64話
数日後
放課後。
「今日は部活の手伝いがあるから先帰るわ」
鬼塚が言う。
「じゃあ私も」
彩音も手を上げる。
結果、帰るのは恒一と暁だけになった。
いつものことだった。
校門を出る、夕方。
空は赤く染まり始めている。
「平和だな」
恒一が言う。
最近は夜行衆も動いていない。
襲撃以来、妙な静けさが続いていた。
「だから嫌だ」
暁は即答する。
警戒は解いていない。
むしろ以前より強い。
恒一に何かあればそう考えるだけで落ち着かなかった。
住宅街へ入る。
人通りも少なくなる。
その時だった。
風が止まる。
「……」
暁が足を止めた。
恒一も気付く。
空気が重い、嫌な妖気。
知っている気配だった。
「よう」
声が響く。
電柱の上。
黒い和服、長い黒髪、細い目。
黒峰だった。
「またお前か」
恒一が言う。
黒峰は笑う。
「挨拶に来ただけだ」
絶対嘘だった。
暁が一歩前へ出る。
恒一を庇う位置。
黒峰はそれを見て笑った。
「本当に変わったな」
「……」
「昔のお前なら人間を庇うなんてありえなかった」
暁は答えない。
その代わり妖気が少し強くなる。
不機嫌らしい。
「怖いな」
黒峰は肩をすくめた。
そして指を鳴らす。
その瞬間空間が歪む。
現れたのは一人の女だった。
黒い着物、長い銀髪、赤い瞳。
人間ではない。
妖怪だ。
しかも強い。
今まで戦った連中とは格が違う。
「紹介しよう」
黒峰が笑う。
「夜行衆幹部」
「雪華」
女は無言だった。
ただ暁を見ている。
まっすぐ。
「白鬼」
小さく呟く。
その声は冷たい。
「久しぶり」
暁の表情が変わる。
知り合いらしい。
恒一は初めて見る反応だった。
「知ってるのか」
「……昔からいる」
短い返事。
それだけで十分だった。
雪華は数秒黙る。
そして。
「帰ってきて」
と言った。
静かな声だが本気だった。
「嫌だ」
暁は即答する。
迷いもない。
雪華は目を伏せた。
少しだけ悲しそうだった。
「なぜ」
「ここが私の居場所だから」
その答えを聞いて雪華の視線が恒一へ向く。
冷たい、かなり冷たい。
恒一はため息を吐く。
またか。
「契約者」
雪華が言う。
「お前が変えた」
「どうだろうな」
恒一が答える。
雪華は何も言わない。
ただ見ている。
敵意、殺意。
それとは少し違う。
もっと複雑な感情だった。
黒峰は楽しそうだった。
「面白い」
本当に楽しそうだ。
そして。
「今日は帰る」
と言った。
「だが」
黒峰の笑みが深くなる。
「次は戦いだ」
嫌な予告だった。
雪華も一歩下がる。
そして最後に暁を見る。
「待ってる」
その一言だけ残して二人は妖気と共に消えた。
静寂。
住宅街には何も残らない。
数秒後、恒一が息を吐く。
「知り合いか」
「うん」
暁は小さく頷く。
「昔からいた」
その声は少しだけ沈んでいた。
珍しい恒一は横を見る。
「会いたかったのか」
暁は考える。
そして首を横に振った。
「違う」
少し間を置いて。
「でも」
「悲しそうだった」
そう言った。
雪華の顔が頭から離れない。
敵、それは間違いない。
だがそれだけでもなかった。
家へ帰る。
夕飯、風呂。
そして夜。
いつものベッド、部屋は静かだった。
「恒一」
「ん?」
暗闇の中、暁が呼ぶ。
そして少しだけ近付く。
最近の癖だった。
「私は」
言葉が止まる。
少し考える。
そして。
「戻らない」
とだけ言った。
恒一は笑う。
「知ってる」
即答だった。
その返事を聞いて暁は少し安心した。
目を閉じる。
どれだけ過去が追いかけてきても今の居場所は変わらない。
そう思えたからだった。
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