11話
土曜日、朝。
神谷恒一はソファに寝転びながらゲームをしていた。
久しぶりの休日だ。
学校もない、協会からの連絡もない、妖怪も出ない。
平和である。
「最高だ……」
思わず呟く。
しかしそんな平和な空間に一人だけ異物がいた。
暁である。
「……」
リビングの椅子に座っている。
無表情、微動だにしない。
ただ窓の外を見ていた。
十分、二十分、三十分。
ずっと同じ姿勢。
怖い。
「暁」
「なんだ」
「何してる」
「何もしていない」
予想通りの答えだった。
「暇じゃないのか?」
「暇」
即答だった。
「暇なんだな」
「暇だ」
真顔で頷く。
恒一はゲームを止めた。
「出かけるか」
「どこへ」
「適当に」
暁は少し考える。
そして立ち上がった。
「同行する」
「聞いてないけどな」
「当然だ」
最近はこういうやり取りも慣れてきた。
駅前。
休日ということもあり人が多い。
暁は周囲を見回していた。
「多いな」
「休日だからな」
「なるほど」
興味深そうだった。
初めて来た子供みたいである。
最初に入ったのは服屋だった。
「別に買う予定はないんだけどな」
恒一が言う。
だが暁は店内を真剣に観察していた。
服、帽子、靴、アクセサリー。
全部見ている。
「面白いか?」
「同じ衣服なのに種類が多い」
「人間はそういう生き物だ」
「非効率」
「ロマンだよ」
暁はよく分からないという顔をした。
数分後。
店員が近づいてきた。
「よかったら試着してみませんか?」
「え?」
恒一が反応する前に。
「する」
暁が答えた。
結果。
十分後。
「……」
「どうだ」
暁が聞く。
白いワンピース。
普段とは違う私服。
白銀の髪とも合っている。
かなり似合っていた。
店内の客も見ている。
店員も満足そうだ。
「似合ってるな」
恒一が素直に言う。
暁は少しだけ目を瞬いた。
「そうか」
そしてほんの少しだけ機嫌が良さそうだった。
その後。
本屋、雑貨屋、家電量販店。
色々回った。
暁は何でも興味を示した。
特に猫の写真集。
「買うか?」
「いや」
そう言いながら五分くらい見ていた。
絶対好きだろ。
昼、ファミレス。
窓際の席。
「人間はよく外で食事をするな」
「楽だからな」
暁はメニューを見つめている。
数分、五分、十分…
「決まったか?」
「全部気になる」
「珍しいな」
食べ物への興味がどんどん増えていた。
結局、ハンバーグを注文した。
数分後、料理到着。
暁はじっと見つめる。
「冷めるぞ」
「分かっている」
そして一口。
もぐもぐ。
数秒後。
「……」
「どうだ?」
「美味しい」
即答だった。
初めて聞いた。
「悪くない」じゃない。
「美味しい」。
恒一は少し驚く。
暁自身も気づいていないようだった。
帰り道、夕方。
空が赤く染まっていた。
商店街を歩いているとアイス屋を見つけた。
「食うか?」
「食べる」
返事が早い。
ベンチに座る。
恒一はバニラ、暁はいちご。
静かな時間だった。
人々が通り過ぎる。
子供が走る。
犬の散歩。
普通の休日。
「楽しかったか?」
恒一が聞く。
暁はアイスを食べながら考える。
そして。
「悪くない」
そう答えた。
いつもの言葉。
だが少し間を置いて続ける。
「また来てもいい」
恒一は笑った。
「そうだな」
「また来るか」
暁は小さく頷く。
その頃、高層ビルの屋上。
九条が街を見下ろしていた。
赤い瞳が細められる。
視線の先、駅前を歩く二人。
神谷恒一。
そして暁。
「本当に変わったな」
九条は呟く。
昔の彼女なら休日を楽しむこともアイスを食べることも誰かの隣を歩くこともなかった。
「面白い」
風が吹く。
九条は静かに笑った。
「さて」
「どこまで変わるのか見せてもらおう」
その目はまるで何かを期待しているようだった。
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