16話
九条との再会から数日後。
暁の様子は普段通りだった。
……少なくとも表面上は。
「暁」
「なんだ」
「最近考え事多くないか?」
朝食中、恒一が聞く。
暁は味噌汁を飲みながら答えた。
「そうかもしれない」
珍しく否定しない。
原因は分かっていた。
記憶。
九条と会ってからだ。
失われていた過去が少しずつ戻り始めている。
だがそれが良いことなのか悪いことなのか。
本人にも分からない。
放課後。
協会支部。
今日は氷室に呼ばれていた。
「記憶について調べたい」
氷室が言う。
会議室には彩音と鬼塚もいた。
「協会の記録に残ってるかもしれないからな」
鬼塚が補足する。
協会の地下。
さらに奥、厳重な扉の前。
恒一は思わず呟いた。
「秘密基地みたいだな」
「秘密基地だからな」
鬼塚が答える。
確かにそうだった。
扉の先には巨大な資料室があった。
古い巻物、文献、記録。
何百年分あるのか分からない。
「ここまで残ってるのか」
「協会は歴史だけは長い」
氷室が言う。
そして数時間後。
彩音が声を上げた。
「あった!」
全員が振り向く。
古い資料。
かなり傷んでいる。
だが読める。
そこには一枚の絵が描かれていた。
白い髪、赤い瞳、無表情な少女。
まるで今の暁だった。
「これ……」
恒一が息を呑む。
資料の日付を見る。
約四百年前。
「嘘だろ」
鬼塚も驚いていた。
暁は黙って絵を見ている。
表情は変わらない。
だが視線だけが少し揺れていた。
資料を読む。
そこに書かれていた名前は――
『白鬼』
「白鬼?」
彩音が首を傾げる。
「妖怪側の異名だな」
氷室が答える。
そして続きを読む。
内容は衝撃だった。
『白鬼出現』
『大妖怪討伐』
『鬼神級妖怪消滅』
『封印失敗』
『接触禁止』
次々に並ぶ記録。
しかも全部同じ存在を指している。
「おいおい……」
鬼塚が顔を引きつらせる。
「これ全部暁なのか?」
氷室が静かに頷く。
資料によれば白鬼は協会所属ではない。
妖怪なのかも分からない人間でもない。
ただ圧倒的な力を持つ存在だった。
妖怪が暴れれば討伐。
人間が害をなせば排除。
善悪ではなく気まぐれ。
だからこそ恐れられた。
「めちゃくちゃじゃねぇか」
鬼塚が呟く。
本当にその通りだった。
そして最後のページ。
そこだけ文字が途切れていた。
『白鬼封印』
『理由――』
そこで終わっている。
「肝心なところがないのか」
恒一が言う。
氷室も眉をひそめる。
「意図的に消されている」
「誰かが?」
「恐らく」
その時だった。
暁が突然頭を押さえた。
「っ……」
「暁!?」
恒一が駆け寄る。
頭痛、記憶。
視界が揺れる。
知らない景色。
燃える街。
崩れた神社。
大量の妖怪。
そして白い刀。
血、悲鳴。
『逃げろ!!』
誰かの声。
『封印しろ!!』
別の声。
そして最後に見えたのは一人の男だった。
顔は見えない。
だが何かを叫んでいる。
次の瞬間。
映像は消えた。
「はぁ……」
暁が息を吐く。
頭痛も消えていた。
「大丈夫か!?」
恒一が聞く。
暁はゆっくり頷く。
「問題ない」
だがいつもと違った。
少しだけほんの少しだけ不安そうだった。
「何か思い出したか?」
彩音が聞く。
暁は黙る。
そして。
「戦っていた」
と言った。
「誰と?」
「分からない」
「封印された理由は?」
「分からない」
そこだけ本当にそこだけ思い出せない。
だが一つだけ確かなことがあった。
昔の暁は今より遥かに恐れられていた。
協会が放置を選んだ理由。
九条が気にしている理由。
妖怪たちが探している理由。
全部繋がり始めている。
帰り道、夕焼けの中。
恒一と暁は並んで歩いていた。
「怖いか?」
恒一が聞く。
暁は少し考える。
そして。
「分からない」
と答えた。
いつもの言葉。
だが今回は違った。
「ただ」
「?」
暁は小さく続ける。
「今は一人ではない」
恒一は少し驚く。
「そうだな」
と笑った。
暁も本当に少しだけ口元が緩んだ気がした。
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