7話
翌日。
神谷恒一は久しぶりに平和な朝を迎えていた。
……はずだった。
「近い」
「そうか」
「近いんだよ」
朝食中。
暁が隣の椅子に座っている。
向かい側ではなく、隣。
肩が触れる距離だ。
「向かい空いてるだろ」
「ここが最適」
「便利な言葉だな本当に」
暁は首を傾げる。
本気で不思議そうだった。
学校へ向かう途中。
恒一は妙な視線を感じていた。
前から後ろから横から。
「……見られてるな」
「監視」
暁が即答する。
「やっぱりか」
協会が放置を決めた。
だからといって本当に何もしないわけではない。
むしろ逆だ。
放置するために観察する。
そんな感じだろう。
教室。
ガラッ。
扉を開ける。
そして。
「おはよう」
「おはよう神谷」
「暁さんもおはよう」
普通だった。
あまりにも普通だった。
恒一は思わず立ち止まる。
数日前まで大騒ぎだったのに。
クラスメイトたちはもう慣れている。
適応力が高すぎる。
「どうした?」
暁が聞く。
「いや……」
人間ってすごいな。
そう思った。
昼休み、屋上。
恒一、暁、霧島彩音。
珍しい組み合わせだった。
氷室は協会の仕事。
鬼塚は訓練。
今日は彩音だけだった。
「協会は本当に放置することになったよ」
彩音が言う。
「そんな簡単に決まるのか?」
「簡単じゃないよ」
苦笑する。
「上の人たち、かなり揉めたらしいし」
だろうな。
恒一でも分かる。
暁みたいな存在がいたら頭を抱える。
「でも結論は同じ」
彩音が続ける。
「触らない方が安全」
暁がジュースを飲む。
相変わらず無表情だ。
「正しい判断」
「自分で言うな」
恒一が突っ込む。
その時だった。
屋上の扉が開く。
入ってきたのは鬼塚だった。
だが様子がおかしい。
険しい、かなり険しい。
「見つけた」
「どうした?」
彩音が聞く。
鬼塚は恒一を見る。
そして。
「最近この辺で妖怪の出現が増えてる」
と言った。
空気が変わった。
「増えてる?」
「ああ」
鬼塚が頷く。
「偶然にしては多すぎる」
恒一は少し考える。
鬼や妖怪は前からいた。
だが自分が関わり始めてから急に増えている気がする。
「原因は?」
彩音が聞く。
鬼塚は首を振った。
「まだ分からない」
そして視線が暁へ向く。
「ただ」
「?」
「お前が出てきてからだ」
放課後。
帰宅途中。
恒一はその話を考えていた。
「暁」
「なんだ」
「お前が封印されてた理由って何だ?」
初めて聞く質問だった。
暁は少し黙る。
そして。
「覚えていない」
と答えた。
「本当に?」
「一部しか残っていない」
珍しい。
曖昧ではなく断定だった。
記憶がない。
それは本当らしい。
「ただ」
暁が続ける。
「戦っていた記憶はある」
「誰と?」
「分からない」
夕焼けの空、風が吹く。
どこか寂しそうに見えた。
もちろん表情は変わらない。
だが恒一には少しそう感じた。
その夜、神谷家。
夕食後、珍しく暁がテレビを見ていた。
動物番組、猫特集。
「好きなのか?」
「興味深い」
猫が寝転がる。
猫が走る。
猫が転ぶ。
暁は真剣だった。
「そんなにか」
「理解できない」
「何が」
「なぜあの生物は許される」
恒一は吹き出した。
「確かにな」
「合理性がない」
「可愛いからだろ」
「なるほど」
納得したらしい。
その時、ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「誰だ?」
恒一が立ち上がる。
玄関を開く。
そこにいたのは氷室玲司だった。
しかもかなり焦っている。
「神谷」
「どうした」
氷室は息を整える。
そして。
「鬼塚がやられた」
と言った。
恒一の顔から笑みが消える。
「……は?」
「正確には生きている」
氷室が続ける。
「だが重傷だ」
ありえない。
鬼塚は協会でも上位戦力だったはずだ。
そんな相手が。
「誰にやられた」
恒一が聞く。
氷室は答えた。
「妖怪だ」
短い沈黙。
そして。
「今までの連中とは違う」
氷室の表情は真剣だった。
「知能がある」
その言葉を聞いた瞬間。
隣にいた暁の目がわずかに細くなった。
それは恒一が初めて見る反応だった。
まるで獲物を見つけた時のような。
冷たい視線だった。
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