10話
九条との遭遇から一週間。
表面上は平穏だった。
学校へ行く、授業を受ける。帰宅する。
その繰り返し。
だが裏では違う。
協会の監視は続いていた。
妖怪の出現件数も増えている。
そして何より九条は再び現れていない。
それが逆に不気味だった。
「神谷」
昼休み、屋上。
氷室玲司が話しかけてきた。
珍しく一人だ。
「どうした」
「少し付き合え」
「嫌な予感しかしない」
「安心しろ」
「できない」
氷室が言う安心しろほど信用できない言葉もない。
協会支部、会議室。
恒一はため息をついた。
なぜ学校帰りにここへ連れて来られているのか。
そして目の前には協会上層部。
氷室、霧島、鬼塚。
そして暁。
全員いる。
嫌な予感しかしなかった。
「単刀直入に言う」
白髪の老人が口を開く。
以前会った協会幹部だ。
「結論が出た」
会議室が静かになる。
恒一は少し身構えた。
まさか、封印、拘束、監禁。
そんな単語が頭をよぎる。
だが、老人の口から出た言葉は予想外だった。
「今後、協会はお前たちへの介入を制限する」
「……は?」
恒一が間抜けな声を出す。
「つまり」
鬼塚が肩をすくめる。
「放置だ」
「放置?」
「正確には観測対象」
霧島が補足する。
「監視は続ける」
「でも無理に関わらない」
「接触も最低限」
恒一は意味が分からなかった。
「なんで急に」
すると会議室の視線が暁へ向いた。
全員。
一斉に。
「理由は一つ」
氷室が言う。
「勝てないからだ」
沈黙。
あまりにも率直だった。
「おい」
恒一が思わず突っ込む。
だが氷室は真顔だった。
「事実だ」
「封印も不可能」
「拘束も不可能」
「排除は論外」
「契約解除も危険」
淡々と並べられる。
どれも恐ろしい内容だった。
「だから」
老人が続ける。
「我々は管理を諦めた」
その時だった。
暁が口を開く。
「賢明」
会議室全員が微妙な顔になる。
鬼塚が吹き出しそうになっていた。
「自分で言うな」
「事実だ」
「否定できないのが腹立つな……」
鬼塚が頭を抱える。
会議はすぐ終わった。
協会側も無駄な時間を使う気はないらしい。
帰り際、霧島彩音が近づいてきた。
「神谷くん」
「ん?」
「一応言っとくね」
彩音は苦笑する。
「放置って言っても見捨てたわけじゃないから」
「何かあったら連絡して」
「協力はする」
恒一は少し驚いた。
最初は敵視されていたはずだ。
だが今は違う。
「ありがとう」
「うん」
彩音は笑った。
そして少しだけ暁を見る。
「暁さんも」
「なんだ」
「神谷くんをよろしくね」
数秒。
暁は考えた。
そして。
「当然」
と答えた。
迷いはなかった。
彩音は少し目を丸くする。
そして笑う。
「そうだよね」
帰り道、夜。
街灯が並ぶ住宅街。
二人で歩く。
風は少し冷たい。
「これで良かったのかもな」
恒一が呟く。
「何が」
「協会」
無理に管理されるより今の方が楽だ。
暁は少し考える。
「そうかもしれない」
珍しく否定しなかった。
しばらく歩く、静かな時間。
すると暁が不意に立ち止まった。
「どうした?」
恒一も止まる。
暁は答えない。
代わりに一歩近づいた。
さらに一歩。
気づけば肩が触れる距離。
「近い」
恒一が言う。
最近何度も言っている言葉だ。
だが返ってきた言葉は少し違った。
「ここがいい」
「最適距離じゃなくて?」
「……」
暁は少し黙る。
そして小さく首を横に振った。
「違う」
恒一は思わず目を見開く。
今までなら必ずそう説明した。
契約だから安定するから効率が良いから。
でも今回は違う。
理由がない。
あるいは説明できない。
「そうか」
結局。
恒一はそれしか言えなかった。
夜空には月が出ていた。
二人は再び歩き出す。
肩が触れる距離のまま暁は前を見ている。
表情はいつもと変わらない。
無表情、無感情。
そう見える。
だが少なくとも恒一には分かった。
少しずつ本当に少しずつ彼女は変わり始めている。
そして遠く離れた場所。
高層ビルの屋上。
月明かりの下。
九条が街を見下ろしていた。
「面白い」
口元に笑みを浮かべる。
「本当に変わったな、暁」
その背後には複数の妖怪たち。
人の姿をした者。
獣の姿をした者。
異形の者。
彼らは静かに頭を下げていた。
「準備を始めろ」
九条が命じる。
「そろそろ協会も気づく頃だ」
赤い瞳が夜に輝く。
「封印が解けたことで何が起きるのかを」
そして新たな戦いの幕が静かに上がろうとしていた。
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