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その3

 軽い心と足取りで、エルナは帰宅した。


 正門から敷地に入ると、優雅な前庭が広がっている。王都の一等地に構えるタウンハウスは、四季折々の花が目を楽しませるように計算されている。優秀な庭師の力作である。


 とりわけ目を引くのは数十種を集めた見事なバラ園なのだが、現在は花々が咲き誇るには少し時期が早い。少々殺風景であるのは、ちょうど大半を鉢上げしているせいでもあった。これはルーカスの好むバラが巨大化しやすい品種ばかりで全体のバランスが悪くなってきていたため、庭を模様替えする準備をしていたところだからだ。そのようなわけで、鉢植えになっていないのは生け垣とアーチに使っているバラだけだった。


 エルナはアーチをくぐって、生け垣の内側に入ると、中央の瀟洒なガゼボを見つめて考え込んでしまった。いつもであれば、あと一月もすれば満開のバラに囲まれて、ルーカスと二人で優雅なお茶会を開く場所である。だが、今のエルナの目には、この空間がまるで別のものに見えている。


「なんて無駄なスペースの使い方かしら。日当たりは抜群で、水はけも良いのに、食えない花ばかり植えて遊ばせていたなんて……。領地の農民たちが見たら卒倒するわね。でもちょうどいいタイミングだったかもしれないわ。そうね、鉢植えは全部、処分してしまおうかしら」


 彼女が漏らしたその言葉に、付き添っていた侍女と従僕は目を白黒させた。


「お、お嬢様? 今なんと……」

「急で悪いのだけど、今すぐ庭師を呼んできてほしいの。それから手の空いている使用人をここに集めてもらえないかしら。ちょっと一仕事していただくわ。もちろん手当は出すわよ。それから料理長には、今夜の夕食として全員分のローストビーフを用意しておくように伝えて」

「かしこまりました」


 即座に従僕は庭師を呼びに走り去り、侍女は執事と料理長に取り次ぐ。


 その間に、エルナはパステルピンクのフリフリドレスから綿のシャツと厚手のズボンに着替え、パンプスからブーツに履き替えた。それから、領地から持ち込んでいた愛用の鍬を担ぎ、バラ園に戻る。


 すでに庭師と使用人たちが集まっていた。


「呼びつけてしまってごめんなさいね。今日からここをフェルナー領の最新農業技術を研究するための試験場にするので、皆さんに手伝ってほしいの」


 突然の宣言にざわめく使用人たちに向けて、エルナは迷うことなく次々と指示を飛ばした。


「まずはこの膨大な鉢植えだけど、そうね、ただ捨てるのではもったいないわ。すべてご近所の家に差し上げましょう。メイドの皆さん、隣家のメイドさん方へ配っていただける? 裏庭に鉢植えが一つ二つ増えるくらい目溢ししてくれるような家を選んでね。その際に、王都の貴族家では最近どんな野菜が好まれているのか、健康志向のトレンドなど購買傾向のヒアリングを忘れずに行って」

「は、はいっ!」


 メイドたちが慌てて返事をしてから、メイド長の指示で一鉢ずつ抱えては裏門へと姿を消していく。


 次にエルナは庭師へと向き直った。


「生け垣とアーチに使っているバラはそのままでいいわ。景観も大事ですから、お客様がいらしたときに目隠しになるものね。何より防虫効果のある植物とのコンパニオンプランツの実験に使えるかもしれないし……。残ったバラの管理はこれまでどおりにお願いね。ただ今後は、この生け垣から奥側を、すべて試験場に変えていこうと思っているから、そのつもりでいてちょうだい。土はあなたの専門よね。土作りをしたら、まずはジャガイモの新種各種を少しずつ植え付けてみましょう。春の植え付け時期だし、ちょうどいいわね」

「…………あ、あの、私は庭師ですので、農作物は専門外でして」

「大丈夫よ。だからこそ先入観がないということじゃない。実験にはもってこいよ。それに作物も庭木も植物であることに変わりはないわ。土壌改良の基本は同じよ」

「え、あ、いえ、その」

「来週中に土作りを済ませて、再来週にはジャガイモの植え付けを始めてちょうだい。ジャガイモの他には、なにがいいかしらね。領地の農場と相談してみましょう」

「は、はあ」


 そこでエルナは、その空間の中央に鎮座するガゼボとテーブルセットを指し示した。


「あのガゼボは撤去するわ。その後であの一帯の土を天地返しします。それを男性諸氏に手伝ってもらいたいの」

「……………………」


 タウンハウスに雇われている使用人たちは、上級使用人こそ領地でフェルナー家に長年仕えてきたためにそこそこの農業知識があるが、それ以外は大半が紹介所経由で雇い入れた王都の人間であり、農業など経験したことのない者ばかりである。頭上に「?」が浮かんでいる様子に気付いたエルナは、天地返しの意味を説明した。


「土を掘り起こして、空気を混ぜる作業よ。そうすると土がふかふかになって、農作物を育てるのに適するようになるの。……難しいことは考えなくていいから、とりあえず手伝ってちょうだい。業者に依頼して日程を組むとなると、かなり先になってしまうから、作付けに間に合わなくなってしまうわ」


 農作業と聞いて抵抗感を見せた者は少なくなかったが、エルナが臨時手当の金額を付け加えると、使用人たちの目の色が変わった。金の力は偉大だ。


 というわけで、その日の午後、フェルナー家タウンハウスの庭では、エルナ主導で唐突な模様替えが決行された。


 誰もが破格の臨時収入と高級肉には勝てなかったようだ。使用人ほぼ総出となった。ただ一人不満そうにしていた庭師も、いざ作業を開始すると、すぐに陣頭指揮をとり始めた。そこはプロである。


 ガゼボの撤去と、元バラ園の天地返しは、暗くなる頃にはなんとか終わった。


 夕食時には、くたくたになりながらも山盛りの肉を頬張る皆は、どこか満足げな様子だった。重労働ではあったが、それも半日に限られていれば、終えた後の充足感を味わえる。


 無駄なダイエットはもう終わりとばかりに、エルナも山ほどのタンパク質を胃に詰め込みまくった。農作業に耐えうる体を作るには、それ相応の栄養が必要である。


 上級使用人も下級使用人も下働きも交えたバーベキュー会場となった元バラ園で、たらふく肉を食べまくりながらエルナは思う。さあ、明日から本格的にやるわよ、と。

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