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【第2話】女子力爆発!身分差のお付き合い

王立ローラン学園の中庭を一望できる見晴らしの良いテラス席。


わたくしは心地よい風にピンクのウェーブがかったロングヘアを揺らしながら、友人たちと昼食後の穏やかな時間を過ごしていた。


わたくしことエリザベート・シュヴァリエの容姿は、自分で言うのもなんだが、艷やかなピンクの髪に薄紫の瞳を持つ、誰が見ても可愛らしい美少女である。もう一度言おう、美少女である。


しかし実際は没落男爵家の落ちこぼれ令嬢であり、さらには頭の中にむさ苦しいおっさんの人格が住み着いているという、誰にも言えない秘密を抱えているわけだが。


「エリザベート、今日もまた髪の毛のツヤが素晴らしいわね。いったいどんなお手入れをしているの?」


向かいの席に座る栗色のボブヘアにオレンジの瞳を持つ彼女は、クララ・ヴァンセル公爵令嬢だ。彼女はたまに口が悪くなることがあるが、いつも私のことを心配してくれる大切な親友だ。


「クララ、わたくしは特別なことは何もしておりませんわ。ただ毎日、専属の美容師のような方が、特製のオイルで丁寧にマッサージとブラッシングをしてくださるだけでしてよ」


「専属の美容師って、それ絶対殿下のことですよね……」


クララの隣で頭を抱えているのは、短く整えた銀髪にグレーの瞳を持つフェリックス・ダンドレ様だ。


由緒正しき騎士の家系で、カミーユ殿下の護衛でもある彼は、最近慢性的な胃痛に悩まされているらしい。


「お待たせ、エリザベート!それに、その他!」


そこに、噂の主が満面の笑みで現れた。


黄金色のおかっぱ髪を揺らしてやってきたのは、アルトリア王国第二王子にして、わたくしの恋人であるカミーユ殿下だ。


「カミーユ様!お待ちしておりましたわ」


「ごめんね、今日のデザートの仕上げに少し手間取ってしまって。さあ、特製のベリーとピスタチオのミルフィーユ、飴細工の蝶々添えだよ。ミルフィーユは煩悩の数の百八層にしておいたよ。これを食べると、きっと煩悩が取り除かれるはずだよ」


カミーユ様がテーブルに置いたのは、王宮の専属パティシエすら裸足で逃げ出すような、あまりにも完璧で芸術的なスイーツだった。


「まあ!可愛らしい!カミーユ様、凄いですわ!」


「エリザベートのために、昨日の夜からパイ生地を寝かせておいたんだ。ほら、口を開けて。あーん」


「んんっ……美味しいですわ!カミーユ様、天才です!わたくしの煩悩も消えていきますわー」


「エリザベートが喜んでくれて嬉しいよ。口の端にクリームがついてる。僕が取ってあげるね」


わたくしたちは周囲の目もはばからず、甘い甘い空間を作り出していた。


没落男爵令嬢と王子様という身分差はあるものの、命を救ったあの日から、わたくしたちはこうしてお付き合いをしているのだ。


「この人のせいで、エリザベートが最近どんどんおかしくなってる気がする…。ぐぅ…、第二王子でなければ、思いっきり頭をどつきたい……」


クララの左手が、まるで呪いにかかったかのように暴れる右腕を押さえ込んでいる。


「殿下!剣術の鍛錬をサボって夜通しパイ生地を叩いていたのですか!?」


フェリックス様は胃のあたりを押さえながら悲痛な叫びを上げている。


しかし、わたくしたち(バ)カップルの耳には、二人の悲鳴など一切届いていなかった。


「あー、でも今日は少し暑いね。愛しのエリザベートに会いたくて、急いで厨房から走ってきたから汗をかいちゃったよ」


カミーユ様はそう言うと、制服の胸元をパタパタと手で仰ぎ、第一ボタンと第二ボタンを無造作に外した。


その瞬間、制服の隙間から見えてはいけないものが覗いた。


「……カミーユ様。その制服の下にお召しになっている、ひどく派手なシャツはなんですの?」


「ああ、これ?新作の英雄ローラン限定Tシャツだよ!先日並んでゲットしたから、どうしても今日着たくてね!」


カミーユ様が胸元を大きく開いて見せてくれたそのTシャツには、先日わたくしが粉砕した銅像と同じ、美化されすぎた八頭身の超絶イケメンローラン様の顔がデカデカとプリントされていた。


さらにその横には、達筆な筆文字でこう書かれている。


『天上天下唯我独尊!我の背中についてこい!』


「カミーユ様、その文字は……」


「これは英雄ローラン様が、魔王軍十万を前にしてたった一人で立ち向かった時に放ったとされる伝説のローラン語録だよ!『天上天下唯我独尊!我の背中についてこい!』……くぅーっ、痺れるね!あまりにもかっこよすぎる!一度は僕も言ってみたいものだよ」


カミーユ様がうっとりとした表情で語り出したその時だった。


バンッ!わたくしの脳内のおっさんがちゃぶ台に台パンをかます。


『俺はそんなこと言ってねぇ!!』


『いいか小娘。魔王軍と戦った後に、魔獣のうんこが「俺の背中についてないか?」って聞いたことはあるが。なんだよ天上天下って!誰がそんな恥ずかしいこと言うか!』


「で、でもカミーユ様は歴史の授業でそう教わったと……」


わたくしが心の中で反論すると、おっさんは頭を抱えて地団駄を踏んだ。


『後世の歴史学者はどんだけ俺を美化すれば気が済むんだよ!いったい誰なんだあの顔のモデルは!それにあんな痛い文字が書かれた服を着て歩かれるなんて、共感性羞恥がやばい!小娘、今すぐあのおかっぱ坊主の服を脱がせろ!』


「そんなこと、学園のど真ん中でできるわけありませんわ!」


わたくしが脳内で大暴れするおっさんを必死になだめている間も、カミーユ様はご自身の胸元のクソダサTシャツ……もとい、ローラン限定Tシャツを誇らしげに見せびらかしていた。


「どうだい?このプリントされたローラン様の美しさ。気高い精神が伝わってくるようだろう?まるでこの身に宿ったかのようだ」


「え、ええ……とっても、個性的で素敵だと思いますわ……。(この身に宿っているのは、わたくしなんですけどね…)」


わたくしは引きつった笑顔で頷くしかなかった。脳内ではおっさんが、恥ずかしさで布団の上を転げ回っている。


そんなわたくしたちの様子を見ていたクララが、ふう、と深くため息をついた。


「まあ、殿下が何を好んで着ようと自由ですけれど。お二人とも、あまり目立つようなことは控えた方がよろしいのではないですか?」


クララの言葉に、フェリックス様も深く頷いた。


「クララ様の言う通りです。殿下は王国の第二王子。そしてエリザベート嬢は……失礼ながら、爵位を落とした男爵家の令嬢です。周囲の貴族たちがこの関係をいつまでも黙って見過ごすとは思えません」


フェリックス様の真摯な言葉に、わたくしはハッと我に返った。


そうだ。わたくしたちは、本来ならこうして同じテーブルで甘いデザートを食べさせ合っていることすら許されない身分なのだ。


数世代前の爵位入れ替えトーナメントで敗北を繰り返し、没落した貧乏男爵家。かたや、国の未来を背負う王族。


カミーユ様の優しさと甘い言葉に浮かれて、つい忘れてしまっていた。この夢のような時間は、いつか必ず終わりが来るのだと。


わたくしは膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、伏し目がちに口を開いた。


「フェリックス様の仰る通りですわ。わたくしのような落ちこぼれの没落令嬢が、殿下のおそばにいるなんて、分不相応にもほどがあります」


「エリザベート……」


クララが心配そうにわたくしの名を呼ぶ。わたくしは無理に笑顔を作って、カミーユ様を見つめた。


「カミーユ様。わたくし、覚悟はできております。もし、殿下に相応しい、家柄も身分も立派な正式な婚約者がお決まりになったら……その時は、綺麗に身を引きますわ。ですから、それまでの間だけでも、どうかこうして……」


健気な没落男爵令嬢の切ない恋心。自分で言いながら、少しだけ涙が出そうになってしまったわ。


周囲の空気もしんみりとし、フェリックス様も同情的な目を向けている。


しかし、カミーユ様はまったく悪びれる様子もなく、それどころか太陽のように爽やかな笑顔を浮かべた。


「ああ、そのことなら何も心配いらないよ、エリザベート」


「えっ?」


「もし父上たちが勝手に僕の婚約者を決めるようなことがあれば、その時は僕が王位継承権を放棄して平民になるからね!」


「……はい?」


あまりにもあっけらかんと言い放たれた言葉に、わたくしの思考は一瞬停止した。


「それか、いっそのことこの国の身分制度そのものをぶっ壊そうかと思って。爵位とか身分とか、そういう面倒なルールがあるからエリザベートが悲しい思いをするんだよね?だったら、王家も貴族も全部一度更地にして、僕とエリザベートが新しく平等な国を建国すればいいんだ!幸い、僕には魔法の才能があるから、王城くらいなら一撃で吹き飛ばせるしね!」


カミーユ様は、最高のお菓子を作り上げた時と同じくらいキラキラとした瞳で、とんでもない国家反逆の計画を語り出した。


静まり返るテラス席。


数秒の沈黙の後、フェリックス様が椅子から転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がった。


「殿下ぁぁぁぁっ!!私利私欲で国家を転覆させないでください!!」


「大丈夫だよフェリックス。君の家は残してあげるから。僕はエリザベートのためなら、この世の全てを手にしてみせる!それに知らないのかい?ローラン語録にもこう載っている。『俺は一度手にした愛すべきものは絶対に手放さない』と」


『だから微妙に変わってんだよ!それは酒瓶取り上げられそうになった時に言ったやつだろ、たぶん!』


「そういう問題ではありません!王族が自ら革命を起こしてどうするんですか!」


フェリックス様の裏返った悲鳴が中庭に響き渡る。


「ちぃ、このバカ王子。煩悩だらけじゃねぇか!」クララが吠える。


さすがのわたくしも、カミーユ様のスケールの大きすぎる愛情表現には驚いてしまった。


けれど。


わたくしのために、国を一つ更地にしてでも一緒にいようとしてくださる。その狂気じみた、けれど真っ直ぐな想いが、どうしようもなく嬉しかったのだ。


「カミーユ様……わたくしのために、そこまで考えてくださっていたのですね。素敵ですわ!」


「エリザベートが喜んでくれてよかったよ。さあ、残りのミルフィーユも食べようか。あーん」


「あーん……んー、やっぱりカミーユ様の作られるお菓子は世界一ですわ!」


『そんなことはどうでもいいから!このおかっぱ坊主の俺への認識をあらためさせろ!』


「エリザベート嬢まで頭がおかしくなってしまった!王太子殿下を呼んできてください!!」


脳内のおっさんとフェリックス様の悲痛な叫びが重なる。


クララも完全に目が死んでおり、ぶつぶつと「やっぱ殴ってもいいかな、このバカ王子」と呟いていた。


そんな二人を横目に、わたくしたちは再び甘いデザートタイムへと戻っていった。


身分差の壁など、この狂おしいほどの愛と、必要ならば放たれるであろう極大魔法の前では、意味をなさないのだ。


没落男爵令嬢のわたくしと、女子力爆発の第二王子とのお付き合いは、今日も平和に周囲の胃をキリキリと痛めつけながら続いていくのだった。

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