60話
夜。
静かな部屋。
恒一の寝息が聞こえる。
規則正しい呼吸。
隣では暁が目を開けていた。
眠れない。
最近こういうことが増えた。
恒一が隣にいると安心する。
安心するのに時々眠れなくなる。
理由は分からない。
「……」
横を向く。
恒一の顔が見える。
無防備な寝顔、何の警戒もしていない。
暁は少しだけ手を伸ばす。
そして髪に触れそうになって止めた。
何をしているんだろう。
自分でも分からない。
昔の自分ならこんなことは絶対にしなかった。
そもそも誰かの寝顔を、見ていること自体ありえない。
「恒一」
小さく呟く。
返事はない。
当然だ。
寝ている。
それでも名前を呼ぶだけで少し落ち着いた。
不思議だった。
出会った頃を思い出す。
契約した日。
初めて同じ家で暮らした日。
学校へ行った日。
夜行衆との戦い。
動物園、遊園地。
色々なことがあった。
全部、恒一と一緒だった。
そしてこれからも一緒だと思っていた。
当たり前のように。
ずっと。
「……あ」
その瞬間だった。
ふと玲司の言葉を思い出す。
彩音の言葉も。
好きな人はいるか。
離れたくない人はいるか。
誰よりも大切な人はいるか。
全部答えは同じだった。
一人しかいない。
恒一だ。
朝起きて顔を見ると安心する。
学校で会うと落ち着く。
帰る場所には必ずいてほしい。
怪我をしたら嫌だ。
誰かに取られるのはもっと嫌だ。
ずっと一緒にいたい。
隣にいたい。
触れていると安心する。
いない生活は想像できない。
そこまで考えて暁はようやく理解した。
「……好きなんだ」
小さな声だった。
誰にも聞こえない。
聞こえるのは自分だけ。
そうか、これが好きなのか。
恋なのか。
今まで知らなかった感情。
だから分からなかった。
でも答えはずっと前から出ていた。
気付いていなかっただけ。
暁は少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「遅いな」
自分でそう思う。
彩音なら絶対笑う。
玲司も笑う。
鬼塚は呆れる。
恒一はどうだろう。
そこまで考えて今度は別の感情が生まれた。
少し怖い。
もし嫌われたら。
もし断られたら。
今の関係が壊れたら。
その想像は嫌だった。
だから今はまだ言わない。
そう決める。
「……もう少し」
小さく呟く。
もう少しだけ今のままでいい。
隣にいられるなら。
そう思った。
その時、恒一が寝返りを打つ。
そして無意識に暁の肩へ腕が乗った。
「……」
固まる。
数秒顔が少し熱い。
慌てて離そうとしてやめた。
起こすのも悪い。
だから仕方ない。
本当に仕方ない。
そういうことにした。
「おやすみ」
眠っている恒一へ小さく言う。
返事はない。
それでもなぜか少し嬉しかった。
そして暁も目を閉じる。
好きだと自覚した初めての夜。
その表情は以前よりずっと穏やかだった。
こうして白鬼と呼ばれた最強の鬼はようやく初恋を知った。
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