【第10話】ビバ!夏休み。領地開拓は腕力で
赤点を無事に回避し、待ちに待った夏休みがやってきた。
わたくしは遊んでばかりもいられないので、まずはシュヴァリエ領のお仕事を手伝うことにした。
我がシュヴァリエ領に隣接する土地は、小型の魔獣が住み着く開拓が難しい森林地帯だ。アルトリア王国では、未開の土地は開拓した貴族に所有権が発生するというルールがある。
そのため、数世代前の連敗で領地の大部分を没収され、慢性的な土地不足に悩まされている我がシュヴァリエ家では、隣地の開拓を日々頑張っているのである。
「みなさま、本日はよくおいでくださいました。まさかカミーユ殿下まで手伝いに来てくださるとは」
シュヴァリエ家の裏庭から続く深い森の入り口で、アルベールお父様が人の良さそうな笑顔で友人たちに挨拶をした。
今日はなんと、いつものメンバーがわたくしの家の手伝いにわざわざ来てくれたのだ。
「エリザベートの家のためなら当然さ。それに、自然の中でエリザベートと共に汗を流すなんて最高じゃないか」
爽やかな笑顔で答えるカミーユ様。しかし、そのお言葉とは裏腹に、今日も胸元にはクソダサいローラン限定Tシャツが輝いていた。
本日のプリントは、無駄にキラキラした八頭身のローラン様が動物たちに囲まれて微笑んでいる絵柄で、その下には達筆でこう書かれている。
『さぁ、森の獣たちよ、我が胸に飛び込んでこい!』
脳内で、万年床で寝転がっていたおっさんこと師匠がさっそく頭を抱えた。
『だから美化するな!『我が胸』じゃねぇ『我が罠』だ!晩飯用のイノシシを捕まえたかっただけだ!』
わたくしは師匠のツッコミを華麗にスルーし、カミーユ様に微笑み返した。今日もクソダサTシャツが決まっていますわよ、カミーユ様。
さっそくわたくしたちは、未開拓の森へと足を踏み入れた。
見上げるほど巨大な木々が鬱蒼と立ち並んでいる。木を一本切り倒して、その太い切り株を根元から引き抜くだけでも、普通の人なら途方もない重労働だ。そう、普通の人なら。
「エリザベート、まずは私にまかせて。……ウィンド・エッジ!」
クララが杖を振り抜くと、鋭い風の刃が発生し、巨大な木がスパンッと音を立てて綺麗に切り倒された。さすがは学年トップクラスの魔法の使い手だ。
「お見事ですわ、クララ!じゃあ、残った切り株はわたくしが抜きますわね」
『おいエリー。切り株を抜く時は腰で持とうとするなよ。腰を痛めるぞ。背筋を伸ばし、スクワットの要領で足の力を使って一気に抜くんだ』
師匠の的確すぎる林業指導に従い、わたくしは桃色軍手甲をはめた両手で巨大な切り株をガシッと掴んだ。ピンク色の魔力を足の筋肉に集中させ、一気に立ち上がる。
ズゴゴゴゴゴゴォォォ!
すさまじい地鳴りと共に、太い根がブチブチとちぎれ、直径二メートルほどもある切り株がスポーンと宙に舞った。
「すごいよエリザベート!これならどんどん開拓がすすみそうだね!」
カミーユ様が拍手喝采を送る横で、フェリックス様が倒れた大木を風魔法で手際よく切り分けていく。
「殿下も感心してばかりいないで、何か手伝ってください!」
「僕だって手伝っているよ。ほら」
カミーユ様が指を鳴らすと、土魔法で作られた薄い円盤が空中に現れ、それが風魔法によってわたくしの頭上の絶妙な位置にふわりと浮遊した。
円盤はわたくしの動きに合わせてピタリとついてきて、夏の強い日差しを完璧に遮ってくれる。
わたくしの美しい白肌はこうして守られているのだ。カミーユ様に、これ以上重要なお仕事があるでしょうか。いや、ない!
「ほほう、さすがは殿下。二属性の魔法を無詠唱で同時に操るとは」
お父様が感嘆の声をあげる。カミーユ様の魔法の才能は本当に素晴らしいのだが、使い道が完全にわたくしの過保護サポートに全振りされている。
「おい!こっちにもその日除けをよこせっ!つかえねーコケシだな!」
汗を拭いながらクララが暴言を吐くが、カミーユ様は聞こえないふりをしている。
「それでは私は、切り株のなくなった場所を……」
お父様が優しく土魔法を使うと、荒れていた地面がみるみるうちにふかふかの黒土に変わっていく。
クララが木を倒し、わたくしが根を抜き、フェリックス様が木材に加工し、お父様が畑を作り、カミーユ様がわたくしを日差しから守る。わたくしたち五人の完璧な連携で、森の開拓は恐ろしいスピードで進んでいった。
「みなさま、昼食をお持ちいたしました」
ちょうどお昼になり、太陽が真上にきた頃、クロエが大きなバスケットを持って音もなく現れた。中には美味しそうな手作りサンドイッチがぎっしりと詰まっている。
「それでは私は、椅子をお作りしましょう」
フェリックス様が先ほど切り分けた大木の枝を魔法で器用に組み合わせ、あっという間に五人分の立派な木製の椅子を作り上げた。さすがはフェリックス様、魔法の精密さや繊細さにおいては右に出るものがいない。
わたくしたちは、クララが綺麗に切断した巨大な切り株をテーブル代わりにし、昼食をとることにした。
「じゃあ僕は日除けをパワーアップしよう」
カミーユ様が再び指を鳴らすと、今度は切り株の周りの土が盛り上がり、あっという間に美しい装飾が施された土のガゼボ(西洋風あずまや)が出来上がった。風通しも良く、中はとても涼しい。
友人たちと森の中の涼しいガゼボで、一緒に食べるサンドイッチと冷たい紅茶は、最高に美味しかった。
昼食を終え、みなでしばし歓談をして休憩していた時のことだ。
「私は少しお花を摘みにいってきますわ。すぐに戻ります」
クララがすっと立ち上がった。なるほど、お手洗いですわね。乙女の隠語というやつだ。
「え?花を摘みにいくの?僕もエリザベートに可愛い花を贈りたいからついていくよ」
カミーユ様が本気で勘違いして立ち上がろうとした。
「ついてくんじゃねーよ、ハゲ!」
「だから殿下はハゲておりません!やめてくださいクララ様!」
フェリックス様が胃のあたりを押さえながら必死にフォローを入れる。
「カミーユ様、クララは一人で散歩がしたいだけですわ。そっとしておいてあげてくださいな」
「そうなんだ、なら最初からそう言ってくれればいいのに」
不思議そうな顔をするカミーユ様を尻目に、クララはものすごい形相でメンチを切りながら、森の奥へと姿を消していった。
……数分後。
「きゃー!みなさん、逃げてくださーい!」
森の奥から、クララがものすごいスピードでダッシュして戻ってきた。
「クララ、どうしましたの!?」
わたくしがクララの背後をよく見ると、彼女の後ろには小型の蜂型魔獣「キラーホーネット」の巨大な群れが黒い雲のように迫っていたのだ。
「アレは危険だ!ガゼボの入口を、格子で塞ぐよ!」
カミーユ様がすかさず土魔法を発動させ、ガゼボの四方をキラーホーネットが通れないサイズの頑丈な格子で一瞬にして塞ぎきった。
「おいっ!コラテメーっ!私がまだ外にいるだろ!開けやがれっ!」
「ごめんごめん、エリザベートのことしか見ていなかったから気づかなかったよ」
カミーユ様が慌てて格子の一部を開け、ギリギリのところでクララはガゼボの中に転がり込むように避難した。
「テメー、いつか絶対殺す!」
「物騒なことを言わないでください、クララ様!」
フェリックス様が悲痛な叫びを上げる。
「はははっ。さすがは、いとこ同士ですな。クララ様も殿下に冗談をおっしゃるとは」
いいえお父様、あれは冗談ではありません。完全に本気の目ですわ。
それにしても困りましたわ。ガゼボの周りには、獲物を逃した数百匹のキラーホーネットがブンブンと羽音を立てて群がっている。
このままでは作業に戻ることができない。
「師匠!……ししょー?」
『な、なんだエリー』
「寝てました?」
『いや、ね、寝てないぞ。ピンチなんだな!』
絶対に寝てましたね、このおっさん。
わたくしは呆れつつも、現状を説明した。
「キラーホーネットに囲まれてしまいましたの。わたくしだけならダッシュで逃げ切れますけれど、他の方は逃げ切れないと思いますわ」
『一匹一匹は大したことはないが、これだけの大群だと数カ所は刺されるだろうな。よし、良い機会だ。今回はフットワークの訓練をするぞ』
「フットワークですか?」
『ああ。お前は直線なら音も置き去りにするほどのスピードが出せる。だが測定のゴーレム戦でもそうだったが、今のままでは小回りが効かない。蜂の大群を全部叩き落とすのはいい訓練になるだろう』
なるほど、確かにそうですわね。
『いいか、全力で地面を蹴るんじゃない。つま先立ちになって、常に左右にステップを踏み続けるんだ。気配察知も忘れるな。死角から来る蜂の動きを肌で感じ取れ』
「わかりましたわ!」
師匠のアドバイスを受け、わたくしは覚悟を決めた。
「カミーユ様、わたくしが外に出ますわ」
「えっ!?ダメだよエリザベート、君の美しい肌に傷がついたらどうするんだい!」
「大丈夫ですわ、すぐに終わらせますから。少しだけ格子を開けてくださいませ」
「……わかった。くれぐれも気をつけるんだよ、エリザベート」
カミーユ様が一瞬だけ入口の格子を解除すると同時に、わたくしは外へ飛び出した。
一斉にわたくしに向かって襲いかかってくる数百匹のキラーホーネット。
わたくしは気配察知の魔力センサーを全開にし、師匠の教え通りにつま先立ちで地面を軽く弾くようにステップを踏んだ。
ピンク色の魔力が全身を駆け巡り、右に左にと高速で動き続ける。蜂の針がわたくしの頬を紙一重でかすめるが、当たることはない。
わたくしは左右に高速移動しながら、気配察知で捉えた蜂たちに向かって、目にも止まらぬ速さでピンクストライクによる連続パンチを繰り出し続けた。
「絶対可憐・桃色超速連続拳ですわーっ!」
ポフッ!パァンッ!ポポポポポポポポッ!
わたくしの拳が空を切るたびに、キラーホーネットが次々と地面に叩き落とされていく。
数分後には、あれほど空を覆っていた数百匹のキラーホーネットが、一匹残らず地面に転がっていた。
「さすがだね、エリザベート!まるで舞い踊る妖精のようだったよ!」
カミーユ様が格子を消し去り、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
こうして、キラーホーネットの脅威は無事に去り、わたくしたちは開拓作業を再開することになった。
午後からも作業は順調に進んでいたのだけれど……。
「これはまいったね」
お父様が眉間にしわをよせながら頭を抱えた。
わたくしたちの目の前には、地面から突き出した巨大な岩石が立ち塞がっていた。地表に見えている部分だけでもかなりの大きさだが、地面の下にいったいどれほどのサイズが潜んでいるのか想像もつかない。
フェリックス様が風の魔法で岩を削ろうとするが、表面に薄い傷がつく程度で全く刃が立たない。
「この超硬質な岩盤は、私の魔法でも無理そうです」
「ここに関しては、もう手がつけられないね。残念だけど、今日の開拓はここまでにしようか」
お父様が諦め顔で仕事を切り上げようとした。
しかし、この岩をどかせばもっと領地が広がるのだ。領民のためにも、ここで諦めるわけにはいかない!
「待ってください、お父様。わたくし、なんとかしてみせますわ!」
「えっ?エリザベート、いくらお前でもこの大きさは……」
わたくしは岩の前に立ち、脳内の扉をノックした。
「師匠、やっちゃってもいいでしょうか?」
『おう、ここ最近細かいコントロールばかりだったからな。久しぶりに全力でいけ!』
師匠の嬉しいお許しが出たわたくしは、体内の魔力を限界まで引き出し、全力で解放した。
わたくしの周囲に、凄まじい風圧を伴うピンク色の魔力嵐が吹き荒れる。圧縮された魔力によって、わたくしの右腕がまるでガーネットのように美しく、そして凶悪に光り輝いた。
「いくわよ!絶対可憐・桃色乙女岩砕拳《ウルトラ・ラブリー・ピンク・ストーン・ブレイク》ですわーっ!!」
わたくしの渾身の一撃が、超硬質な巨大岩石の中心に激突した。
ドゴオォォォォォォォン!!!
耳をつんざくような凄まじい轟音と共に、地中に深く埋まっていた巨大岩石が木端微塵に粉砕され、周囲に石の雨が降り注いだ。
「やりましたわ!」
わたくしがガッツポーズをした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
足元の地面を揺らしながら、不気味な地鳴りが響き始めた。
「な、なにごとだい!?」
「殿下、お下がりください!」
わたくしが粉砕して開けた巨大なすり鉢状の大穴の底から、ゴボゴボという音と共に何かが湧き上がってくる。
ドバァァァァァァァァァッ!!
次の瞬間、大穴から空高くに向けて、大量の水……いや、熱気を帯びた温水が大柱となって吹き出したのだ。
わたくしの全力の一撃が岩盤を通り越し、地下深くの温泉源にまで到達してしまったらしい。
「こ、これは、温泉かい?」
降り注ぐお湯を浴びながら、カミーユ様が目を丸くする。一瞬にして水浸しになったわたくしに、カミーユ様はすぐさま優しい風魔法で、濡れた髪を優しく乾かしてくれた。
「素晴らしい!ありがとうエリザベート!」
ズブ濡れになったお父様が、なぜか両手を天に掲げて大歓喜している。
「この豊かな温水の熱を利用すれば、冬場でも南国のフルーツや作物を育てられるよ!シュヴァリエ領の農業はさらに発展するぞ!」
お父様の頭の中は、どこまでいっても農業のことしかないらしい。
しかし、わたくしとクララの視線は違っていた。クララと顔を見合わせ、二人でニヤリと笑う。
(いや、お父様。ここは温泉施設を建てて一大観光地にすれば、シュヴァリエ領の莫大な収入になりますわ……!)
わたくしの頭の中では、すでに豪華な温泉宿と、チャリンチャリンと鳴る金貨の音が響き渡っていた。
小躍りして喜ぶ平和なお父様を見て、今はまだ「温泉街で一山当てようぜ!」とは言い出せないわたくしであった。




