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その7

 庭の緑が日ごとに濃くなっていく。日差しがずいぶんと強くなったため、吹く風の心地よさが格別だ。


 青々と茂ったジャガイモの葉の間で、エルナとルーカスは黙々と土寄せをしていた。地中のイモが育って土から露出すると日に当たって緑化してしまうので、それを防ぐために鍬を使って土をしっかりかぶせるという、地味だが重要な作業だ。


 顔中に泥を跳ね飛ばし、シャツを汗で濡らしたルーカスが、時折腰を伸ばしては、また作業に戻る。中腰を続けるのは、慣れていてもなかなかたいへんなのだが、彼の動きは機敏なままである。騎士として鍛え上げられた筋肉が大いに役立っているらしい。


 芽を傷つけないように細心の注意を払いながら土を盛り上げていく後ろ姿を、エルナは無意識のうちに目で追っていた。


(よく続いているわよね)


 前月には、芽かきにも立ち会っている。生育具合を確認する手つきも、かなり手慣れて(さま)になってきた。


 ルーカスが農作業を手伝うようになってから、すでに二ヶ月半が経った。本業が非番になるたびに現れては、排水路の整備や石拾いを黙々とこなしている。当初は長続きはすまいとエルナは思っていたのだが、彼の足が遠のくことはなかった。生真面目に作業する姿に、彼に対して少しだけ認識を改めたほどだ。


 しかも彼は意外なほど筋が良かった。鍛え抜かれた体幹と無尽蔵の体力は、農作業においても強力な武器になったようだ。今ではすっかり、貴重な戦力として頼りにし始めている。


 つい先日、野菜運搬車のクローラーが外れてしまったことがあった。運搬車は腰掛け作業車の代わりに畝間で使っていたので、修理するには開けた場所に移動させなくてはならないのだが、エルナでは到底動かせなかった。悪戦苦闘しているそのとき、ちょうどやってきたルーカスが駆け寄ってきた。


「私がやろう」


 彼はそう言うなり、あっという間にそれを一人で引きずり出してしまった。


 その後は、修理工が来るまでの間も時間を無駄にすることなく、運搬車なしでしゃがんで雑草を抜いていた。運搬車の移動といい、その後の雑草抜きといい、エルナが何も言わなくても自分から行動したのだ。


 それだけでもこれまでとは大違いで、彼女はかなり感心した。


 そして今、目の前で土に挑んでいる姿は、髪は乱れ、泥まみれで汗まみれだ。重労働に文句を言うようなら、騎士はやってられないのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。それでも、エルナはそんな彼を、以前よりもずっと好ましく思っている自分に気付いた。


(まあ、元々は大好きだったわけだし、嫌いになったわけでもないんだけどね)


 農作業中、虫に驚く姿はわりと無様だったりもするのだが、最近はそれを可愛いなと思っていたりもする。


 エルナはこの数ヶ月の間に、彼に対して抱く感情がくるくると変わっていて、我ながら可笑しく思う。好きで好きでどうしようなかったのが、一転してかなりどうでもよくなってしまい、かといって嫌いになったわけでもない。その後エルナが農業にのめり込むほどに、なぜかルーカスは奇妙な言動を繰り返すようになっていたので、それはそれで気にはなっていた。いろいろと中途半端な気持ちのまま季節が移ろい、今はこうして一緒に作業をしている。なんとも奇妙な心持ちだった。


「ルーカス様、あまり高く土を盛りすぎると、茎を傷めますよ」


 エルナが声を掛けると、ルーカスは弾かれたように顔を上げた。


「気をつける。せっかくここまで育ったんだ。台無しにしたくないからな」


 額の汗を拭ってから、彼は再度手元に視線を落とす。


 エルナは自分の婚約者を静かに見つめた。王子様への憧れはもう一欠片もない。だが、乾いた泥で頬を汚している目の前の男を、きちんと正当に評価しなくては、と思う。


 そうして無言で作業を続けること数時間。ようやく土寄せが一段落した。


 腰を伸ばして伸びをしたエルナは、ルーカスに声を掛ける。


「今日はもう上がりましょうか」

「ああ、そうだな」


 エルナは、庭、いや畑の中央に仁王立ちして、満足げに周囲を見渡した。


 ジャガイモはちょうど花が咲く時期であるため、緑の葉の合間には、星形の花が咲き始めている。白や薄紫の小さな花は、バラのような華やかさはないが、素朴で可愛らしい。


「これだけ咲けば、土の下も期待できるわ」

「そうか」


 すぐ側までやってきたルーカスが、感心したように頷く。


「ジャガイモの花というのも悪くないな。これにはこれの良さがある」

「なにより、花が枯れたあとには、美味しいジャガイモが収穫できるんだもの」

「確かにそうだな。二度おいしい、というやつか」


 エルナが小さく吹き出した。


「ルーカス様も、フェルナー家に染まってきましたね」

「そうだろうか。それならいいのだが」


 妙に照れたような顔をするので、エルナまでなんとなく面映ゆさを感じてしまう。


「そういえばエルナはなんで急に畑仕事に熱心になったんだ? いや、元から品種改良などをしていたのは知っているが、バラ園をイモ畑に変えてしまうほどとは思っていなかった。ずっと疑問だったんだが、なんというか、これまでは尋ねる雰囲気ではなかったのでな」


 エルナは意外に感じた。ルーカスには空気を読む能力がないものと思っていたからだ。


「ええと、その、タイミングといいますか、日当たりといいますか、ちょうど良かったものですから」


 目を泳がせるエルナには気付かない様子で、ルーカスは頷く。


「そうだったのか。いや、初めて君と会ったときに、私がバラのミニブーケを渡したらすごく気に入ってくれただろう? それでタウンハウスにバラ園を作ってもらうと言っていたじゃないか。それがいつの間にかジャガイモ畑に変わっていたから、私はかなり驚いたんだ」

「……………………」


 エルナは内心で冷や汗ダラダラになった。


(え!? そんなことあったっけ? 覚えてないかも)


 そういえば、とエルナは思い返した。初めて二人が引き合わされたとき、ルーカスに見とれているばかりで、他はすべて二の次三の次だったような気がする。大慌てしつつも、なんとか言葉を紡ぐ。


「で、ですから、アーチと生け垣は残してますのよ。ええと、あの、卒業まで1年を切ってしまいましたし、せっかく最新教育を受けるために王都まで来たんですもの、少しは成果を出さないと、と思いましたの」

「確かにな。想い出は想い出として、将来のことも重要だからな」

「え、ええ、未来を見据えませんとね」


 エルナはふと思った。バラ園を潰した直後に、ルーカスが「私のバラ」と言ったのは、そういう背景があったから、心情が(まろ)び出たのかもしれない。今となってはわざわざ確認するほどのことでもなく、そもそもミニブーケなど覚えていない自分としては、詳しくツッコまれては困る。


「ですから、これからは、ジャガイモの花を、大いに愛でることにいたしましょう?」

「ああ、そうしよう」


 なんとなくいい雰囲気になったところで一安心したエルナだった。

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