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妖怪と契約させられた人間  作者: 東海林


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35/53

35話

土曜日。

久しぶりに予定のない休日だった。

恒一はリビングのソファで寝転がりながらスマホを眺めている。


暁は隣で本を読んでいた。

静かだった、平和だった。

妖怪も出ない、協会も来ない、事件もない。

理想的な休日だった。


だからこそインターホンが鳴った時点で嫌な予感しかしなかった。


「誰だろうな」


恒一が立ち上がる。

玄関へ向かう。

ドアを開けた。


そして閉めた。


「どうした」


暁が聞く。


「見なかったことにしたい」


「意味が分からない」


その時、外から声がした。


「酷いなぁ」


聞き覚えのある声だった。

恒一はため息を吐く。


もう一度ドアを開く。

そこにいたのは葛葉だった。

相変わらず整いすぎた顔。

長い銀髪、穏やかな笑み。

どう見ても一般人ではない。


「何しに来た」


「遊びに」


即答だった。

帰ってほしい。


心の底からそう思った。


「帰れ」


「嫌だ」


即答だった。

会話にならない。


結局、葛葉は家へ上がり込んだ。

暁は葛葉を見る。

葛葉は暁を見る。


数秒。


「久しぶり」


「そうか」


温度差が酷かった。

葛葉が苦笑する。


「少しくらい喜んでくれてもいいんだけど」


「なぜ」


「寂しいなぁ」


大袈裟だった。

だが本気で言っているらしい。

昔からこんな性格だったのかもしれない。


「お茶」


暁が立ち上がる。


「ありがとう」


葛葉が笑う。

完全に客扱いだった。

その様子を見て恒一は少し驚く。


昔の知り合いだからだろうか。

暁がこういう対応をするのは珍しい。


しばらく雑談、本当に雑談だった。

妖怪の話、昔の話、協会の話。

そして当然のように話題は暁へ向かった。


「最近どう?」


葛葉が聞く。


「普通だ」


「神谷くんとは?」


「普通だ」


恒一は嫌な予感がした。

葛葉の笑顔が彩音に似ていたからだ。


「一緒に住んでるんだよね」


「そうだ」


「毎日一緒?」


「そうだ」


「学校も?」


「そうだ」


「帰りも?」


「そうだ」


葛葉が笑顔のまま固まった。

数秒。


そして。


「へぇ」


と言った。

嫌な感じだった。

非常に嫌な感じだった。


「何だ」


暁が聞く。


「いや別に」


絶対別にじゃない。


「ところで」


葛葉が話を変える。


「最近嫉妬とかする?」


恒一が吹き出した。

お茶が危ない。


「急に何だよ」


「ちょっと気になって」


葛葉は暁を見る。

暁は少し考えた。


そして。


「少しある」


と答えた。

恒一が固まる。


葛葉は笑う。


「例えば?」


「恒一が他の女子と話している時」


即答だった。

恒一がさらに固まる。


葛葉は吹き出した。


「なるほど」


「何がだ」


「それは恋だよ」


静寂。

暁が止まる。

恒一も止まる。


数秒。


「違う」


暁が言った。

葛葉は予想していたらしい。


「何で?」


「恋ではない」


「じゃあ何?」


「分からない」


いつものだった。

葛葉は頭を抱えた。


「本当に鈍いなぁ」


「そうなのか」


「そうだよ」


即答だった。

暁は納得していない。

だが葛葉は確信していた。


彩音と同じである。

どう見ても恋だった。


「白鬼の頃はこんなことなかったのに」


葛葉が呟く。


「そうなのか」


「誰にも興味なかった」


酷い言い方だった。

だが事実なのだろう。


「でも今は違う」


葛葉は笑う。

そして恒一を見る。


「君すごいね」


「何がだ」


「白鬼をここまで変えた」


恒一は困る。

そんなつもりはない。

普通に一緒に暮らしていただけだ。


「別に何もしてない」


「それが一番凄いんだよ」


葛葉は楽しそうだった。

暁は意味が分からない。

恒一も意味が分からない。


結局、分かっているのは周囲だけだった。


夕方。

葛葉は帰ることになった。


玄関。


「また来るね」


「来なくていい」


恒一が言う。


「酷いなぁ」


葛葉は笑う。

そして最後に暁へ向かって言った。


「よく考えてみるといいよ」


「何を」


「神谷恒一のこと」


そう言い残して去っていった。

静かになる。


しばらくしてリビング。

暁はソファへ座った。

そして少しだけ恒一を見る。


「何だ」


恒一が気付く。


「別に」


そう答える。

だが葛葉の言葉が頭から離れなかった。

恋、好き、嫉妬。

まだ分からない。

本当に分からない。


それでも恒一が隣にいると落ち着く。

その事実だけは変わらなかった。

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