばいいんですの?」
「加工のために、あるものを取ってきてほしい」
「あるもの?」
カミーユ様が不思議そうに繰り返す。
「作業に必要なアイテム、それはマンドラゴラだ」
「マンドラゴラって、根っこが人の形をした植物で、地面から引き抜いた時の叫び声を聞いたら死んじゃうって、アレですか?」
さすがはクララ、学年トップの秀才なだけあって博識だ。
「死ぬってのは大分誇張されているが、まあそれだ。人の形ってのも、大根とかでたまにある人間っぽい形に見えるってあれだな。だが、抜いた時に特殊な音波を出して、それを至近距離で聞いてしまうとひどい脳震盪を起こして気を失う。そのまま数時間ぶっ倒れるのは事実だから、収穫には十分気を付けないといけない」
「なんだ……死なね―のかよ……」
クララが露骨に残念がっていますが、ここは掘り下げずにいきましょう。
「へ、へぇー。で、それをどう使うのですか?」
「マンドラゴラの絞り汁を金剛アルマジロの抜け殻に塗るんだ。そうすると乾くまでの間だけ、この硬い殻が柔らかくなって加工ができるようになる。だが、肝心の仕入先が今在庫切れでな。急ぎで作ってほしいなら、お前さんたちの手でマンドラゴラを取ってきてほしい」
もうすぐ夏休みの後半だ。爵位入れ替え戦、ローラン杯の予選はもう目の前まで迫っている。いつ入荷するかわからないマンドラゴラをのんびり待っている時間は、わたくしにはない。
「わかりましたわ。探してきます、マンドラゴラ」
わたくしが力強く宣言すると、クララが冷静な声で尋ねた。
「で、どこに生えているの?マンドラゴラって」
「…………」
クララの極めて真っ当な疑問に、その場の全員が沈黙する。
「生えている場所や栽培業者は、ギルドでも秘密にされとる。なんせ金になる高級素材なんでな。だが、地面から出ている葉の部分は緑ではなく青いから、それを目印に探してみてくれ」
ドワーフのおっさんの言葉を頼りに工房を出たものの、広大な王国の中で青い葉っぱを探すのは至難の業だ。
「師匠は知らないんですか?」
わたくしが脳内に問いかけると、おっさんは頭を掻きながら答えた。
『俺の時代とずいぶん街並みも森の形も変わっちまってる。すまんが、自生している場所はわからん』
ちっ、肝心なところで使えないおっさんですわ。
一旦わたくしたちは作戦室に帰還することとなった。
ーー
「植物のことなら、シュヴァリエ男爵にお聞きするのはいかがでしょうか?」
おお、さすがフェリックス様。目の付け所がシャープだ。肝心なところで役に立たない脳内のおっさんとは一味違う。
わたくしたちはさっそく、日頃から土ばかりいじっている農業至上主義のお父様に、マンドラゴラの手がかりを尋ねることにした。お父様はちょうど、裏庭の家庭菜園で土まみれになりながら野菜の世話をしていた。
「お父様、少しよろしいですか?実はマンドラゴラという植物を探しているのですが、どこで手に入るかご存じありませんか?」
わたくしが尋ねると、お父様は振り返ってにこやかに答えた。
「あるよ」
「「「「え?」」」」
まさかの即答に、四人全員がアホになったような間の抜けた声を出してしまいましたわ。
「あるよって、どこかの業者から買った買い置きがあるんですの?」
「いや、育ててるんだ。エリザベートの部屋の、窓の真下の菜園がそれだよ」
「おい。そんな危険なものを娘の部屋の下で育ててるって、どういうつもりだ?あぁん?てめぇが秘密の栽培業者だったんかい?」
危ない、思わずクララのような暴言が口をついて出てしまいそうでしたわ。
『いや、完全に口から出てたぞ』
脳内の師匠が冷静にツッコミを入れるが、そんなことは気にしていられない。
お父様は困ったように笑いながら頭を掻いた。
「ごめんごめん。昔、行商人から買った種が何だったか分からなくなってね。試しに植えてみたら、それがたまたまマンドラゴラだったんだよ。すくすくと育ってくれて、嬉しい限りだよ」
「最近、青い花が綺麗だなーって、わたくし鼻歌まじりにのんきに窓から眺めてましたわ。あれ、花じゃなくて葉っぱでしたのね。まあ、でもこれで無事にマンドラゴラがゲットできますわね!……どうしましたの?みなさん」
わたくしが喜んで振り返ると、なぜか三人は顔を引きつらせて無言になっていた。
「いや、いったい誰が抜くのかしらって……」
クララが殺し屋のような目でカミーユ様をガン見している。
確かに、抜いた瞬間に強烈な音波を浴びて脳震盪を起こす危険な植物だ。誰かが犠牲にならなければならない。
「これはわたくしのガントレットを作るための問題です。わたくしが抜きますわ!」
わたくしが前に出ようとすると、カミーユ様が慌てて制止した。
「いや、ダメだよエリザベート!君だけに危険なことをさせるわけにはいかない!それに僕たちはチームだ!くじ引きで公平に決めようじゃないか!さぁ、僕が即席でくじを作ったから、この中から順番に引いてくれ。印があれば当たりだ!」
カミーユ様が細く切った数枚の紙を握り、まずクララへと突き出す。
「……なんで私からなのよ」
クララが不満そうに文句を言いながらも、すっ……と一本のくじを引き抜いた。
「クソがっ!」
見事、クララの引いたくじの先端には真っ赤な印がついていた。
「ああ、残念だったねクララ。でもチームのための尊い犠牲だ、君の勇気に乾杯!」
わたくしは見てしまった。カミーユ様がクララに見えないように、手元に残った他のくじの先を素早くちぎって、全部に赤い印が付いていたという証拠を完璧に隠滅する姿を。
……ごめんね、クララ。これもわたくしへの愛ゆえなのですわ。
「でも、やっぱり危険じゃありませんの?師匠」
わたくしが心配になって脳内で尋ねると、師匠が答えた。
『ある程度、音波を相殺する方法はあるぞ。抜く瞬間に腹の底から大声を出すんだ。音ってのは空気の振動だからな。こっちからも強い振動をぶつけてやれば、威力が弱まって脳震盪を軽くできるはずだ』
「なるほど!クララ、抜く時に大声を出すといいそうですわ!」
「分かったわ、これもエリザベートのため。やってやろうじゃないの!」
ということで、わたくしたちは庭へ出て、クララの『第一回・チキチキ、マンドラゴラ大声引っこ抜きチャレンジ』を見守ることにした。
「がんばれー、クララー」
「何十メートル離れてんだハゲ!てめーはもっとこっちへ来い!」
カミーユ様はわたくしの耳を背後から両手でしっかりと塞ぎながら、安全な数十メートル後方から見守っている。
フェリックス様とお父様も、さらにその数歩後ろで耳を塞いでいた。
「ったく、……大声を出せばいいのよね……いくわよ……」
クララが地面から生えている青い葉っぱを両手で鷲掴みにし、大きく息を吸い込んだ。
ズボッ!!
「このクソ、ピーーーーピーーーーピーーーー!!!!」
クララがマンドラゴラを引っこ抜いた瞬間、強烈な音波が広がったが、それ以上にクララの口から放たれた聞くに耐えない罵詈雑言の大絶叫が、音波を見事に相殺した。
公爵令嬢の口から出たとは思えないそのエグすぎる暴言は、数キロ先の民家まで届いたとか、届かなかったとか。
「……ふぅ。スッキリしたわ」
クララは何事もなかったかのように、人間の形をした大根っぽいマンドラゴラをぶら下げて戻ってきた。後で知りましたが、紐で引っ張るのが正しい収穫方法らしいですわ。マジでごめん、クララ。
とりあえずわたくしたちは、クララのストレス解消によって無事マンドラゴラをゲットし、再びドワーフのおっさんの工房へと届けに行くのであった。




