20話
「いや説明しろ」
朝一番の恒一の言葉だった。
暁はベッドの上で座り直す。
寝癖が少しついている。
珍しい。
「説明?」
「なんで抱きついてるんだ」
「起きたらそうなっていた」
「俺もだよ」
「なら分からない」
「便利だなその言葉」
暁は首を傾げる。
本当に分かっていないらしい。
恒一は大きくため息を吐いた。
結局、いつもの朝だった。
朝食を食べて学校へ向かう。
ただ一つ違うのは暁がいつもより少し近かったことだ。
気のせいかもしれないが。
学校へ着くと、
「おはよー」
彩音がやって来た。
そして二人を見る。
数秒。
じーっと見る。
「何だ」
恒一が聞く。
「別に?」
そう言いながら全然別にじゃない顔をしていた。
嫌な予感しかしない。
昼休み、屋上。
いつものメンバーが集まっていた。
鬼塚が缶ジュースを飲みながら言う。
「最近静かだな」
「確かに」
彩音も頷く。
妖狐襲撃から数日。
妙なくらい平和だった。
九条も現れない。
妖怪も出ない。
「嵐の前ってやつじゃないか?」
恒一が言う。
すると氷室が真面目な顔になった。
「その可能性は高い」
空気が少し変わる。
「協会も警戒している」
「九条だけじゃない」
「他の妖怪勢力も動き始めている」
鬼塚が顔をしかめた。
「面倒だな」
「そうだな」
そして放課後。
事件は突然起きた。
帰宅途中。
人気のない河川敷。
恒一と暁は並んで歩いていた。
夕焼けが川を赤く染めている。
その時だった、空気が変わる。
「来たか」
聞き覚えのある声。
前方、橋の上。
九条が立っていた。
黒い和服、銀髪、赤い瞳。
相変わらずだった。
「またお前か」
恒一が言う。
「また私だ」
九条は笑う。
だが今日は違った。
その表情に余裕がない。
「何かあったのか」
暁が聞く。
九条は少し黙った。
そして。
「忠告に来た」
と言った。
恒一と暁が顔を見合わせる。
「珍しいな」
「私もそう思う」
九条は肩をすくめた。
「だが時間がない」
赤い瞳が暁を見る。
「お前を探している連中がいる」
「知っている」
「私ではない」
その言葉に暁の目が細くなる。
「誰だ」
九条は静かに答えた。
「昔、お前と共にいた者たちだ」
沈黙。
風が吹く。
川面が揺れる。
「仲間か?」
恒一が聞く。
九条は少し笑った。
「そう呼べた時代もあった」
「今は違う」
そして次の言葉は重かった。
「奴らは白鬼を求めている」
「今のお前ではなく」
「昔のお前を」
暁は黙って聞いていた。
「だから記憶を戻そうとする」
「だから連れ戻そうとする」
「だから――」
九条はそこで言葉を切った。
「だから何だ」
恒一が聞く。
九条はゆっくり答える。
「お前を壊してでも」
空気が凍った。
今までで一番重い言葉だった。
恒一は無意識に暁を見る。
しかし暁は意外なほど落ち着いていた。
数秒後。
静かに口を開く。
「知らない」
九条が眉を上げる。
「何?」
「昔の私など知らない」
暁は前を向く。
まっすぐに迷いなく。
「白鬼も知らない」
「妖怪側最強も知らない」
「封印された理由も知らない」
そして少しだけ恒一を見る。
「今の私は今の私だ」
九条は何も言わなかった。
ただ静かに見つめる。
暁は続ける。
「私はここにいる」
「だからそれでいい」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて九条が小さく笑う。
「本当に変わったな」
その笑みはどこか寂しそうだった。
「昔のお前なら絶対に言わなかった」
そして背を向ける。
「忠告はした」
「後は好きにしろ」
「待て」
恒一が呼ぶ。
九条は振り返らない。
「何だ」
「お前は敵なのか?」
風が吹く、数秒。
そして九条は笑った。
「私にも分からん」
そう言い残し姿を消した。
静かな河川敷。
夕日だけが残る。
しばらくして恒一が言った。
「帰るか」
「うん」
暁が頷く。
以前なら絶対に言わなかった返事だった。
恒一は少し驚く。
暁も気付いたらしい。
数秒固まる。
「……」
「……」
「今の聞かなかったことにするか?」
「駄目だ」
即答だった。
そして少しだけ耳が赤い。
そんなやり取りをしながら二人は歩き出した。
知らない過去、迫る敵、戻り始めた記憶。
問題は山積みだった。
それでも今だけはこの時間だけは変わらない。
そんな気がした。




