第10話 外伝① 王太子
かつて、自分は選ばれた存在だと、信じていた。
レグルス王国、旧王族離宮。
王城から遠く離れたその場所で、一人の男が椅子に沈んでいる。
元王太子。
名を呼ぶ者は、もういない。
「こんなはずではなかった」
ぽつりと呟く。
返事はない。
当然だ。
かつて周囲に溢れていた“取り巻き”は、誰一人として残っていない。
失脚。
地位剥奪。
財産没収。
そして、幽閉に近い監視生活。
処刑されなかっただけ、温情だと言われた。
「温情、だと?」
乾いた笑いが漏れる。
王である父の判断。
そして、弟、レオンの進言。
元王太子。権力を失ったとしても過去は消えない。
そして、その肩書はどのような者に利用されるか分からない。
安定しはじめた国を揺るがす火種となってはいけない。
そのために最低限の生活が保証されるが、外との接触が許されない環境。
飼い殺し。
「情けか、それとも、見せしめか」
どちらでも、結果は同じだ。
机の上には、粗末な食事。
かつては見向きもしなかったようなもの。
だが今は、それがすべて。
「あの女」
自然と、その名が浮かぶ。
ユーア。
あの夜。
婚約を破棄した時のことを思い出す。
「危険思想の持ち主、か」
自分が言った言葉。
そして、その結果。
国が変わった。
噂は届いている。
「財政は回復したらしいな」
「平民が役人になった、とも聞いた」
「帝国と条約改正により地位改善?」
信じられないが、否定もできない。
「あり得ぬ」
だがその声には、かつての確信はない。
窓の外に遠くに見える街。
以前とは違い、活気がある。人が動いている。
「なぜだ」
理解できない。
貴族が上に立ち、平民が従う。
それが秩序だったはずだ。
「なぜ、あれで回る?」
答えは、分かっている。
分かっているのに。
認めたくないだけだ。
だが、現実は、変わらない。
扉が叩かれる。
「本日の報告のお時間です」
無機質な声。
日課の報告。
外の状況を、淡々と聞かされる。
唯一の仕事。
拒否権はない。
「入れ」
男が一人、入ってくる。
書類を読み上げる。
「今年度の税収、過去最高を更新」
「犯罪率、前年比三割減」
「帝国との共同事業、順調に推移」
一つ一つの事実が、重く突き刺さる。
「分かった」
遮る。だが続く、
「以上です」
報告内容をすべて読み上げた後、男は一礼し、去っていく。
再び、訪れる静寂。
「勝ったつもりか」
誰にともなく呟く。
答えはない。
「いや」
「勝ったのだろうな」
認めたわけではない。
ただ、否定できなくなっただけ。
「くだらん」
だが、その言葉には、力がない。
ふと、思い出す。
あの時、婚約破棄の場で。
『この国に、未来はございません』
あの女は、そう言った。
「だが、未来はあった」
「それは、あの女が壊し、新たに作ったから」
静かに、目を閉じる。
私は、選ばれたと思っていた。だが違った。
選ばれなかったのだ。
血統ではなく、能力でもなく、変革という波に。
もう、何もない。
だが、生きている。
「せめて、見てやろう」
この国が、どこまで行くのか。
自分を否定して成り立った、その先を。
かつての王太子ライアン・レグルスは、もういない。
敗者として、観測者として、最後まで見届ける。
その目だけは、まだ閉じていなかった。




