90話
結界の中。
恒一と暁は背中合わせに立っていた。
周囲から大量の妖気が押し寄せてくる。
「暁!」
「分かってる!」
暁が手を前に出す。
白い妖気が一気に膨れ上がった。
次の瞬間、結界の壁に無数の亀裂が走る。
「……っ!」
黒峰の表情が変わった。
「馬鹿な」
術式を維持しているはずなのに、結界の方が耐えられていない。
「契約が……変化している?」
恒一の右手。
そこに刻まれた契約紋が強く輝いていた。
暁の手にも同じ光。
二人の紋様が繋がっていく。
「恒一」
「どうした」
「手」
「ん?」
「離さないで」
暁が強く握る。
「絶対に」
「分かってる」
恒一も握り返した。
その瞬間。
ドクン。
二人の間で何かが弾けた。
白い光が周囲を包み込む。
黒峰が後退する。
「契約の再構築だと……?」
暁の妖気が今までとは比べ物にならないほど膨れ上がっていく。
それなのに暴走していない。
恒一が隣にいる。
ただそれだけで、完全に制御されていた。
「これが……」
黒峰が呟く。
「白鬼と契約者の本来の形……」
暁が目を開く。
瞳が白く輝く。
「恒一」
「ああ」
「行く」
「一緒にだ」
二人が同時に踏み込む。
一瞬だった。
周囲の妖が次々と吹き飛ばされる。
黒峰が術式を展開する。
「止まれ!」
巨大な術式が二人を包み込む。
だが暁が一歩前へ出る。
「邪魔」
白い斬撃。
術式ごと切り裂いた。
黒峰の顔から笑みが消える。
「ありえない……」
恒一が暁の隣へ並ぶ。
「終わりだ」
黒峰が距離を取る。
「今日は引く」
「逃がすか!」
恒一が追おうとする。
だが暁が手を掴んだ。
「待って」
「でも」
「大丈夫」
暁は黒峰を見る。
「もう分かった」
黒峰が振り返る。
「何がだ」
暁は恒一の手を握ったまま答える。
「私たちを引き離せばいいと思ってる」
「……」
「でも逆」
暁の妖気が再び膨れ上がる。
「私たちは離れないほど強くなる」
黒峰の表情が険しくなる。
「……覚えておけ」
そう言い残し黒峰は闇の中へ消えた。
静かになる。
恒一は暁を見る。
「大丈夫か?」
「うん」
「さっきの力は?」
「分からない」
暁は自分の手を見る。
「でも……」
その手を恒一へ伸ばす。
「恒一がいたから怖くなかった」
「そうか」
暁は少し笑った。
「約束、守ってくれたな」
「お前もな」
「うん」
二人はそのまま家へ戻った。
夜。
戦いの後なのにいつものベッド。
いつものように二人で横になる。
暁は恒一へ抱きついた。
「……」
今日はいつもより強く。
「まだ怖いのか?」
「違う」
「じゃあ何だ?」
暁は少し迷う。
そして。
「嬉しい」
「何が?」
「恒一が私の隣にいること」
恒一は黙った。
暁は顔を上げる。
「今日、言えなかった」
「何を?」
「……」
あの言葉、好き。
戦いの途中で言おうとした。
でもまだ言えていない。
暁は少しだけ恒一の胸元に顔を埋める。
「いつか言う」
「そうか」
「ちゃんと伝える」
「待ってる」
その一言に暁の心臓が大きく跳ねた。
「……うん」
そして二人は眠る。
契約は変わった。
二人の距離も少しずつ変わっている。
だが一つだけ変わらないものがある。
暁は恒一から離れない。
そして恒一も、もう暁を一人にはしないと決めていた。
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