その8
ジャガイモの花が契機となって、二人は農作業の合間に、以前よりも親しく話をするようになった。
以前は、ルーカスが騎士仲間や仕事について話してくれるのを、エルナはうっとりと聞き入るだけだった。婚約者同士が打ち解けるための場というよりは、エルナがルーカスを観賞するための場だったかもしれない。しかし今になってやっと、意思疎通を果たすために機能するようになってきたといえる。
翌週の休憩時のことだ。畑の片隅に腰を下ろしたルーカスが、シャツのポケットからメモ用紙の束を取り出した。
「先週、二度目の土寄せを済ませただろう? これでもう追肥は不要なのだな? ふむ、あとは害虫に気をつければいいのか。長雨が続くと疫病が発生しやすいから、必要に応じて農薬を散布して対策、と」
メモを見ながらルーカスが確認を求めてくる。隣に座り込んでいたエルナが彼の手元を覗き込むと、メモ用紙にはジャガイモ栽培に関する段取りが箇条書きされていた。
「調べていらしたのですか?」
「ああ、農家出身の同僚に聞いてきた。全行程を知っているほうが良かろうと思って」
「それなら私に聞いてくださればよろしいのに」
「いや、地方による違いがあるのかどうかを確認する意味もあったんだ。この同僚は西方地域の出身で、北方のフェルナー領とは気候も土壌も違うからな。今のところ段取りそのものは特に違いはないようだな。だが、西方ではまだジャガイモはさほど多く作付けされていないらしい。違いが現れるようになるのは、今後かもしれん」
「あら、それでしたら、それぞれの地に適した品種を見極めて、異なる品種を育てる方向で協力体制を築いたほうがいいかもしれませんわね。協力が無理だったとしても、競合他社の動向は調査しておいたほうがいいですし……」
真面目にやりとりしながら、エルナは少々ルーカスを見直し始めていた。フェルナー家の婿という立場を考慮するようになった、そう感じられる。
ルーカスが、メモ用紙をそばにあった作業台に置こうとして、ふと手を止めた。
「そういえば、このメモ用紙を、君への連絡に使ってしまったことがあったな。この畑を作る少し前のことだったか。中心街のカフェで待ち合わせていたのに、私の勤務が変更になって行けなくなったときだ」
「ああ、あのときの……」
言われてまじまじと見れば、確かに以前デートをすっぽかされたときに、騎士見習いの少年が届けに来たメモ用紙は、これと同じものだった。
「あれも、弁解したいと思っていたんだ」
「弁解、とは?」
「詰め所には、君に送るのに相応しい便箋がなくてな。どうしたらいいものか決められずにいるうちに始業時間になってしまった。昼休みに女性騎士が居合わせたので相談したら、愛用のものを提供してくれたんだが、今度は書き損じてばかりだ。もらった五枚すべてを無駄にしてしまった上に、昼休みが終わりそうになって、結局はそこらにあったメモ用紙に走り書きする羽目になったというわけだ」
「そうだったんですね」
あの殴り書きメモにも、彼なりの事情はあったわけだ。むしろ便箋を調達しようとしたり、何度も書き直そうとしたり、一生懸命頑張っていたのかもしれない。それを知り、エルナはほんの少しだけ気まずい気持ちになった。
そのように話すようになったことで、やがていろいろと誤解が解けていった。
まずは、夜会のときにしばしばエルナをほったらかしにする件についてである。話の流れでエルナがいつも壁の花だったことをそれとなく伝えると、ルーカスは拗ねたような口調でこう答えた。
「自分にも友達づきあいがあるから、いつもいつも一緒にいなくてもいいと、君が言ったんじゃないか。だから、私が四六時中そばにいるのは鬱陶しいのかと思って……」
特に初めての夜会では、気を張っていたルーカスはエルナの言ったことで気落ちして、ついつい不機嫌になってしまったらしい。それ以降は、会場入りと退出だけでもエスコートできればそれでよしと割り切っていたのだという。
まったく記憶になかったので、エルナはかなり驚いた。
(え!? ひょっとしてルーカス様はルーカス様で気を遣っていたつもりだった?)
さらに翌週には、ルーカスの兄の誕生日プレゼントをどうするかという話題になった。その流れで、エルナがメダルのことに言及すると、ルーカスは大真面目に答えた。
「エルナは私の顔が好きなのだろう? だから喜ぶだろうと思った」
ナルシストの極みではなく、ただ単にエルナが喜ぶ顔が見たかっただけらしい。
(え!? ひょっとして壊滅的に趣味が悪いだけ?)
別の日には、仲のいい同僚が怪我で入院したため、ルーカスが見舞いにいったときの話になった。複数人で連れ立って訪れ、病室で皆そろって全力素振りをしていたら、看護師に追い出されたのだそうだ。だからなんで素振り?と思って聞いてみれば、なんでも風切り音を聞かせるのが、病や怪我を追い払うための騎士の風習らしい。
(え!? ひょっとして脳筋なだけ?)
そして今日の昼食時のことだ。なんとなく予想はついたのだが、念のために「君は私の妻として美しく着飾っていればいいんだ」と言った真意を尋ねてみた。するとルーカスは、「汚れるようなことは自分がやるから、エルナがやる必要はない」という意味で言ったのだと答えた。
(悪気がないどころか、どれもこれも彼なりの精一杯の献身だったわけね)
そう考えると納得できて、エルナは苦笑いを浮かべるしかなかった。




