26話
水族館で雷牙と遭遇してから数日。
学校はいつも通りだった。
授業を受けて昼休みに屋上へ行って放課後になれば帰る。
少なくとも表面上は。
だが暁の様子は少しだけ違った。
最近よく考え込んでいる。
「また記憶か?」
帰り道。
恒一が聞く。
暁は少し考えてから頷いた。
「増えている」
「思い出したのか?」
「断片的に」
それだけ言う。
だが表情はあまり良くない。
「嫌な記憶か?」
「分からない」
いつもの返事だった。
だが今回は本当に分からないらしい。
その日の夜、恒一が寝静まった頃。
暁は一人でベランダに立っていた。
月が綺麗だった。
風が吹く。
その瞬間、頭に痛みが走った。
「っ……」
視界が揺れる。
そして景色が変わった。
見知らぬ山、夜。
血の匂い、炎。
大量の妖怪。
大量の死体。
暁はそこに立っていた。
今と同じ姿。
だが雰囲気が違う。
冷たい、あまりにも冷たい。
感情が見えない。
まるで人形だった。
周囲には何人もの妖怪がいる。
皆、暁を見ている。
畏怖、尊敬、恐怖。
様々な感情を抱きながら。
その中に少女がいた。
夜刀神紫苑。
今より少し幼い。
「白鬼様」
嬉しそうな顔。
今と変わらない。
場面が変わる。
今度は街だった。
妖怪たちが暴れている。
悲鳴が響く。
建物が燃えている。
だが白鬼は歩いていた。
ただ歩くだけ妖怪たちが道を開ける。
誰も近付かない。
誰も逆らわない。
圧倒的だった。
「白鬼様!」
紫苑が走ってくる。
「また一人で行かれたんですか!」
怒っている。
だがどこか安心した顔。
白鬼は振り返る。
そして。
「問題ない」
とだけ答える。
今の暁と同じだった。
さらに場面が変わる。
今度は川辺、夕方。
珍しく白鬼が座っている。
隣には紫苑。
二人とも何も話していない。
ただ景色を見ている。
長い沈黙。
だが不思議と嫌ではない。
そんな空気。
「白鬼様」
紫苑が言う。
「なんだ」
「楽しいですか?」
白鬼は少し考える。
そして。
「分からない」
と答えた。
今と同じだった。
紫苑は笑う。
「白鬼様らしいです」
そこで映像が揺らぐ。
別の誰かが現れた。
鬼の男、雷牙だった。
若い、今より少し荒々しい。
「またここにいたのか」
「いた」
「相変わらず暇な奴だな」
「そうか」
雷牙は呆れたように笑う。
どうやら昔からこんな感じだったらしい。
そして最後の記憶。
ここだけ違った。
空気が重い、空が赤い。
何かが起きている。
大勢の妖怪、大勢の陰陽師。
皆が戦っている。
その中心に白鬼がいた。
傷だらけだった。
初めて見た。
白鬼が傷付いている姿を。
「白鬼様!!」
紫苑が叫ぶ。
「下がれ」
白鬼が言う。
「でも!」
「下がれ」
その声は強かった。
紫苑が動けなくなるほど。
そして誰かの声が響く。
『封印しろ』
知らない声。
『このままでは世界が壊れる』
また知らない声。
だが次に聞こえた白鬼の言葉だけははっきり聞こえた。
『分かった』
そこで映像が途切れた。
暁は目を開く。
ベランダ、夜風。
静かな世界。
夢だったのか。
記憶だったのか。
分からない。
だが一つだけ分かったことがある。
「自分で……」
小さく呟く。
封印されたのではない。
少なくとも最後の場面では白鬼自身が受け入れていた。
「何してる」
後ろから声がした。
振り返る。
恒一だった。
寝ぼけた顔をしている。
「起きてたのか」
「目が覚めた」
髪が少し乱れている。
完全に寝起きだった。
「また考え事か?」
恒一が聞く。
暁は少し迷う。
そして。
「少し思い出した」
と答えた。
恒一は隣へ来る。
ベランダにもたれかかる。
「どうだった」
「よく分からない」
「そうか」
しばらく沈黙。
夜の街は静かだった。
その時、暁がぽつりと言う。
「紫苑は昔からああだった」
「どんなだ」
「ずっと付いて来た」
恒一は吹き出した。
「今と変わらないな」
「変わらない」
暁も少しだけ頷く。
そしてもう一つ思い出したことを口にする。
「昔の私は」
「うん」
「今よりつまらなかった気がする」
恒一が固まる。
「自分で言うのか」
「事実だ」
真顔だった。
だがそれはきっと本音だった。
昔の白鬼、今の暁。
どちらも自分。
それでも今の方が良い。
そんな気持ちが少しずつ芽生え始めていた。
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