50話
翌日、朝。
恒一は登校しながら空を見上げていた。
嫌な感じがする。
理由は分からない。
だが何かが近付いている。
そんな感覚だった。
「どうした」
隣を歩く暁が聞く。
「何か嫌な予感がする」
「奇遇だな」
暁も同じらしい。
二人とも無意識に警戒していた。
学校、授業。
昼休み。
一見すると平和だった。
だが屋上へ向かう途中。
暁が立ち止まる。
「いる」
短く呟く。
恒一も気付いた。
妖気、しかも今までとは比べ物にならない。
重い、濃い危険だ。
屋上の扉を開く。
風が吹く。
そこには一人の男が立っていた。
黒い和服、長い黒髪、細い目。
人間にも見える。
だが違う。
圧倒的な妖気。
今まで戦った妖怪とは格が違った。
「やっと来たか」
男が笑う。
その瞬間暁の表情が変わった。
「……夜行衆」
「正解」
男は楽しそうだった。
「夜行衆幹部」
「黒峰」
その名前だけで空気が重くなる。
恒一も本能で理解した。
強い間違いなく。
「何の用だ」
暁が聞く。
黒峰は笑った。
そして真っ直ぐ暁を見る。
「迎えに来た」
「断る」
即答だった。
迷いはない。
黒峰は肩をすくめる。
「相変わらずだな」
「昔のお前なら喜んだ」
「私は昔じゃない」
静かな声だった。
だが強い意志があった。
黒峰は少しだけ目を細める。
「本当に変わった」
そして視線が恒一へ向く。
嫌な視線だった。
まるで値踏みするような。
「お前か」
「白鬼を変えた契約者は」
恒一は黙って睨み返す。
黒峰は笑った。
「面白くないな」
「何がだ」
「弱い」
即答だった。
「どう見ても普通の人間だ」
事実だった。
恒一は最強ではない。
特別な血筋でもない。
暁みたいな化け物でもない。
それでも黒峰には理解できなかった。
「なぜお前なんだ?」
その時暁が一歩前へ出る。
「それ以上言うな」
空気が震える。
黒峰は笑う。
「怒るな」
「事実だろう?」
「黙れ」
冷たい声だった。
周囲の温度が下がる。
だが黒峰は楽しそうだった。
「いいな」
「その顔だ」
「昔のお前に近い」
暁は無言。
だが以前とは違う。
白鬼だった頃ならきっと感情は動かなかった。
だが今は違う。
恒一を侮辱されると不快だった。
はっきりと黒峰はそれを見ていた。
そして大きく笑う。
「なるほど」
「そういうことか」
何かを理解したらしい。
そしてゆっくり振り返る。
「今日は帰る」
「だが覚えておけ」
黒峰は最後に言った。
「夜行衆は諦めない」
「白鬼は我らの王だ」
「違う」
暁が言う。
黒峰が振り返る。
「私は白鬼じゃない」
少し間を置いて暁は続けた。
「私は暁だ」
静寂。
風が吹く。
黒峰は数秒黙った。
そして初めて笑みを消す。
「そうか」
それだけ言い残し黒い妖気と共に消えた。
静かな屋上。
数秒後。
「終わったか」
恒一が息を吐く。
「多分な」
暁も頷く。
だが完全には終わっていない。
それは分かっていた。
その時後ろから拍手が聞こえた。
振り返る玲司だった。
「良いもの見た」
「盗み見か」
「失礼だな」
全然反省していない。
玲司は暁を見る。
そして少しだけ真面目な顔になった。
「聞いていい?」
「何だ」
「今でも分からない?」
暁は首を傾げる。
玲司は言った。
「神谷恒一のこと」
静かな風が吹く。
以前なら暁は迷わず分からないと答えていた。
だが今日は違った。
少し考える。
そして小さく呟く。
「大切だ」
玲司が笑う。
恒一は少し驚く。
暁は続けた。
「誰よりも」
迷いはなかった。
それだけは確信できる。
玲司は満足そうに頷く。
「それで十分だよ」
そう言って去っていく。
屋上には二人だけが残った。
「帰るか」
恒一が言う。
「うん」
暁が頷く。
そして歩き出そうとしてふと恒一の制服の袖を掴んだ。
「どうした」
「別に」
そう言いながら離さない。
少しだけ本当に少しだけ、以前より笑うようになった少女は自分でも気付かないまま、少しずつ確実に恋へ近付いていた。
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