【第13話】いざ!素材探しの旅へ
いつものメンバー四人は、わたくしの家で作戦会議をしていた。
「エリザベートの調べ(ローランの助言)によると、新しいガントレットの素材は、ここの上級ダンジョンのボスから得られるらしいね。ボスは金剛アルマジロだ。日帰りでは無理な距離だから、この手前の街で一泊してからチャレンジだね」
カミーユ様がテーブルに地図を広げながらルートを確認する。
「師匠。金剛アルマジロって強いんですか?」
わたくしがこっそり脳内で尋ねると、万年床で寝転がるおっさんが身を起こした。
『強いというか、とにかく硬い。生き物の中では一番硬く、その硬度はアダマンタイトに匹敵する。国宝級の武器があってもかすり傷くらいしか付かないため、ダンジョンボスだが挑む者はほとんどいない。そのため、素材の流通は全くと言っていいほどなく、超超高級品だ』
「じゃあ、倒して売ったら大儲けじゃないですか!」
わたくしが目を輝かせると、師匠は気の抜けた声で語った。
『たぶん無理だぞー。俺の時代でも、こういう超希少素材は国が流通を厳重に管理するんだ。一部の貴族などが急に力を持たないようにするためだな。そのため国が長期間の分割で買い上げるシステムになる。まぁ金は確実に手に入るが、すぐに大金が手元に来るわけじゃない。おそらく支払いが終わるのは、お前の孫の代だ』
「おいしい話は、そうそうないものですわね」
わたくしが肩を落としていると、カミーユ様が満面の笑みでとんでもないことを言い出した。
「エリザベート、やっぱり素材は僕が用意してあげるよ。ほら、王宮の宝物庫の鍵をかっぱらってきたからさ。きっと中に良い素材が眠ってるはずさ!」
カミーユ様が懐からジャラッと鍵の束を取り出した瞬間、背後に控えていたフェリックス様が血相を変えて飛びついてきた。
「殿下!どこから持ってきたんですか!今すぐ返してください!」
フェリックス様が慌てて鍵を取り上げる。
「ちぇっ、ケチだなー。しまい込んで誰にも使われていない物なんだから、別にいいでしょ……」
ぶつぶつと文句を言うカミーユ様に、フェリックス様はこめかみを押さえて深くため息をついている。
「ふふっ。でも、エリザベートと一緒に旅行ができるなんて、ちょっと楽しみだわ」
クララが呆れながらも優しく微笑んでくれる。
「うん、楽しみだね。そうだ!夜はみんなでマクラ投げとかしよーよ!」
「同じ部屋に泊まろうとしてんじゃねーよ!この金色コケシ!」
「ちょっと髪型が似ていますが、殿下はコケシではありません!クララ様!」
クララの容赦ないツッコミと、フェリックス様のズレたフォローが今日も響き渡る。
国宝級の武器でも傷つかない相手に、桃色軍手甲無しで挑むのはちょっと不安だけれど、みんなとならきっと上手くいく気がするわ。たぶん。
ーー
そして次の日。
「やあエリザベート、待たせたね」
ダンジョン手前の街までは、カミーユ様の手配した馬車で向かうことになった。今回はお忍びでの旅なので、王族用の豪奢な馬車ではなく、一般的な貴族が使うのと同じくらいのごく普通の外観だ。
出発前、クロエが「お気をつけて」と差し出してくれたのは、ピンクに染められただけの、何の変哲もないただの軍手だった。
ピンクストライクの制作時、(クロエが無断で)高価なミスリル糸などを勝手に使ったことがお父様にバレてこっぴどく怒られてしまい、今回は本当にただの市販の軍手なのだ。名付けるなら桃色軍手甲零式といったところだろうか。
「外は質素だけど、中は豪華だからね。さぁ、どうぞ」
わたくしはカミーユ様に優しく手を引かれ、馬車へと乗り込む。伝わる手の温もりに胸がときめくわ。
「わぁ、外とは違って……すごい……素敵な……内装ですわ……ね」
馬車の中に足を踏み入れた瞬間、わたくしは言葉を失った。
中はうすうす、そうじゃないかなーと思っていた通りの、ローラン様完全仕様だったのだ。
壁にはなぜか下半身が馬になったケンタウロス姿のローラン様のタペストリーが飾られ、そこに達筆な字で『人馬一体!』と書かれている。しかもこれらがカミーユ様の特注品ではなく、すべて街で普通に売られている市販品だというのだから恐ろしい。後世の市場では、もはや英雄のイメージが好き勝手におもちゃにされているようだ。
『もう、俺の肖像権なんて完全にないんだな……』
脳内で師匠が遠い目をしている。
向かいの席に先に乗っていたクララとフェリックス様に至っては、完全に死んだ魚の目をしていた。
落ち着くか落ち着かないかと言われれば、落ち着かないに決まっている。けれど、向かいでとても楽しそうにニコニコしているカミーユ様のお顔を見ていれば、わたくしは幸せですわ。
数時間の揺れを経て、目的のダンジョン手前にある『ハテノ』という街に無事到着した。馬車は二日後に迎えにくると言って、王都へ引き返していった。
予約していた宿に荷物を置き、明日の準備も兼ねて街を散策する。
どうやらこの街は、金剛アルマジロを完全に観光の目玉にしているらしく、アルマジロになぞらえた丸いお饅頭などの土産物や、甲羅を模した料理を出す飲食店がずらりと立ち並び、大変な賑わいを見せていた。
「この街、金剛アルマジロを観光資源にしてますけど……もしわたくしたちが討伐してしまったら、どうなるのかしら?街の人たち困りませんこと?」
わたくしが少し心配になって脳内で尋ねると、師匠は軽く笑った。
『ははっ、その心配はいらないぞ』
「どういうことですの?」
わたくしの疑問に師匠は『明日になればわかるさ』とだけ答えた。
ーー
いよいよダンジョンアタック当日。
わたくしたちは街のギルドに許可をとり、薄暗いダンジョンへと足を踏み入れた。
わたくしの両手には、クロエが持たせてくれた手首のふちが緑色の桃色軍手甲零号(ただの軍手)がしっかりと装備されている。
「道順はこちらですね」
フェリックス様が事前に用意したダンジョンマップを見ながら、迷うことなく案内をしてくれる。
しばらく進むと、遠くから地鳴りのような音が響いてきた。
ゴロゴロゴロゴロ……。
「何か聞こえませんか?」
クララが立ち止まり、耳をすます。それと同時に、わたくしの気配察知の魔力センサーが、前方から猛スピードで迫りくる巨大な何かを捉えた。
薄暗い通路の奥から現れたのは、小屋ほどもある巨大なダンゴムシだった。丸まったままの状態で、こちらに向かって猛然と転がってくる。
「ここはおまかせを!」
わたくしが零号(ただの軍手)を構えて前に出ようとした瞬間、脳内の師匠が慌てて叫んだ。
『やめろ、逃げるんだ!』
「どうしてですの?あんなのワンパンじゃないですか」
『あいつは見た目と違って、殻が柔らかいんだ。お前が軽く殴ったとしても、簡単に破裂して体液まみれになるぞ!』
「ひぃっ!」
想像するだけでおぞましいですわ!美少女のわたくしが、そんな得体の知れない体液を浴びるわけにはいきません!一部には喜ばれそうな絵面ですけど、そういうお話ではないんですの!
わたくしたちは、王国でも人気のお芝居『キャンディー・ジョーンズ』のワンシーンのように、迫り来るダンゴムシの大玉から全力で背を向けて逃げ出した。
ゴロゴロゴロゴロ……。
「おかしい!どうしてあいつ、分かれ道でもこっちを正確に追ってくるんだ!」
カミーユ様が走りながら叫ぶ。確かに、何度分岐点を通っても、ダンゴムシはピッタリとわたくしたちを追尾してくる。
『あいつは甘い香りに寄ってくる性質のはずだ。エリーとクララ、二人とも香水をつけているんじゃないか?』
師匠の指摘に、わたくしはハッとした。その通りですわ。だってカミーユ様とのご旅行ですもの。汗臭いなんて思われたくない、乙女の気遣いですの!
「カミーユ様、ごめんなさい!どうやらあのダンゴムシ、わたくしたちの香水の匂いを追ってきているみたいなの!」
走りながら謝るわたくしに、カミーユ様は爽やかな笑顔を向けた。
「そうなのかい!?だったら、こうすればいい!」
言うが早いか、カミーユ様は隣を走っていたクララの足元に、迷うことなくスッと足を引っ掛けた。
すてーん!!
「きゃあっ!」
クララが派手にすっ転び、地面を転がった。
「この、クソコケシがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
後方で、クララの断末魔のような叫びがダンジョンにこだまする。
「ク、クララ!」
わたくしが思わず立ち止まろうとすると、カミーユ様がわたくしの手を強く引き、そのまま走り続けた。
「大丈夫さ。クララはあれでも一流の魔導師だ、きっと上手くやるさ。クララ、君の尊い犠牲は決して無駄にはしないよ……!」
カミーユ様は悲痛なセリフを口にしながらも、なぜか口元はプルプルと震え、必死に笑いをこらえているようだった。わたくしだけが無事なら、他の人間がどうなろうと本気で知ったことではないらしい。この人が第一王子でなくて本当によかったですわ。
クララは後で回収する(生きていれば)として、わたくしとカミーユ様、そして胃を押さえながら走るフェリックス様の三人は、ついに最下層のボスの間にたどり着いた。
『くるぞ!』
ゴロゴロゴロゴロ……。
地鳴りと共に、ついに金剛アルマジロがその姿を現した。このダンジョンの魔獣は、とにかく転がらずにはいられないのかしら。
直径二メートルほどの金属光沢を放つボールが、高速でこちらに向かってくる。想像していたよりもサイズは小さいですわ。
とりあえず小手調べですわ!
わたくしはピンクの魔力を右腕に集め、軍手越しにパンチを繰り出した。
「絶対可憐・桃色手加減拳《ウルトラ・ラブリー・ピンク・ゴー・イージー・オン》ですわーっ!!」
わたくしの拳が、金剛アルマジロの硬い殻に見事炸裂した。
「え?」
バインッ!バインッ!バインッ!バインッ!
凄まじい衝撃音と共に、アルマジロは砕けることなく、まるで巨大なスーパーボールのようにボスの間の壁や天井を高速で跳ね返り始めたのだ。
「うわっ!師匠!こいつ跳ね返ってしまいますわ!あと、やっぱりお手々が痛いですわ!」
猛スピードで飛び交うアルマジロを避けながら、わたくしは悲鳴を上げた。
『我慢しろ。こいつはアダマンタイトの硬さと同時に、異常な柔軟性を持ち合わせている。やみくもに殴っても、衝撃を吸収して反射しちまうんだ!』
「じゃあ、どうすればいいんですの!」
『いいか、剛に剛で返してもダメだ。パンチではなく、掌底を使うんだ。インパクトの瞬間に、魔力を殻の内部へ押し込むように叩き込め!』
「やってみますわ!」
わたくしは姿勢を低くし、気配察知で飛んでくるアルマジロの軌道を見極めた。
全身の膨大な魔力を、右の手のひらに一点集中させる。ピンクの魔力嵐が竜巻のように吹き荒れ、軍手からパチパチとピンクのスパークが弾ける。
「絶対可憐・桃色掌底打《ミラクル・ラブリー・ピンク・パーム・ストライク》ですわーっ!!」
跳ね返ってきたアルマジロの正面から、わたくしは全力の魔力を込めた掌底を叩き込んだ。
スッポーーン!!!
「「「はぁ?」」」
わたくしたち三人の間の抜けた声が、綺麗に重なった。
掌底を食らったアルマジロは、大の字になって空中でピタリと止まったかと思うと、なんとその硬い殻だけをその場に残し、ポンッ!と中身だけが勢いよく前へ飛び出したのだ。
殻を失ったピンク色のつるんとしたアルマジロの本体は、スタッ!と着地すると、ボスの間の隅っこにある小さな穴の中へ、猛スピードで逃げて消えていってしまった。
「な、なんですの?あれ……」
『はははっ!面白いだろう。あいつはピンチになると、ああやって殻を脱ぎ捨てて逃げていくんだ。完全に討伐してしまうと、素材は二度と手に入らなくなるからな。だから俺の時代から、こうして抜け殻だけを拝借しているのさ』
なるほど、昨日の『明日になればわかるさ』とはこのことだったのか。本体が逃げてまた殻を再生するからこそ、街の観光資源は守られていたというわけだ。世の中にはいろいろな魔獣がいるものなんですわね。
「これで、目的の素材がゲットできたね。さぁ、帰ろうか!」
カミーユ様が上機嫌で巨大な殻を魔法鞄に収納し、先導してダンジョンの出口に向かって歩き出した。
なんとか出口付近まで戻って来ましたけれど、わたくし、何かとても大切なものを忘れている気がしますわ。
その時、背後の暗闇から、到底この世の者とは思えない低い声が響いた。
「こーーけーーしぃぃー……」
「や、やぁ……クララ……心配してたんだ……無事で良かったよ……」
カミーユ様が引きつった笑顔で振り返る。
そこには、全身ダンゴムシの黄緑色の体液でベトベトに汚れ、髪を振り乱してまるで怨霊(貞◯)のようにこちらを睨みつけるクララの姿があった。
「ぶっ殺す!!!!!」
「うわぁぁぁぁっ!」
ダッシュで逃げるカミーユ様と、杖を振り回しながら猛スピードで追いかける体液まみれの修羅。
新たなダンジョンボスの誕生を、わたくしたちがこの目で見た瞬間であった。




