3話
「制服は?」
朝食を食べながら恒一が聞いた。
向かい側では暁が焼いたトーストを見つめている。
昨日の夕食で食事に興味を持ったのか、今朝も当然のように席についていた。
「ない」
「だろうな」
封印されていた存在に制服があるわけがない。
「学校には行くのか?」
「行く」
「いや、お前がじゃなくて俺が」
「なら私も行く」
即答だった。
恒一は額を押さえた。
予想通りである。
「なんで」
「契約者の監視」
「監視される覚えはない」
「護衛でもある」
「余計なお世話だ」
「そうか」
全然そう思っていない顔だった。
結局、暁は学校へ来た。
なぜか制服姿で。
「……その制服どこから出した」
登校中、恒一は聞いた。
「生成した」
「何を?」
「衣服」
「できるのか」
「可能」
さらっととんでもないことを言う。
しかもサイズまで完璧だった。
黒髪の恒一の隣を歩く白銀の少女。
朝の通学路で目立たないわけがない。
すれ違う生徒たちが振り返る。
「誰だ?」
「転校生?」
「すごく綺麗じゃない?」
そんな声が聞こえてくる。
当の本人は全く気にしていない。
教室。
ガラッ。
ドアを開ける。
そして一瞬で静かになった。
原因は言うまでもない。
恒一の後ろにいる暁だった。
「神谷……誰?」
「いや俺もよく分からん」
「説明になってないんだけど」
クラスメイトたちが集まってくる。
男子も女子も興味津々だ。
暁は無表情のまま周囲を見ている。
まるで動物園の動物を見る観光客を観察するように。
「名前は?」
女子の一人が聞く。
暁は答えた。
「暁」
「名字は?」
「ない」
「え?」
空気が止まる。
恒一は頭を抱えた。
ダメだこいつ。
社会生活に向いていない。
「親戚だよ」
適当に嘘をつく。
「へぇー」
全然納得していない顔だった。
一時間目開始。
そして問題が起きた。
暁が普通に教室にいる。
先生も困惑していた。
「神谷、その子は?」
「親戚です」
「そうか……」
そうかじゃない。
だが先生も朝から面倒事は避けたいらしい。
深く追及しなかった。
結果、暁は教室の後ろで授業を受けることになった。
そして全教科を理解していた。
「なんで分かるんだよ」
昼休み。
恒一が聞く。
「簡単だから」
「マジか」
「現代教育は効率的」
封印前の知識だけでは説明できない。
だが暁ならできそうな気がしてくる。
その頃、校舎の別棟。
「確認しました」
一人の少女が窓から校庭を見ていた。
黒髪のポニーテール。
整った顔立ち。
霧島彩音。
陰陽協会所属の監視員だった。
「報告通りですね」
彼女の視線の先に神谷恒一と暁がいる。
その隣には男子生徒が立っていた。
眼鏡を掛けた冷たい雰囲気の少年。
氷室玲司。
同じく協会所属。
「どう見える?」
氷室が聞く。
彩音は少し考えた。
「危険です」
「だろうな」
「ですが……」
言葉を選ぶ。
「敵意は感じません」
氷室は黙った。
報告書では理解不能の存在。
封印級危険個体。
本来なら即座に回収対象。
だが校庭でジュースを飲んでいる姿を見ると。
どうにも実感が湧かなかった。
「恒一」
昼休み。
暁が呼ぶ。
「ん?」
「これ」
紙パックのジュースを差し出してくる。
「なんだ?」
「購買」
「買ったのか」
「人気だった」
よく分からない理由だった。
だが差し出されたので受け取る。
「ありがとう」
そう言うと暁は少しだけ動きを止めた。
「……?」
「どうした?」
「いや」
数秒考える。
そして。
「礼を言われた経験が少ない」
ぽつりと呟いた。
恒一は少しだけ驚いた。
初めて聞いた。
暁自身の話を。
「そうなのか」
「そうらしい」
曖昧な返事。
だがほんの少しだけ彼女の表情が柔らかく見えた。
放課後。
帰宅しようとしたその時だった。
校門近く。
恒一たちの前に二人の生徒が立つ。
眼鏡の少年そしてポニーテールの少女。
氷室玲司と霧島彩音。
暁の視線がわずかに鋭くなる。
「初めまして」
氷室が言った。
その目は真っ直ぐ暁を見ている。
「少し話をしないか」
空気が変わった。
ただの同級生ではない。
恒一にも分かった。
そして暁は静かに一歩前へ出る。
「断る」
即答だった。
その場の空気が一気に張り詰める。
神谷恒一の日常はまだ始まったばかりだった。
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