第5話 第三段階:正当な権力移行
再び、その日が来た。
ここは、王城の大広間。
かつて私が断罪された場所と、同じ舞台。
だが、空気はまるで違っていた。
ざわめきはある。
しかし、そこにあるのは、嘲笑ではなく、不安と疑念。
「妙だな」
「最近、告発が多すぎる」
「王太子殿下の側近まで処罰された」
囁きが広がる。
貴族たちは気付き始めている。
この国の何かが崩れていることに。
「静まれ」
低く響いた声で、場が鎮まる。
玉座の前に立つのは、国王。
その隣には、王太子。
そして、第二王子レオン殿下。
「本日は、近頃の不正問題について、正式な裁定を行う」
重い宣言。
その瞬間、視線が一斉に動く。
私へと。
大広間の中央へ、静かに歩み出る。
ざわめきが再び広がる。
「なぜ、あの女が」
「婚約破棄されたはずではなかったのか」
誰もが混乱している。
当然だ。
だが、ここからは理解させる時間だ。
「ユーア・グレイ伯爵令嬢」
国王が名を呼ぶ。
「前へ」
「はい」
一礼し、進み出る。
その一歩一歩に、視線が刺さる。
だが気にする必要はない。
すでに舞台は整っている。
「まず確認する」
国王の声は低く、慎重だ。
「近頃明るみに出た不正の数々、その情報源に、そなたが関わっているとの報告がある」
「はい」
私は迷いなく答える。
ざわり、と空気が揺れる。
「事実にございます」
「貴様ッ!」
怒号が響く。
声の主は王太子だ。
「やはり貴様が裏で糸を引いていたか!」
その顔には、焦りと怒りが混ざっている。
だが、もう遅い。
「殿下」
私は静かに視線を向ける。
「糸を引くとは、心外でございます」
「何だと?」
「私はただ、事実を整理し、明らかにしたに過ぎません」
その言葉に、周囲が息を呑む。
「証拠は、すべて提出済みです」
合図を送る。
控えていた者が前に出て、書類を並べる。
分厚い帳簿、契約書、記録。
そして
「こちらが、王太子殿下ご自身に関するものです」
空気が凍る。
「戯言を言うな」
王太子が鼻で笑う。
だがその声は、わずかに震えている。
「私に不正などあるはずがない」
「では、確認いたしましょう」
私は一枚の書類を手に取る。
「こちらは、王家予算の支出記録です」
静かに読み上げる。
「本来、軍備に充てられるはずの資金が、複数回にわたり特別用途として流用されています」
「それがどうした!王族には裁量がある!問題ない!」
「ええ、ございます」
頷く。
「ですが、その使用先が問題です」
次の書類を示す。
「高級嗜好品、遊興施設、そして、個人的な贈答」
視線が、王太子の隣にいる少女へと向く。
彼女の顔が、わずかに強張る。
「証拠を見せろ!」
王太子が絞り出すように言う。
「こちらに」
さらに資料を重ねる。
「購入記録、支払い経路、関係者の証言」
一つ一つ、逃げ道を潰す。
「すべて、照合済みです」
沈黙。
重い、重い沈黙。
「そんなもの、捏造に決まっている!」
王太子が呟く。
「いくらでも作れる」
「では」
私は視線を動かす。
「証人を」
合図。
扉が開く。
入ってきたのは、王太子とともに甘い汁を吸ってきた、かつての側近。
「お、お前!」
王太子の顔色が変わる。
「証言いたします」
男は震えながらも、言葉を絞り出す。
「資金の流用は事実です。すべて、殿下の指示によるものです」
「裏切るのか!あれほど良くしてやったのに、恩を仇で返すつもりか!」
絶叫。
だが、止まらない。
「他にも、複数の証人がおります」
さらに人が入ってくる。
次々と、積み上がる証言。
崩れていく、虚勢。
「まだあるのか」
レオン殿下が、静かに問う。
「はい」
私は頷く。
「本命は、こちらです」
一枚の書類を掲げる。
「帝国との取引記録」
空気が、一変する。
「なんだと?」
国王の声が揺れる。
「王太子殿下は、帝国の商人と非公式に接触し、個人的な利益のために関税優遇を約束していました」
「馬鹿な…」
「その見返りとして、資金の提供を受けています」
「つまり、王太子殿下は国家の利益を、私的に売り渡したのです」
断定。
「違う!!」
王太子が叫ぶ。
「それは国のためだ!帝国と良好な関係を築くために必要なことだ」
「そうだとしても、個人の口座に入る必要がございますか?」
静かに、遮る。
言葉が詰まり、何も返すことができない。
これで、詰み。
長い沈黙の後。
国王が、ゆっくりと口を開いた。
「弁明は、あるか」
王太子は何も言えない。
ただ、立ち尽くすだけ。
「私からは、以上です」
私は一歩下がる。
「本件に関する証拠は、すべて提出済みでございます」
静かに、礼を取る。
かつてと同じ場所で。
だが今度は、断罪される側ではない。
「ユーア・グレイ」
国王が名を呼ぶ。
「そなたは、この結果をどう見る」
私の答えは決まっている。
「当然の帰結にございます」
静かに言う。
「歪んだ構造は、いずれ破綻いたします」
視線を上げる。
「ただ、それが今であったというだけです」
ざわめきが広がる。
誰もが理解した。
これは偶然ではなく、必然だと。
「王太子ライアン」
国王の声が、重く響く。
「王太子としての地位を剥奪する。すべての調査が完了次第、正式に処分を言い渡す。それまでは別邸でおとなしくしておれ」
決定。
完全な、終わり。
その瞬間。
私は、ほんのわずかに目を細めた。
だが、これで終わりではない。
これは、ただの通過点。
次に来るのは、国家そのものの再編。
視線の先で。
レオン殿下が、静かに頷いた。
準備は整った。
かつて私が立っていた場所で、今、別の者が崩れ落ちる。
それを見届けながら、私は心の中で、静かに告げた。
「お返ししたしますわ、殿下」
その断罪。
証拠付きにて。




