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7.朝の音
夜は、いつもより静かだった。
部屋の灯りを消しても、暗さが濃くならない。
紬は椅子に座っている。
胸の奥は、静かだ。
何かを思い出そうとする。
母の匂い。
笑い声。
誰かに呼ばれた声。
どれも、形にならない。
指先だけが、あたたかい。
触れたときの感触が、まだ残っている。
それが、自分のものかどうかは分からない。
⸻
朝になる。
目覚ましの音が鳴る前に目が覚める。
止める。
台所で湯を沸かす。
マグカップは一つ。
湯気が上がる。
紬はそれを見ている。
何も浮かばない。
でも、空ではない。
⸻
古書店の扉を開ける。
鈴が鳴る。
いつもと同じ音。
棚に光が落ちる。
紙の匂い。
紬はレジに立つ。
しばらくして、扉が開く。
鈴が鳴る。
紬は顔を上げる。
言葉は用意していない。
それでも、口は動く。
「どうされましたか」
声は、静かだった。
指先に、わずかな体温が残っている。
それだけで、立っていられた。




