【第12話】謎の料理と相棒との別れ
「おかえりなさいませ。スイカをよく冷やしておきました」
ビーチに戻ると、クロエがパラソルの下で氷魔法を使ってスイカをキンキンに冷やしてくれていた。
「まぁ、美味しそう!そうだわ!せっかくだから、みんなでスイカ割りをしませんか?」
クララが杖を置きながら提案した。いつもの笑顔と変わらないが、どこか冷たいものを感じる。
「いいですわね。わたくしもスイカ割りなんて、もう何年もやっていませんわ」
すぐにスイカ割りの準備が整い、最初にクララが目隠しをして挑戦することになった。木の棒を握りしめ、スイカから少し離れた場所に立つクララ。
「もう少し前ですわー」
「もう少し右です、クララ様」
わたくしたちが声でクララを誘導する。
「そのまま、あと一歩だよー」
カミーユ様が優しく声をかけた、その時だった。
「ここかーっ!死ねーっ!!」
ぶぅんっ!どすっ!
凄まじい風切り音と共に、カミーユ様の顔の真横をクララの木の棒が全力でかすめて砂浜に突き刺さった。
「あらー、ごめんなさい殿下……。ちっ、外したか……運のいいやつめ」
「ク、クララ、今のは本当に死ぬかと思ったよ……」
どうやらクララは、先程の巨大フナムシの件を相当根に持っているようだ。カミーユ様の命があって、本当によかったですわ。
気を取り直して、次はわたくしが目隠しをしようとした、その時だった。
ボコボコボコ……ドザアァァァァァァッ!!
波打ち際から凄まじい水柱が上がり、巨大な影が姿を現した。
「なっ、さっきのクラーケン!」
なんとあの巨大クラーケンが、わたくしたちを追って海から這い上がってきたのだ。なんて美味そう……いや、しつこいんでしょうか。
しかし、ここは崩落の心配がない地上。海から上がってきたなら、もうこっちのものですわ!
「クロエ!」
「はい、お嬢様」
クロエがわたくしに向かって、桃色軍手甲を投げ渡してくれた。
わたくしはそれを両手にはめ、深く息を吸い込む。
「全力でいきますわ!」
わたくしの体内で膨大な魔力が沸騰し、周囲にピンクの魔力嵐が吹き荒れる。水着のフリルが激しくたなびき、ピンクの髪が重力を無視して逆立った。
「そろそろお腹がすきましたわ!絶対可憐・桃色漁獲水揚拳《ハイパー・ラブリー・ピンク・キャッチ・アンド・イート》ですわーっ!!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!!
わたくしが砂浜を蹴って放った渾身の右ストレートが、クラーケンの脳天……のような部分に直撃した。
凄まじい衝撃波がビーチの砂を吹き飛ばし、クラーケンの巨大な胴体に大穴が空き、海が割れた。家ほどもある魔獣は、スミを吐きながら一瞬で崩れ落ち、ピクピクと痙攣しながら完全に沈黙した。
「すごいや、エリザベート!これで夕食の新鮮食材ゲットだね!」
いつの間にか、さっき宝箱から見つけた『ローランキャップ』を被ったカミーユ様が、目を輝かせて微笑んでいる。さすがのわたくしでも、今のカミーユ様の横を歩くのは、ちょっと躊躇するかもしれない。街なかでなくて、本当によかった。
「あぁっ!……ピンクストライクが!」
ふと自分の手元を見ると、わたくしの右手のピンクストライクがズタボロになっていた。
ミスリルの装甲はひしゃげ、ゴムのイボイボは溶け落ち、ピンクの布地はビリビリに破れて元の軍手の面影すらない。
「ごめんなさい、クロエ……せっかく作ってくれたのに」
「いいえ、お気になさらず。これはお嬢様の成長の証です。いつかきっと、この時が来るであろうと思っていました。今こそ、お嬢様のさらなる成長に合わせた『真のガントレット』を作る時がきたのです」
『そうだな。エリーも十分に力を使いこなせるようになったし、そろそろちゃんとした装備を身に着けてもいい頃合いかもしれないな』
脳内の師匠も珍しく同意してくれている。もっと成長した弟子を褒めてくれてもいいんですのよ。
「でも、今のシュヴァリエ家には新しい装備を買うようなお金はないわ……」
「じゃあ、みんなで素材探しに行こうよ!そして僕がその素材を加工して、エリザベートにぴったりの最強の装備を作ってあげるよ!」
「カミーユ様……!」
愛する王子様からの提案に、わたくしは胸を打たれた。今ならあなた様の横を、ちゃんと歩けるような気がするわ。
「それではみなさま、夕食にいたしましょう」
感動的な空気を遮るように、クロエが手早くクラーケンの解体と調理にとりかかった。クロエはクラーケンをまるでバターでも切るかのように包丁で簡単に切り分けていく。うん、この娘なら簡単に倒せたかもしれない。
「ところで、これって結局イカなのかしら?タコなのかしら?」
『お前、やたらそこにこだわるな』
「こだわりますわ!わたくし、海鮮の中ではイカが一番大好きなんですの!」
「吸盤に鋭いトゲがあるので、これはイカでございます、お嬢様」
クロエの冷静な分析により、見事イカであることが確定した。やったわ!どうりで美味そうだと思ったのよ。
クロエは持参した調理器具と魔法を駆使し、あっという間に巨大イカを使った絶品パエリアや、イカスミスパゲティなど、豪華な料理をテーブルに並べてくれた。
『なんだ、イカ焼きはないのか?』
脳内のおっさんが不満げに声を上げる。
「ありますわよ。ここに」
わたくしはクロエが焼いてくれた、香ばしい醤油の匂いがする網焼きのイカを指差した。
『ちがう、それはただの焼きイカだ。俺が言ってるのはイカ焼きだ』
「一緒じゃなくって?」
『かぁー、これだから素人は困るぜ。本物のイカ焼きってのはな、小麦粉と卵の生地に刻んだイカを混ぜて、鉄板でペタンコに押しつぶして焼いて、甘辛いソースを塗った料理のことだ』
「な……なんですって……!イカ好きのわたくしが知らないイカ料理がまだあったなんて……!クロエ!」
「はい、お嬢様」
「かくかくしかじかで……」
「おまかせください」
わたくしが師匠のレシピを伝えると、クロエは一瞬で意図を理解し、鉄板の上で生地を押しつぶす見事なイカ焼きを完成させた。
『おお、これだよこれ!……うん、美味い、完璧だ。あのメイドの嬢ちゃんはマジで有能だな。故郷の味がするぜ』
師匠は、わたくしが直接見た料理は脳内の部屋で味まで完全に再現できるらしい。こんなに喜ぶ師匠は初めてかもしれない。
「これが真のイカ焼きですのね……んんっ、もっちりして美味しいですわ!」
「変わった調理法だけど、これは素晴らしいね!」
「初めて食べたけど、なんだか懐かしい味がするわね。すごく美味しいわ!」
「ふむ、このレシピは王宮のロイヤルキッチンにも伝えておきましょう」
みんなもクロエの作ったイカ焼きに大絶賛だ。
夕暮れの風が心地よく吹き抜ける中、わたくしたちはお腹いっぱいになるまでイカ料理を堪能した。
わたくしは、役目を終えたズタボロのピンクストライクをそっと見つめた。
ただのピンクのイボ付き軍手だったけれど、ここまでわたくしを支えてくれた大切な相棒だ。
「今までありがとう……桃色軍手甲……」
迫りくるローラン杯、そして新たな装備を探す冒険へ。
わたくしは新たにした決意を、暮れかけた空に輝き始めた一番星にそっと誓ったのだった。




