13話
月曜日、昼休み。
神谷恒一は屋上でパンを食べていた。
隣には暁。
もはや指定席である。
「神谷」
「ん?」
屋上の扉が開く。
現れたのは氷室玲司だった。
その表情は珍しく真面目だった。
いや、いつも真面目だが今日は特に険しい。
「依頼がある」
恒一は嫌な予感がした。
放課後。
協会支部、会議室。
モニターには山の地図が映っている。
「最近、この山で失踪事件が起きている」
氷室が説明する。
「被害者は五人」
「全員行方不明」
彩音が補足する。
「妖怪の仕業で間違いない」
恒一は地図を見る。
山奥だった。
「協会で何とかできないのか?」
「本来ならな」
鬼塚が腕を組む。
怪我はだいぶ治ったらしい。
「だが相手が面倒なんだ」
モニターが切り替わる。
映ったのは巨大な獣。
猿にも見える、狼にも見える。
だがどちらでもない。
「山喰い」
氷室が言った。
「上級妖怪」
「縄張りに入った人間を攫う」
恒一は眉をひそめる。
「それで?」
「討伐する」
「なるほど」
嫌な予感が当たった。
その日の夕方。
山の入口。
協会メンバー数名。
氷室、彩音、鬼塚。
そして恒一と暁。
「なんで俺も来てるんだろうな……」
恒一が呟く。
「同行」
暁が即答する。
「聞いてない」
「当然」
いつものだった。
山道を進む。
空気が重い。
鳥の鳴き声もない。
不自然な静けさ。
「いるな」
鬼塚が言う。
全員の表情が引き締まる。
そして次の瞬間だった。
ガサッ!!
木々が揺れる。
巨大な影。
「来た!」
鬼塚が叫ぶ。
飛び出してきたのは山喰いだった。
三メートル近い巨体。
鋭い牙、異様な腕。
明らかに人間が相手にする存在ではない。
「グォォォォォッ!!」
咆哮。
空気が震える。
鬼塚が突撃する。
札が飛ぶ。
結界が展開される。
協会の精鋭たちが動く。
だが。
「硬い!」
彩音が叫ぶ。
攻撃が通らない。
氷室の術も弾かれる。
上級妖怪、確かに強い。
だがその時。
白い影が前へ出た。
暁。
「討伐開始」
いつもの無表情。
次の瞬間、姿が消える。
そして。
ズバァァァッ!!
巨大な斬撃。
山喰いの右腕が飛んだ。
「ギャアアアアア!!」
妖怪が絶叫する。
鬼塚が苦笑する。
「やっぱり反則だろ……」
誰も否定できなかった。
数分後、戦闘終了。
山喰いは消滅した。
失踪者たちも無事発見。
全員生きていた。
協会側は大喜びである。
「これで解決だな」
鬼塚が笑う。
恒一も少し安心した。
そして帰り道、夕暮れ。
山道を下っていた。
事件は終わった。
誰もそう思っていた。
その時だった。
ガサッ。
背後、木々が揺れる。
「っ!?」
恒一が振り返る。
遅かった。
小型の妖怪。
山喰いの眷属だった。
戦闘中に隠れていたらしい。
一直線に飛びかかってくる、恒一へ。
「神谷!」
彩音が叫ぶ。
間に合わない。
ドンッ!!
衝撃。
恒一はとっさに腕で庇った。
鋭い爪が肩を裂く。
「ぐっ……!」
熱い、痛い。
血が流れる。
「恒一」
声がした、静かないつもの声。
だが今は違った。
暁だった。
その表情を見た瞬間。
全員が固まった。
無表情ではない。
明らかに怒っていた。
「……」
空気が重くなる。
妖怪が後退る。
本能で理解したのだろう。
触れてはいけない存在だと。
「消えろ」
低い声。
次の瞬間。
妖怪が跡形もなく消滅した。
斬られた訳でもない。
吹き飛んだ訳でもない。
ただ消えた。
静寂。
鬼塚が呟く。
「おいおい……」
氷室も黙っている。
彩音も驚いていた。
今まで見たことがない。
暁が感情を表に出したのを。
暁は恒一の前へ来る。
肩の傷を見る。
血が流れている。
「大丈夫だ」
恒一が言う。
だが暁は答えない。
そしてそっと傷口に触れた。
白い光、暖かい感覚。
数秒後。
傷が消えていた。
完全に。
「え?」
恒一が固まる。
「治した」
暁が言う。
「そんなことできたのか」
「できる」
「初めて聞いたぞ」
「使う必要がなかった」
確かにその通りだった。
だが問題はそこではない。
暁はまだ恒一の肩を見ていた。
まるで確認するように。
本当に怪我がないか。
確かめるように。
「暁?」
恒一が呼ぶ。
すると彼女は小さく呟いた。
「……良かった」
その声は本当に小さかった。
鬼塚が目を丸くする。
彩音も固まる。
氷室は静かに目を閉じた。
全員思った。
今のは契約者だからではない。
効率でもない。
合理性でもない。
ただ純粋に神谷恒一が怪我をしたことを心配したのだと。
そして当の本人だけがまだその意味を理解していなかった。
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