32話
翌日、昼休み。
恒一は鬼塚に捕まって購買へ行かされていた。
氷室も協会から呼び出しを受けている。
結果屋上には珍しく二人だけが残った。
暁と彩音である。
「……」
「……」
暁は弁当を食べている。
彩音はニヤニヤしている。
何かを企んでいる顔だった。
「暁さん」
「なんだ」
「最近どう?」
「普通だ」
「神谷くんとは?」
「普通だ」
彩音がため息を吐く。
予想通りだった。
この二人は自覚がなさすぎる。
「じゃあ質問」
「なんだ」
「神谷くんが他の女の子と話してても何も思わない?」
暁の箸が止まった。
数秒考える。
「少し思う」
彩音の目が光る。
獲物を見つけた顔だった。
「例えば?」
「……」
暁は少し悩む。
そして。
「少し嫌だ」
と答えた。
「ほら!」
「何がだ」
「好きじゃん!」
即答だった。
暁が固まる。
「違う」
「違わない」
「違う」
「違わない」
押し問答が始まった。
「なぜそうなる」
暁が聞く。
彩音は逆に聞き返す。
「じゃあ神谷くんが他の女の子と遊びに行ったら?」
「嫌だ」
即答。
「連絡先交換したら?」
「嫌だ」
即答。
「付き合ったら?」
「嫌だ」
即答だった。
彩音が頭を抱える。
ここまで分かりやすいのも珍しい。
「それ好きなんだよ!」
「違う」
「なんで!?」
「好きとは違う」
暁は真面目な顔で言う。
「恒一は契約者だ」
「大切だ」
「一緒にいる」
「落ち着く」
「離れたくない」
完全に恋だった。
どう見ても恋だった。
本人以外には。
「暁さん」
「なんだ」
「それ恋愛感情です」
「違う」
「なんでそんな自信満々なの!?」
暁は少し考える。
そして。
「恋というものが分からない」
と答えた。
彩音が黙る。
それは確かにそうだった。
暁は普通の恋愛を経験したことがない。
数百年生きた妖怪だ。
恋愛感情を知らなくても不思議ではない。
「じゃあさ」
彩音が聞く。
「神谷くんがいなくなったら?」
暁の表情が変わった。
ほんの少しだけ。
「嫌だ」
小さな声だった。
だが迷いはなかった。
「なぜ?」
「……」
暁は答えられない。
答えが分からない。
ただ嫌だった。
想像したくないくらいに。
「好きだからだよ」
彩音が優しく言う。
暁は黙ったまま空を見る。
青空だった。
「分からない」
結局それしか言えなかった。
放課後、帰り道。
恒一と暁は並んで歩いていた。
「どうした?」
恒一が聞く。
「何がだ」
「今日は静かだな」
確かに静かだった。
いつもより考え込んでいる。
「少し考えていた」
「珍しいな」
失礼だった。
だが否定できない。
「恒一」
「ん?」
暁がこちらを見る。
何か言いたそうだった。
しかし数秒後。
「何でもない」
と言った。
恒一は首を傾げる。
「そうか」
それ以上は聞かない。
暁もそれ以上は言わない。
家へ帰る。
夕飯を食べる。
テレビを見る。
風呂に入る。
いつもの日常。
そして夜。
暁は自室のベッドに寝転がっていた。
天井を見る、考える。
彩音の言葉を好き、恋、恋愛感情。
全部よく分からない。
だが恒一の顔は浮かぶ。
学校での姿。
家での姿。
笑っている顔。
呆れている顔。
色々浮かぶ。
「……」
眠れない。
結局、ベッドから起き上がる。
部屋を出る、廊下を歩く。
そして気付けば恒一の部屋の前にいた。
「……」
数秒悩む。
そしてノックした。
コンコン。
「入れ」
すぐに返事が来る。
ドアを開ける。
恒一がベッドに座ってスマホを見ていた。
「どうした」
「何でもない」
「なら来るなよ」
もっともだった。
だが暁は部屋へ入る。
そしていつもの場所に座る。
恒一も何も言わない。
しばらく沈黙。
不思議と落ち着く。
安心する。
理由は分からない。
本当に分からない。
だが少なくとも一つだけ分かった。
さっきまで眠れなかったのに今は少し眠くなっていた。
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