22話
翌日朝。
神谷恒一はいつものように登校していた。
隣には暁、最近では完全に日課になっている。
「眠い」
「またか」
「朝は眠いものだろ」
「理解できない」
暁は平然としている。
妖怪だからなのか、朝が苦手という概念がないらしい。
少し羨ましかった。
学校へ到着する。
昇降口。
靴を履き替えていると、
「白鬼様」
聞き覚えのある声。
振り返る、夜刀神紫苑だった。
朝からいる。
しかも暁一直線である。
「おはようございます」
「おはよう」
暁も普通に返す。
まるで昔から知り合いみたいな会話だった。
恒一は少し意外だった。
昨日は知らないと言っていたのに。
「覚えてないんじゃなかったのか」
「覚えていない」
「じゃあ何で普通なんだ」
「特に問題ない」
なるほど。
暁らしい。
一時間目、二時間目、三時間目…
そして昼休み。
屋上、いつもの場所。
だが今日は違った。
暁の隣。
そこに座っているのは紫苑だった。
恒一ではない。
「……」
恒一は少し固まる。
別に座る場所なんて自由だ。
自由なのだが何か引っかかる。
「どうした?」
彩音がニヤニヤしている。
「別に」
「ふーん?」
面倒なので無視した。
「白鬼様」
「なんだ」
紫苑は嬉しそうだった。
「昔の話を覚えていませんか?」
「覚えていない」
「そうですか……」
少し落ち込む。
だがすぐ立ち直る。
「では話します」
「そうか」
「聞いてください」
「分かった」
暁も普通に聞いている。
まるで昔話を聞く子供だった。
紫苑は色々話した。
昔のこと、白鬼のこと。
旅をしていたこと。
妖怪を倒したこと。
人間を助けたこと。
暁は静かに聞いている。
しかしどれも思い出せないらしい。
「随分懐いてるな」
鬼塚が呟く。
「そりゃ従者らしいし」
彩音が答える。
「四百年探してたらしいぞ」
「重くない?」
「かなり重い」
そんな会話をしていた。
その時、紫苑の視線が恒一へ向く。
まただ冷たい。
完全に敵を見る目。
「神谷恒一」
「何だ」
「少し話があります」
嫌な予感しかしない。
放課後、校舎裏。
まるで告白イベントみたいな場所。
しかし空気は真逆だった。
「で?」
恒一が聞く。
紫苑は腕を組む。
「単刀直入に聞きます」
「おう」
「なぜ白鬼様の隣にいるのですか」
昨日も聞かれた気がする。
「契約者だから」
「それだけですか」
「それだけだな」
紫苑は納得していない。
全然していない。
「あなたは弱い」
いきなりだった。
「否定はしない」
「白鬼様と並ぶ存在ではありません」
「そうかもな」
恒一は肩をすくめる。
実際そうだ。
暁は化け物みたいに強い。
自分は普通の高校生だ。
だが。
「それで?」
と聞き返した。
紫苑が少し止まる。
「……え?」
「だからそれで?」
恒一は続ける。
「弱いのは事実だ」
「でも暁が決めることだろ」
「俺じゃなくて」
紫苑は黙った。
予想外だったのだろう。
もっと反発してくると思っていたのかもしれない。
「私は」
紫苑が言う。
「白鬼様を守りたいだけです」
その声は真剣だった。
恒一は少しだけ理解した。
敵意ではない。
不安なのだ。
昔の主が変わってしまったこと。
記憶を失ったこと。
人間と暮らしていること。
全部、受け入れられないだけだ。
その時。
「何している」
聞き慣れた声。
振り返る、暁だった。
「白鬼様!」
紫苑が嬉しそうに立ち上がる。
「話していただけです」
「そうか」
暁は頷く。
そして恒一の隣へ来た。
自然に当たり前のように。
紫苑が固まる。
恒一も気付く。
距離が近い、かなり近い。
だが暁は気にしていない。
「帰るぞ」
暁が言う。
「おう」
恒一が立ち上がる。
すると暁が制服の袖を掴んだ。
ぎゅっ。
「?」
恒一が振り返る。
「行くぞ」
「いや分かってる」
「ならいい」
離さない。
紫苑が完全に固まった。
目を見開いている。
信じられないものを見たような顔だった。
昔の白鬼は誰にも触れさせなかった。
誰にも近付かなかった。
従者だった自分ですらここまで自然に接することはなかった。
なのに今の白鬼は当たり前のように神谷恒一の隣にいる。
帰り道。
紫苑は一人で立ち尽くしていた。
その時後ろから声がする。
「理解できたか?」
九条だった。
紫苑は小さく答える。
「分かりません」
「だろうな」
九条は笑う。
「だが」
紫苑は空を見る。
「白鬼様は……」
少し迷い。
そして言った。
「昔より幸せそうでした」
九条は何も言わなかった。
ただほんの少しだけ嬉しそうに笑っていた。
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