52話
動物園。
午後。
彩音たちと別れて自由行動になった。
集合時間は一時間後。
恒一と暁は適当に園内を歩いていた。
「意外と広いな」
「そうだな」
のんびりした時間だった。
猛獣エリアを抜け鳥類エリアへ向かう。
その途中。
「うぅ……」
小さな泣き声が聞こえた。
恒一と暁が足を止める。
植え込みの近く。
五歳くらいの女の子がいた。
泣いている。
周囲を見回しても保護者らしき姿はない。
「迷子か」
恒一が言う。
「多分」
暁が近付く。
女の子は一瞬びくっとした。
無理もない。
暁は黙っていると少し怖い。
しかし暁はしゃがみ込む。
目線を合わせる。
「どうした」
優しい声だった。
恒一も少し驚く。
女の子は泣きながら答える。
「ママがいない……」
「名前は」
「ゆい……」
「そうか」
暁は頷く。
そして少しだけ迷ってから女の子の頭を撫でた。
「大丈夫」
短い言葉だった。
だが不思議と安心できる声だった。
女の子の泣き声が少し小さくなる。
「見つかる」
「ほんと?」
「うん」
そのやり取りを見ていた恒一は少し笑った。
「何だ」
暁が見る。
「いや」
少し考えて。
「優しいなと思って」
と言った。
暁は首を傾げる。
「普通だ」
「そうか?」
「そうだ」
本人は本気でそう思っている。
以前なら考えられなかった。
昔の白鬼なら迷子を見ても興味すら持たなかっただろう。
数分後。
案内所へ到着。
職員へ事情を説明する。
そして迷子放送が流れた。
しばらくすると慌てた様子の女性が駆け込んでくる。
「ゆい!」
「ママ!」
女の子が飛び付いた。
無事再会だった。
母親は何度も頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「いえ」
恒一が答える。
その横で女の子が暁の服を掴んでいた。
「ん?」
暁が見る。
女の子は少し照れながら言った。
「おねえちゃん、かっこよかった」
「そうか」
「うん!」
嬉しそうだった。
そして少し考えてから。
「ママみたいだった!」
静寂。
恒一が吹き出した。
職員も笑いを堪えている。
母親も苦笑い。
暁だけが固まった。
「ママ?」
「うん!」
女の子は満面の笑みだった。
「優しかった!」
「……」
暁は人生で初めて返答に困った。
結局、女の子と母親は帰っていった。
静かになる。
そして恒一が笑う。
「良かったな」
「何がだ」
「ママ」
暁が睨むだが迫力はなかった。
むしろ少し困っている。
「意味が分からない」
「俺も分からん」
「笑った」
「面白かったからな」
暁は少し不満そうだった。
そのまま歩き出す。
しかし数歩進んだところで、ふと恒一が言った。
「でも」
「?」
「優しかったのは本当だと思うぞ」
暁が止まる。
「そうか」
「うん」
それだけだった。
だがなぜか少し嬉しかった。
集合時間。
彩音たちと合流する。
当然、迷子の件はすぐに知られた。
「ママ!」
彩音が笑う。
「やめろ」
「ママ!」
「やめろ」
鬼塚まで笑っていた。
氷室も肩を震わせている。
暁は珍しく本気で疲れていた。
帰りの電車
全員座っている。
彩音と鬼塚は楽しそうに話している。
氷室は本を読んでいる。
恒一は窓の外を見ていた。
その隣、暁が座っていた。
そして数分後。
こてん。
肩に重みがかかる。
暁だった。
眠っている。
「おい」
反応なし。
完全に寝ていた。
今日は歩き回った。
疲れたのだろう。
恒一はため息を吐く。
だが起こさなかった。
そのままにしておく。
反対側から彩音がニヤニヤしていた。
「写真撮ろうかな」
「やめろ」
即答だった。
夕暮れの電車。
暁は安心したような顔で眠っていた。
そして、気付かないうちに少しだけ恒一の肩へ体重を預けていた。
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