39話
金曜日の夜。
夕飯も終わり、風呂も済ませた後。
恒一はリビングのソファでだらだらしていた。
テレビを見ているが、内容はほとんど頭に入っていない。
「暇だな」
「そうだな」
隣では暁が本を読んでいた。
最近はこうして同じ空間にいるのが当たり前になっている。
会話がなくても気まずくない。
むしろ落ち着くそんな時間だった。
しばらくすると、暁が本を閉じる。
「恒一」
「ん?」
「散歩に行く」
「今から?」
時計を見る、夜九時過ぎ。
普通なら面倒だから断る。
だが。
「別にいいぞ」
と答えていた。
暁が小さく頷く。
数分後。
二人は夜の街を歩いていた。
昼とは違い、人通りは少ない。
風も涼しい。
「静かだな」
恒一が言う。
「そうだな」
暁も答える。
少し歩く。
コンビニの前を通る。
公園の横を通る。
何となく歩いているだけ目的地もない。
それなのに不思議と悪くなかった。
「昔も散歩したことあるのか?」
恒一が聞く。
「白鬼の頃か」
「そう」
暁は少し考える。
そして首を横に振った。
「ない」
「意外だな」
「歩くことはあった」
「違いあるのか」
「全然違う」
そう言った。
白鬼だった頃は移動だった。
目的があった。
戦うため、誰かを守るため妖怪を倒すためただ歩くことなんてなかった。
今みたいに誰かと並んで歩くことも。
「今の方が良いな」
暁が言う。
恒一は少し驚く。
「そうか?」
「うん」
迷いのない返事だった。
その時、少し離れた場所から妖気を感じた。
二人とも足を止める。
「いるな」
恒一が言う。
「いる」
暁も頷く。
だが強くない。
下級妖怪だ。
数秒後。
電柱の陰から現れたのは小さな妖怪だった。
狸に似た姿、こちらを見るなり固まる。
そして暁を見る。
さらに固まる。
「え」
妖怪が呟く。
「白鬼?」
震えていた。
見ただけで分かるほど。
「違う」
暁が言う。
「いや白鬼だろ!?」
妖怪が叫ぶ。
「違う」
「いや絶対白鬼だろ!?」
少し面白かった。
恒一が吹き出しそうになる。
妖怪は完全に混乱している。
結局、妖怪は何度も頭を下げながら逃げていった。
「行ったな」
「行ったな」
二人とも少し笑う。
珍しく本当に珍しく暁も少し笑っていた。
その後も散歩を続ける。
気付けば近くの公園まで来ていた。
ベンチに座る。
夜風が気持ちいい。
しばらく無言だが嫌ではない。
「恒一」
「ん?」
「聞きたいことがある」
珍しい。
暁から質問することは少ない。
「何だ」
少し考えた後。
暁は言った。
「好きとは何だ」
恒一が固まる。
「急だな」
「彩音も葛葉も言う」
「私が恒一を好きだと」
静寂。
恒一は思考停止した。
数秒、いや十秒ほど本気で考える。
「何で俺に聞くんだ」
「分からないから」
もっともだった。
だが困る、非常に困る。
「好きって言っても色々あるだろ」
「色々?」
「友達とか家族とか恋愛とか」
暁は真剣に聞いている。
授業より真面目だった。
「恋愛は?」
さらに聞いてくる。
恒一は頭を掻いた。
「その人と一緒にいたいとか」
「うん」
「会いたいとか」
「うん」
「取られたくないとか」
「うん」
暁が黙る。
考える。
数秒、十秒さらに数秒。
そして。
「全部当てはまる」
と言った。
恒一が固まる。
今度は完全に固まる。
暁は真顔だった。
冗談ではない。
本気で言っている。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
だが暁は首を傾げるだけだった。
「やはり分からない」
「そうか」
恒一はそれしか言えなかった。
帰り道、二人は並んで歩く。
いつも通り。
だが恒一は少しだけ意識してしまう。
隣を歩く暁を。
一方で暁は考えていた。
好き、恋愛、取られたくない、一緒にいたい。
全部当てはまる。
なのになぜか答えが出ない。
ただ一つだけ確実に言えることがあったこうして恒一と歩く時間はとても心地良かった。
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