82話
翌朝。
恒一は眠かった。
ものすごく眠かった。
「……眠そうだな」
隣を歩く暁が言う。
「誰のせいだと思ってる」
「私?」
「そう」
暁は首を傾げる。
「何かしたか?」
「……何もしてない」
言えるわけがない。
昨夜、ずっと考えていた。
あの寝言のことを。
「恒一」
「ん?」
「昨日から変だ」
「そうか?」
「そうだ」
暁がじっと顔を見る。
恒一は目を逸らした。
「……」
「何か聞いたのか?」
その瞬間、恒一の足が止まった。
「……何でそう思う」
「昨日の夜から、私を見る時の目が変」
鋭い。
暁はしばらく恒一を見る。
そして少しずつ顔が赤くなっていく。
「まさか」
「……」
「私、寝ている間に何か言った?」
恒一も黙る。
答えればいい。
だがここで言ってしまったら。
たぶん暁は死ぬほど恥ずかしがる。
「別に」
「嘘」
「嘘じゃない」
「嘘だ」
珍しく暁が詰め寄ってくる。
「何を聞いた」
「何も」
「本当に?」
「本当に」
暁はじっと見つめる。
そして小さく息を吐いた。
「……ならいい」
学校、昼休み。
屋上。
「絶対何かあった」
彩音が言う。
「そうだな」
鬼塚も頷く。
「朝からずっと二人とも変」
暁は黙っている。
恒一も黙っている。
玲司だけが楽しそうだった。
「聞かれたんじゃない?」
その一言、暁が反応する。
「何を」
「寝言とか」
「……」
暁が固まる。
彩音が気付く。
「え?」
「もしかして」
鬼塚も気付いた。
「まさか」
暁の顔がどんどん赤くなる。
「……知らない」
「暁さん?」
「知らない!」
珍しく声を上げた。
そして屋上の端まで逃げていった。
「分かりやす……」
彩音が呟く。
午後。
授業が終わる。
帰り道、暁はずっと黙っていた。
恒一も何となく話しかけづらい。
しばらく歩いたところで。
「恒一」
「ん?」
「本当に何も聞いてない?」
また同じ質問。
恒一は少し迷う。
「……寝言を言ってた」
暁が止まる。
「何を」
「それは……」
言えない。
すると暁が顔を覆った。
「……最悪」
「そんなに?」
「忘れて」
「何を言ったかも?」
「全部」
完全に恥ずかしがっている。
恒一は少し笑った。
「分かった」
暁が顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
少し安心した。
だが恒一は続けた。
「ただ」
「何だ」
「嫌な寝言ではなかった」
暁の顔がまた赤くなる。
「……そう」
それだけ言って恒一の袖を掴んだ。
家へ帰る。
夕飯、風呂。
そして夜。
いつものベッド。
暁は少し迷っていた。
抱きつくか。
今日はやめるか。
だが結局、いつものように恒一へ近付く。
ぎゅっ。
「……」
「今日はやめないんだな」
「嫌なら言って」
「嫌じゃない」
その言葉を聞いて暁は安心したように目を閉じた。
そしていつもより少しだけ強く抱きつく。
「おやすみ」
「おやすみ」
暁は目を閉じる。
もう寝言を聞かれるのは怖い。
でも恒一の隣から離れる方が嫌だった。
だから今日も、好きな人に抱きついたまま眠る。
その腕には昨日より少しだけ力が入っていた。
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